××な君にヒロイン役は似合わない

有村千代

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season3

scene17-01 いたいけペットな君にヒロイン役は(10)

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 戌井誠が大学三年生になった春。
 無事に進級できたのはいいが、胸中は漠然とした不安でいっぱいだった。
 というのも、ここ最近、就職に関するガイダンスが一気に増えたことが原因だ。
 自分らしくないとは思うのだが、将来に対して夢や目標を持つことができず、焦燥感ばかりが募る日々を送っていた。
「大学の四年間ってあっという間だよな~。もう三年とか信じらんねえ」
 ため息交じりに、ダイニングの戸棚からスナック菓子を取り出したところ、すぐに制止の声がかかった。
「夕飯前に間食するな」
 夕食の支度をしていた桜木大樹が、まるで母親のように注意をしてくる。
 素直に菓子を元の場所に戻すと、そちらへ近づいた。
「なんか手伝う?」
「じゃあ耐熱皿出してくれ、二枚な」
「んっ」
 短く返事をして、言われたとおりに食器を取り出す。
 今日の夕食はマカロニグラタンのようだ。どおりで先ほどから、牛乳のクリーミーな匂いがするわけだ。
「で、ため息なんかついてどうした?」
 大樹がオーブントースターをセットしながら訊いてくる。少しだけ逡巡してから、素直に答えることにした。
「その、就職どうすっかなって。やりたい仕事とか特に思い浮かばなくて」
「進路の話か」
「ん……大樹は公務員目指すんだよな?」
「まあな」
「うーん、俺も公務員にしようかなあ」
 軽い気持ちで言ったら、大樹が不快感を露わにするかのように眉をひそめた。
「お前、俺が二年のうちから対策始めたの気づいてなかったのか?」
「あっ」
 言われてみればそうだった。暇さえあればといった様子で参考書を開く姿をいつも目にしていたし、参考書も多岐にわたり――教養試験に加えて専門試験を受ける必要があるので、科目数が非常に多い――本棚を埋め尽くしていた。
 さすがに間抜けなことを言った、と頭を下げる。
「ごめん。そうだよな」
「やりたいことがないから、って公務員を目指すのはやめとけ。試験受ける前に進路変えたヤツだって多いし、生半可な意気込みじゃ無理だ」
「お、おう。さすが生徒会長やってただけある……ストイックだ」
「あれはあれで楽しかったからな。こういった道に進もうと思った理由の一つだと思う」
「………………」
(大樹も、自分の将来ちゃんと見据えてるんだ。比べて俺は――)
 また少し気が沈んだところで、頭をぽんぽんと軽く叩かれる。大樹は穏やかな笑顔を浮かべていた。
「変に考えこんで悩むなよ。まだ時間はあるんだし、俺だって一緒に考えてやるから」
「う、うんっ」
 大樹は昔からこうだ。周囲は誰もが誠のことを「何も考えてなさそう」と言うのだが、大樹だけは違う。誠なりに頭を悩ませていることを鋭く感じ取っては、いつも相談に乗ってくれるのだ。
 だからまた甘えてしまうのだと思う。しかし、彼のそういったところが好きなのだと、改めて感じさせられるのだった。

    ◇

(就職課の人、全然怖くなかった! てゆーか普通に優しくて泣きそう!)
 後日、大樹の薦めによりキャンパス内の就職課へ相談しに行ったところ、なんだか肩の荷がすっと下りた気がした。
 まだ具体的なことは決められていない。けれど、とりあえず方向性は定めて、じっくりと己の進路を見つめていくことにしたのだった。
(ん?)
 資料を抱えつつ就職課を出たら、見知った男が視界に入った。
 大学でもアルバイト先でも避けていた相手、風間充がスーツ姿で掲示板を見ていた。
(あれ以来、何も手出しされてないけど)
 考えているうちに目と目が合ってしまった。
 事務連絡程度の会話はこれまでもしてきたし、今日もいつもどおりに――意識しながら声をかけることにする。
「風間さん、お疲れ様です」
「お疲れ様。珍しいね、こんなところで会うなんて……進路相談?」
「へへ、そうなんです。なんというか、周りがちゃんと考えてるヤツばっかで焦ってるんですよね。俺だけ遅れてるような気がしてさ」
「いや、偉いよ。こういったのって自分から動かないと、どうしようもないし」
 微笑んで言う彼は、やはり気のいい人間としか思えない。大樹に言ったら「簡単に人を信用するな」なんて叱られるのだろうが。
「講義は?」風間が訊いてきた。
「もうありませんよ。ちょうど帰ろうとしてたところです」
「それなら、カフェテラスあたりでお茶でもしない? 一応、先輩として相談に乗れることもあるだろうし」
「あっ、本当ですか! 俺もぜひ聞きたいと……」
「じゃあ決定。行こっか」
(うん? ……って、なに口走ってんだ俺~!?)
 思いがけぬ言葉が出てしまい、慌てて訂正しようと試みる。
「いや、やっぱりちょっと用事がっ」
「わあ、なんかウソっぽーい。お茶の一杯くらい、別にいいんじゃない?」
「……風間さんって押しが強いですよね」
「そうかな?」
 あはは、と風間が笑う。圧というのだろうか、もう断るに断れない雰囲気だ。
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