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第1話 いつか家族になってくれる人(4)
しおりを挟む(誰?)
わからない。けれど、こちらをやけに真っ直ぐ見つめてきて、その青年は手をぐっと掴んでくる。
「さっき、この辺りで見かけたって聞いて、それで……っ」
「え? えっと……ええ?」
春陽の困惑に、青年はようやく現状に気がついたようだ。背後に立っていた男を見て、眉をひそめる。
「この人は?」
(い、今気づいたのっ!?)
間の抜けたタイミングに、驚きと戸惑いとが混ざり合う。
一方、男は不機嫌そうに「なんだよお前」と声を荒らげた。
「今からイイところなんだから、邪魔すんなっての。こっちは合意の上なんだよ」
「合意?」
すると青年は、軽い力で春陽の身体を引き寄せた。まるで「もう大丈夫だから」とでも言うような優しさで。
「やめてください。見てわからないんですか? 彼、嫌がってるじゃないですか」
しっかりと相手を見据え、青年が鋭く言う。対する男は明らかに面食らったようだった。
「なっ……お前、何なんだよ。部外者のくせに口出ししてくんじゃねーよ!」
「部外者なんかじゃない! 春陽さんは――俺にとって大切な人だ!」
いや、何を。この青年は何を言っているのだろう。
春陽はぽかんと口を開けたまま、大量のクエスチョンマークを浮かべるばかりだ。
(もう、何がなんだか……)
もはや二人のやり取りを見守るしかない。間もなくして、男の方がしびれを切らしたようだった。
「ああクソッ! 言っておくが、誘ってきたのはそっちだからな!」
男はそう吐き捨て、足早に立ち去っていく。
「誘ってなんかないです!」とは言えなかった。次の瞬間には、青年の心配そうな顔が目前に迫っていた。
「大丈夫っ? 何もされなかった!?」
「あ、はいっ……大丈夫です。すみません、ありがとうございます」
いまだ状況を飲み込めていないが、とりあえずは礼を言っておく。
この子はいったい――相手は自分のことを知っているようだけれど、誰なのかわからない。でも、どこか見覚えがあるような、ないような。
混乱したまま見つめ返していると、ふと青年が切なげに目を伏せた。
「俺のこと、覚えてない?」
「………………」
……やはり、頭の中で引っかかるものがあった。
少し長めの前髪。その奥にある寂しげな瞳――記憶の奥にある、かつて心を通わせた子供の面影と、目の前の青年の姿が重なる。
春陽はハッと息を呑んだ。
「もしかして……湊、くん?」
相沢湊。
名前を口にした瞬間、青年――湊の表情が柔らかく綻んだ。
「よかった、覚えててくれたんだ!」
春陽は言葉を失う。
ふとしたときに思い出すことはあった。元気にしていたらいいな、とは思った。
ただ、もう会うことはないだろうと考えていたのに。まさか、あの〝湊くん〟が目の前にいるだなんて。
「お、おっきくなったねえ」
やっとのことで口をついて出たのは、そんな一言だった。湊は少し照れたように笑う。
「最後に会ったの、俺が中二のときだから六年前でしょ? そりゃあ大きくもなるよ」
本当に、大きくなった。
春陽はまじまじと湊のことを見つめる。
背はすっかり追い抜かれ、顔立ちも大人っぽい。声も低くなったし、なにより男らしくなったように思える。
出会った当時はまだ小さくて、気弱な印象だったというのに――。懐かしさが胸を満たしていくようだった。
が、不意に、自分たちが立っている場所に意識を戻す。そういえば、ここはラブホテル街だ。
「あの……ここ、ちょっと場所がっ」
「あっ! そ、そうだね!?」
二人はそろって顔を赤らめて、視線を逸らす。
「ええと。とりあえず、場所変えよっか」
湊の提案に春陽も頷く。再会の余韻もそこそこに、二人はその場を後にしたのだった。
少し歩いた先にある、川沿いの遊歩道。
二人は並んで、川にかかる小さな橋の上に立っていた。
「ここなら、落ち着いて話せそうだね」
湊が手すりに背をもたれる。春陽もならうようにして、隣に並んだ。
「それで、湊くんは……」
「ああ、ごめん。説明しないと、何がなんだかわかんないよね」
湊は慌てたように、こちらに向き直った。
「俺、春陽さんに会いに来たんだ」
「俺に?」
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