いつか、君に灯す光

白崎ぼたん

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五話 かつての部屋とこれから

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 真夜中。
 文机で読み物をしていた灯は、気配にふと顔を上げた。
 見れば、小さな白い影が、襖の向こうに立っていた。灯は立ち上がり襖に向かうと、そっとひざまずき襖を開いた。

「白さま」

 白が、じっとそこに立っていた。頬は赤黒く腫れ、青灰色の瞳が、灯を見つめている。その手には小さな人形が握られていた。

「母が、熱を出している」

 打たれた。
 白はそう言った。押し殺し、それでいて、しっかりとした声音だった。
 灯は目を見開き、すぐに頷いた。

「ようお知らせくださいました」

 失礼いたします、灯は後じさり、さっと立ち上がると支度を始めた。棚から薬を取り出し、道具箱を背負う。

「すぐに母君のもとへ向かいましょう」

 ひざまずき、再度目を合わせ言うと、白はかすかに目を見開いていた。

「来てくれるか」
「そのためにお越しくださったのでしょう」

 尊きお方が、自分を窺うなどしなくてよい。
 そう示すように、灯はほほ笑んだ。白は頷き、階段を降りだした――。


 ◇

 百年ぶりの日は、あまりにまばゆい。
 それを理解して、白は窓に覆いをしてくれていた。完全に暗くもならないようにされており、ここが牢の中ではないのだと、灯は実感する。
 昨夜は、あのまま、眠ってしまったらしい。目が覚めると、布団の中であった。
 白の姿はそこにはなく、恐らくすでに公務へと向ったのだろう。

「寝かせておくように」とのことだと、女官より告げられた。
 御上の前で情けないことだ。自分は、気も体もなまっているらしい。肩をまわし、体を伸ばした。まともな食と睡眠を得た体は、むずがゆいような倦怠感があった。

 身支度を整え、朝餉をはむ。百年の罪人生活などなかったかのごとく、ゆるやかな時間だった。
 ありがたいことだ。灯は食後の茶をいただき、白に手を合わせた。


「よく眠れたか」
「金輪さま」

 頃合いを見計らったように、金輪がやってきた。金輪は昨夜見た通り、上等な衣に身を包んでいる。武人として名をあげたと人目でわかる姿だった。
 頬を打たれた跡だけが生々しい。
 金輪は灯を見ると、皮肉げに片頬をつりあげた。

「一夜で随分、見違えたじゃねえか」

 灯は、鉄紺色の衣を身につけている。それは灯の平素の格好である。派手好きの兄役と違い、討ち入り以外は落ち着いたものを、というのが灯の嗜好であった。
 とはいえ、白があつらえてくれたそれは、質が良く肌になじんでいた。
 大股で足を踏み入り、金輪は笑う。

「百年、牢で寝ていたものへの扱いとは思えんな」

 皮肉には、灯はただ黙するばかりであった。それは、金輪の言うとおりであったからだ。この百年、激動であったに違いない。
 金輪の言う通り、座していただけの自分が、このように遇されるは、過ぎたことだ。
 金輪の心は、他の鬼たちの心でもあるだろう。
 灯は礼をとる。金輪は灯の様子を横目で見て、それ以上は言わなかった。

「立て」
「はい」

 言うなり背を向けた金輪のあとをついていく。二人して、長く磨かれた廊下を行く。

「お前には匙として仕えてもらう」

 兄役の言葉に、灯は目を見開く。

「以前のように、学究に励めとのことだ」

 そうしてすらりと一室の襖を開いた。その内装を見て、灯は息をのんだ。
 まったく変わらない。かつて自分が過ごした部屋と……。
 ところ狭しと積まれた本も、道具箱も……。
 優美な王城のなかではいっそ浮いているほど、簡素で実用的なそこには、自分の気配が確かにあった。
 驚きに何も言えないでいると、金輪が灯の肩を叩いた。


「言葉も忘れたか?」
「もったいなきことです。罪人の私が、ここまでしていただくわけには参りません」
「ほう」
「恩赦をいただいただけでも、身に余ることです」

 金輪が鼻で笑った。

「お前がいただいたのは恩赦ではない」
「――は」
「栄誉だ。逆賊から御上を守った」

 灯は固まる。今度こそ言葉を忘れた。金輪は続ける。

「即位され、御上がなさったのはまず、お前の名誉の回復だ」
「そんな……」

 あまりに過ぎたことだ。百年も前のことを、覆すなど。恐れ多さに、息さえままならない。金輪はこの常にない弟分の動揺に、ふと息を漏らした。

「情はかけておくものだな」

 一言、笑う。灯は金輪を見る。金輪の目は、また皮肉の色をたたえていた。

「お前には先見の明があったらしい」

 灯は兄役を見つめる。しばし、緊張が交錯する。
 笑みに崩したのは金輪だった。

「まあいい。おかげで俺も出世した」

 せいぜい励め。
 そう言って、去っていった。振り返り、「こもりきりで、鍛練を怠るなよ」と言い置いて。
 灯は背を見送った。あらためて、与えられた部屋を眺める。

 名誉の回復。
 灯の咎は王族殺しだ。極刑でもあきたらぬと晒し者にあいのちに、無限地獄の牢に囚われた。
 それを後で改めるなど。相当な無理をしたはずだ。

 白さまは、そこまで私を遇してくださったのか。

 あまりのことに、思考がおいつかない。

 助けられた命だ。これから全て、御上のために使うと決めていた。しかし、これほどの厚遇を、自分は受ける身分ではない。
 修験の道に入り、御上の天下の泰平を祈ろうと思っていたのに。

 ありがたい。しかし――ありがたすぎる。
 このままで、よいのだろうか。白さまは、あまりにも、私に尽くされている。
 よいはずはない。あの方は王なのだから。

 部屋にひとり。灯は、拳をかたく握った。
 何もかも、かつての通りの部屋が、灯の胸をさした。白の心の傷を、感じていた。
 
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