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「牧場を拡張しよう」編

三十三話めぇ~ 「ヒツジの絶対者」

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「お前は、ジョナスン!!」

 目の前に現れた野良ヒツジは、ジョナスンだった。

 俺が初めて牧場で泊まった日。
 とんがっていた俺を仲間として迎えてくれたジョナサン。
 まさに名羊と呼んでも差し支えない、偉大なるヒツジだった。

 だが、彼は……
 彼は次の日の朝に……!

 そんな彼にも家族がいた。
 自慢の息子がいると紹介してくれた。

「懐かしいな、シゲキさんよ。たった一晩の付き合いだったが、あんたの顔は忘れていないぜ。ほんと、あんたは何も変わっていない」

 ジョナスンは、俺を変わっていないと言う。
 あの時のままだと。

 だが、こいつは……

「ジョナスン、お前は変わったな」

 ジョナサンは、自慢の息子についてこう語った。
 この子は、いつか大物になる。
 ヒツジたちを導く存在となる。

 だからシゲキ、もし自分に何かあったときは頼む。
 その時のジョナサンの顔。
 その時のジョナスンの顔。

 俺は、家族の絆を思い知った。
 ヒツジは、こんなにもヒツジを愛せるのだと。
 感動した。涙を流した。

 だから尖っていた俺も心を開けたんだ。
 俺もヒツジなのだと。
 誇り高いヒツジの仲間なのだと。

 だが、それは終わってしまった。

「変わった…か。そうだな。変わるしかなかった。俺たちがここにいるのが不思議か? あの後、俺たちは他の牧場に売られたんだ」

 ぷるんが牧場と契約した時、一度すべてがリセットされた。
 用済みとなったヒツジは食肉加工され、多くのヒツジは処分されたという。

 だが、子羊の一部は他の牧場に買い取られた。
 子羊は利用価値が大きいからだ。
 食肉にするにしても、肥やしてからのほうがいい。
 ジョナスンたちも、そうして売られたのだ。

「だが、俺は他のヒツジとは違う。まんまと逃げ出したってわけさ」

 ジョナスンは、すぐに牧場を脱走した。
 彼は見ていたからだ。

 人間がいかに残酷で残忍な存在か。
 長年尽くした親ヒツジでさえ、あっさりと殺す。
 自分たちを物として扱う人間を憎んだ。

「だから近隣の牧場を襲っているのか」

「何が悪い。虐げられた俺たちが奪って何が悪い。人間が奪ったものに比べればとても小さなものだろう」

 ジョナスンの噂は、通り過ぎた牧場でも話題になっていた。
 ヒツジが徒党を組んで牧場荒らす。
 柵を壊す。干し草を奪っていく。
 それだけならばいいが、ヒツジを奪っていく。

 今や、彼はこの地帯の暴れ者。
 いや、暴れヒツジなのだ!!

「ジョナスン、もうやめよう。こんなことをしていても何も得られはしないさ」

 若い頃は力が有り余ってしまうものだ。
 人生に迷って間違えてしまうものだ。
 だから俺はジョナスンを責めはしない。

 だが、このままではヒツジ生(人生)を無駄にしてしまう。
 いつか彼に終わりが訪れてしまう。
 そんな無惨な光景を見たくはなかったんだ。

「あんたがそんなことを言うとはな。親父と義兄弟の契りを交わした、あのシゲキさんがよ!! あんたは親父を見捨てた! 違うか!」

「ジョナスン、それは……」

 俺には何もできなかった。
 兄弟を救うことすらできなかったんだ。

 今だってそうさ。
 アイアムタウンにすらたどり着けない。
 たった独りじゃ何もできない無力なヒツジなんだ。

 俺はジョナサンを助けられなかった。
 いや、助けなかった。

 無知だったんだ。
 人間がどんなことをしているか知らなかった。
 だからジョナスンの言うことは正しいんだ。

「あんたが人間とつるんでいることは知っている。どうせ牧場の使いで来たんだろう。はっ、あんたにはお似合いの役目だな」

 ジョナスンは、俺を軽蔑している。
 それはそうだ。
 ぷるんなんていう、とんだ悪党とつるんでいる。

 いや、俺もまた人間なんだ。
 身体はヒツジでも心は人間なんだ。
 ジョナスンが本能的に嫌うのも無理はない。

 だが、だがしかし。

 俺は人間だからこそ、まだあきらめない!

「ジョナスン、すべては俺が悪かった。俺が無力で無知だったから、お前たちをこんな目に遭わせてしまった」

「でも、だからこそ、もう一度チャンスをくれないか! やり直すチャンスをくれ!!」

 俺は人間として精一杯の誠意を示すつもりだ。
 彼らヒツジを痛めつけ、苦しめた責任を取らねばならない。

 思えば俺はまったく悪くない気もするが、同じ人間がやったこと。
 彼らからすれば同じことなんだ。

「人間を信じろってのか?」
「信じろとまでは言わない。だが、このままじゃ、お前たちはいつか滅びる」
「どうせ滅びるならば好きに生きるさ」

「ジョナスン!! 親父さんの願いを無駄にする気か!」

「あんたに何がわかる!!」


 ガスッ!
 ジョナスンがシゲキに頭突き

 シゲキは1のダメージを受けた

 シゲキは出血した


「痛いか! 親父たちはこれの何倍も痛かった!」

 ああ、痛いさ。
 お前たちの痛みが伝わってくるさ。

 自分たちの境遇への恨み。
 人間への憎しみ。

「そして、人間への怖れがな!!」

 俺は叫んだ。
 叫ばずにはいられなかった!
 殴られて、こいつの気持ちがよくわかった。

(※ヒツジの頭突きは、人間にとっての拳である)

 こいつらは人間を怖れている。怖がっている。
 人間を畏怖している。

 しかし、完全には野良にはなれない。
 一度人間に関わったヒツジは、もう戻れないんだ。
 いつまでも半端なヒツジ生を歩むことになってしまう。

 なんと哀れな子供たちだ。

「シゲキさん、あんた…泣いているのか」

 そう、俺は泣いていた。
 こいつらがかわいそうで、涙を流していた。
 ヒツジになってから初めて自分以外のために泣いた。

 この子たちを歪めてしまったのは俺たちなのだと。
 ぷるん牧場が悪いのだと。
 すべては俺たちの傲慢がいけないのだと。

「全部を信じてくれとは言わない。だが、今の牧場は変わった。悪の親玉はいないんだ」

 悪の親玉=ぷるん。
 今、あいつは意識不明の状態だ。
 あいつが復活したら恐ろしいことになりそうだが、それまでに俺も力をつける。

 こいつらを守るだけの力を得る!!!

 俺は誓う。
 同じ仲間であるヒツジを守るために命をかける。

「少しの間でいい。少しの時間だけ俺にチャンスをくれ。今は本当に苦しい時なんだ。お前たちの力が必要なんだ」

 土下座して頼む。
 特技、白いウ○コである。

「あんた、プライドはないのか。そんな変な特技の名前を人間につけられてよ…」
「それでも俺は人間を捨てられない」

 俺は心まで失うつもりはない。
 人間として、ヒツジとして、この異世界を生きていくつもりだ。
 だから、俺はこいつらを守る。

「俺たちを信じるってのか。このジョナスンを!」
「ああ、信じるさ。お前はジョナサンの息子。誇り高いヒツジだからな!」

 ジョナスンは、しばらく動かなかった。
 俺はまた殴られることも覚悟した。
 殴りたいなら殴ればいい。
 俺は何時間だって付き合うつもりだ。

 だが、こいつはこう言った。

「シゲキさん、頭を上げてくれ」
「ジョナスン…」
「勘違いするなよ。俺はべつにあんたに恨みがあるわけじゃない。人間が嫌いなだけさ。人間は信用できない」

「だが、あんたなら信用してもいい」

「ジョナスン!!!」

 俺の中にこれほどの涙があるとは思わなかった。
 ただただ、かなしく。
 ただただ、うれしく。

 俺は泣いたんだ。


 そうしてジョナスンのヒツジ団、合計25頭がぷるん牧場に加入することになった。
 数は少ないが、最初としては十分な数だ。

 その晩、俺とジョナスンたちは語り合った。
 ヒツジ酒を飲みながら、互いに絆をつくった。
 少なくとも、俺はそう思っていた。


 次の日の朝。

 酒に酔って熟睡しているシゲキを尻目に、牧場を後にする者たちがいた。

 それはジョナスン率いる、ジョナスン団25頭。

「兄貴、上手くいきましたね」

 ジョナスンの弟分、バズーがにやりと笑う。
 その口にくわえるのは一つの大きな袋。
 その中には、ぷるん牧場の全財産が入っていた。

「俺たちヒツジも、これからは人間の金を使っていかないといけない。いつまでも人間に利用されているもんかよ」
「さすが兄貴。あくどい」
「馬鹿野郎。人間ほどじゃねえよ」

 カカカ、と笑うヒツジたち。
 人間をあざけり笑っている。
 馬鹿な人間たちめ、と。

「しかし、あのシゲキってやつも、とんだお人好し。いや、ヒツジ好しです。騙されているとも知らずに…」
「人間の味方をしているんだ。当然だ」

 周りのヒツジたちはシゲキを罵倒する。
 人間に味方する裏切り者め、と。

「………」

 そんな言葉の中、ジョナスンは独り思いに耽る。

(シゲキさん、あんたに恨みはない。だが、やっぱり俺は許せないのさ)

 ジョナスンの脳裏に刻まれた、親父ジョナサンの顔。
 これから人間に殺されるとは知らずに、のこのこ歩いていく顔。

 その柔和な顔が、彼には嫌で嫌で仕方なかった。

(親父、どうしてあんたは人間に媚びへつらう!! プライドはなかったのか! どうして信じていた!!)

 ジョナスンは、ジョナサンの弱さを嫌った。
 どうして人間に従っているのか理解できない。
 そんな若者ゆえの反発であった。



 だが、そんな彼の前に一人の人間が現れた。


「ジョナスン、待っていました」

「あんたは…」

 ジョナスンは、目の前の人間を知っていた。
 牧場で何度も見かけた人間だ。

 【彼女】は、ヒツジの世話をよくしていた。
 だからジョナスンは彼女を嫌っていたわけではない。

「やはりここを通りましたね。ヒツジの習性です」

 リーパは、ジョナスンがここを通ることを知っていた。
 ヒツジのことはよく知っている。
 彼らが今までどうやって生きてきたかも。

「はは、あんたにはお見通しってわけか」
「ええ、あなたがお金を奪ったことも」
「こいつはやられたな。子供でもさすがプロってわけか。やっぱり素人のシゲキさんとは違うな」

 シゲキは甘かった。
 簡単にジョナスンを信じた。
 だが、ジョナスンは本気で信じたわけじゃない。
 あくまで復讐の機会をうかがっていたにすぎない。

 しかし、牧場経営の一族であるリーパは、そんなジョナスンの動きに気がついていた。
 さすがプロである。
 ヒツジのことはすべてわかっているのだ。

「どうやら性根まで腐ったみたいですね。昔のあなたは穏やかだった。人間に従順だった」
「あんたに何がわかる!」
「わかりますよ。だって、あなたを母ヒツジのお腹から引っ張り出したのは私ですから」

 リーパは、ジョナスンの育ての親である。
 彼が産まれる時、彼女が一番がんばったのだ。
 だから彼のことを自分の子供のように思っていた。

 そんな彼女が、ジョナスンの前に現れたのだ。

「はっ、昔の話さ。で、どうする。まさか俺たちを止めるつもりか?」

 リーパは子供である。
 家畜ならばまだしも、すでに野良ヒツジとなったジョナスンたちは暴走車と同じ。
 ひき殺すことも難しいことではないのだ。

「ジョナスン、あなたはジョナサンが殺されたことを恨んでいるみたいですね」
「ああ、そうさ。当然だろう!」
「誰が殺したか知りたいですか?」
「どうせ、あの鬼婆だろう!」

 鬼婆とは、リーパのおばあちゃんのことである。
 彼女は、ヒツジからすれば鬼である。
 容赦なく殺し、容赦なく道具にする。
 その光景はヒツジたちには悪夢である。

 しかし、リーパは言うのだ。

「おばあちゃんは関係ありません」
「何を! あいつ以外に誰が…!」

「ジョナスン、残念ですよ」

 リーパはワルサーP99を構える。
 ジョナスンの額に狙いをつけて。

 その瞬間、ジョナスンはすべてを悟ったのだ。


「まさか…。親父を殺したのは、まさか…」


「無様ですね、ジョナスン。仇が目の前にいたのに、それに気がつかずに復讐したつもりでいたなんて…」

「あなたは、本当に無様なヒツジです」


 パンッ

 リーパは銃を撃った
 バスッ

 ジョナスンの足を射貫いた

 ジョナスンは崩れ落ちた


「ぐううっ…!!」
「兄貴!」
「近寄るな!! あの目を見ろ!」

 ジョナスンは驚く仲間に警告。
 リーパの目には、何の光もない。

 その目からはいっさいの情というものが消えていた。
 ただただ役目をこなすだけの存在と化していた。

 ヒツジを解体する時、すでにそれは道具にすぎない。
 ただの肉片にすぎない。
 殺すと決めた時、もうそれは生物ではないのだ。

 リーパの冷たい心。
 いや、人間の冷たさにジョナスンは凍りついた。



 リーパの隠しスキル「ヒツジの絶対者」が発動

 ジョナスンたちは恐怖で逃げられない!


(そうか。すべてわかったよ。親父がどうしてあんなにも人間に従順だったかをな…)

 今になって、ジョナスンはすべてを知った。
 父親のあの顔、すべてを諦めていた顔。

 それは、人間が怖かったからだ。

 人間の本当の怖さを知っていたからだ。

 人間に従えば、皆殺しは避けられる。
 定期的に誰かが犠牲になれば、酷い虐待はされない。

 ジョナサンはみんなを守っていたのだ。
 絶対的強者から、弱者であるヒツジたちを。

 だからあんなに穏やかだったのだ。
 あの日、殺されることも知っていたのだ。
 それでも笑っていたのだ。

 息子が助かれば…と。
 息子の番が少しでも遅くなれば…と。

(まったく。今になってわかるとは…。俺はなんて馬鹿なやつなんだ。だが、こうなればもう…)

「金は返す。だから、俺の命だけで許してくれ。仲間は助けてくれ!」
「いいでしょう。素直なヒツジは好きですよ」

「待ってくれ、兄貴を殺さないでくれ!」
「いいんだ。これでいいんだ。お前たちは生きろ!」


「さようなら、ジョナスン」


 パンッ

 ぐしゃっ
 ジョナスンの脳が吹き飛んだ


(シゲキさん…)

 意識が消える一瞬の間。
 ジョナスンはシゲキのことを思い出していた。

(あんたは、こんな俺を信じてくれた。仲間だと言ってくれた。嬉しかったよ)


(もう一度、一緒に酒を…飲みたかったな…。あんたと…、親友と…! 家族とさ!!)





 ドスッ



 ジョナスンは死んだ




「兄貴ぃいいいいいいいい!!」


「手間をかけさせてくれましたね。これでは売り物になりません。見せしめとはいえ、もったいない」

 肥やして準備が整ったところで解体しなければ新鮮な肉にはならない。
 せっかくの売り物が台無しになった。
 そのことにリーパは心を痛めていた。

「今回は簡単に殺しましたが、次に逆らったらこの程度ではすみませんよ。わかりましたね」

 リーパはジョナスンの死体を足蹴にして銃を突きつける。
 逆らえばどうなるかヒツジたちはもう知っていた。

「さあ、戻りましょう。あなたたちの安住の地に…。牧場にね」
「悪魔だ…。人間は悪魔だ!!!」

 ヒツジたちは恐怖を植え付けられた。
 絶対強者の圧倒的な力を思い知らされた。

 次逆らえば恐ろしいまでの痛みが待っている。
 それに逆らえる者はこの場にはいなかった。

 所詮、彼らは野良。
 本物の戦士ではないのだ。

(覇王。ヒツジ覇王さえいれば…)

 ヒツジたちはいまだ覇王を知らぬ。
 その出現を待ちわびる。

 自分たちを救う救世主の到来を。


 ヒツジの解放者、覇王シゲキ。


 25年後、その名前が異世界を席巻する日まで彼らの絶望は続く。
 虐げられていたヒツジたちをまとめ、ヒツジ解放戦線を生み出した男。
 人間たちと戦い、ヒツジ権を勝ち取った偉大なる王。

 その男の目覚めは遠い。
 今はまだ、小さな牧場のヒツジ小屋で眠るのみ。



「すまん、リーパ。寝坊した!」
「いいんですよ。シゲキさんは、仕事を果たしてくれました」

 やっべー、また寝坊しちまった。
 さすがに昨日は飲み過ぎたな。

 ヒツジ酒は甘酒くらいのレベルなんだが、飲み過ぎるとやっぱりダメだ。
 まあ俺、中二だしな。

「そういえば、ジョナスンがいなかったが…知らないか?」
「ああ、彼は早朝に旅立ちましたよ」

「えぇえええ!? どうして!?」
「やはり私たちへの憎しみは捨てられないようです。でも、シゲキさんに仲間を頼むとも言っていました」

 ジョナスン…。
 やはり簡単にはわかりあえなかったか。


 だが、俺は信じているぞ。
 いつかお前と一緒に、この草原を駆けることを。


 盟友ジョナサンとの約束だからな!!!

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