子持ちオメガはもう恋なんてしないのに~一途な年下アルファと幸せ紡ぐ日々~

有村千代

文字の大きさ
35 / 78

第6話 この熱は君のせい(1)

しおりを挟む

 なんとなく身体が重い。熱っぽいような、気怠いような――そんな曖昧な不調に、春陽は病院まで足を運ぶことにした。

 普段は滅多に体調を崩さないし、オメガ性も安定していたしで、検診といっても簡単な問診程度で済むことが多かった。

 ……だから、少しだけ落ち着かない心地だ。

 診察室に案内されると、春陽は椅子に腰を下ろしながら、膝上で指を絡めた。
 柔和な雰囲気の男性医師は、パソコンに目を落としたのち、検査結果のデータ表をこちらに見せる。

「清水さん、オメガ性の数値についてですが――今回、やや上昇が見られました」

 医師の口調は決して不安を煽るものではなかったが、春陽はすぐに言葉が出てこなかった。

「えっと……薬を常用するほどでは、ないんですよね?」

「はい、常時の服用は不要です。基準値の範囲には収まっていますし、抑制剤もこれまでどおり、周期に合わせての使用で十分です」

 医師は「ただ……」と前置きしながら、データの一部を指し示す。

「先ほども申し上げたとおり、今回の検査では、前回に比べてオメガ性の数値が上昇しています。そのため、発情期ヒートの兆候が強く出てしまっているようですね」

発情期ヒートの兆候、ですか……」

 こうして検査結果を見せられると、なるほどと納得する。
 最近の不調は、疲れが溜まっているせいかとも思ったけれど、オメガ性が身体に影響を及ぼしていたらしい。

 医師はパソコンの画面をスクロールしながら、言葉を続けた。

「ちなみに最近、アルファ性の方との接触はありましたか?」

「せっ、せせっ!?」

 不意打ちのような問いに、思わず裏返った声が漏れる。一気に顔が熱くなるのがわかった。

(接触って……)

 湊に抱きしめられたときの感覚が、鮮明に蘇る。
 温かくて、頼もしくて、ドキドキとして――でも、それだけではなく、内側からぞくりとするようなものを感じて……。

「ああ。肉体的な関係があったか、ということではなくてですね。たとえばご近所や職場、あるいはよく顔を合わせる知人の中に、アルファ性の方がいらっしゃるかどうか――と、その程度のことで」

「あ、あーっ……ですよね!」

 一人で盛り上がってしまったのが恥ずかしい。春陽は口元に手を当てて、「ええと」と言葉を探した。

「友人にアルファの人がいます。近頃は会う頻度も多くて」

「というと?」

「ここ数か月、三か月くらい前からでしょうか? 今では週一程度で会うようになっています」

 春陽が答えると、医師は「そうですか」と返して、パソコンになにやら打ち込んでいた。

「あの、そういうのって何か関係あるんでしょうか? 影響が出るもの、というか」

 気になって問いかければ、医師は静かに言う。

「個人差はありますが――相性のいいアルファが身近にいることで、発情期ヒート周期が早まったり、抑制剤が効きづらくなったり……と、体質に変化が出るケースは実際あります。特に清水さんのように、もともと数値が低めの方だと影響されやすいですね」

「……相性のいい、アルファ」

 春陽はぽつりと呟いたが、相手には聞こえなかったらしい。

「今回はやや強めの抑制剤をお出ししておきます。あとはもう、いつもどおり過ごしていただいて結構ですよ。次回以降、経過を見て調整していきましょう」

 医師はそう言いながら、処方箋を書いていく。
 ぼんやりとしたまま診察を終え、薬を受け取った頃には、すっかり正午近くになっていた。

 春陽は、どこかふわついた足取りで歩き出す。
 次に向かったのは、近所のスーパーマーケットだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

オメガバース 悲しい運命なら僕はいらない

潮 雨花
BL
魂の番に捨てられたオメガの氷見華月は、魂の番と死別した幼馴染でアルファの如月帝一と共に暮らしている。 いずれはこの人の番になるのだろう……華月はそう思っていた。 そんなある日、帝一の弟であり華月を捨てたアルファ・如月皇司の婚約が知らされる。 一度は想い合っていた皇司の婚約に、華月は――。 たとえ想い合っていても、魂の番であったとしても、それは悲しい運命の始まりかもしれない。 アルファで茶道の家元の次期当主と、オメガで華道の家元で蔑まれてきた青年の、切ないブルジョア・ラブ・ストーリー

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。 自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。 残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。 この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる―― そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。 亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、 それでも生きてしまうΩの物語。 痛くて、残酷なラブストーリー。

【オメガバース】替えのパンツは3日分です

久乃り
BL
オメガバースに独自の設定があります。 専門知識皆無の作者が何となくそれっぽい感じで書いているだけなので、マジレスはご遠慮ください。 タグに不足があるかもしれません。何かいいタグありましたらご連絡下さい。 杉山貴文はベータの両親の間に生まれたごく普通のベータ男子。ひとつ上の姉がいる29歳、彼女なし。 とある休日、何故か姉と一緒に新しい下着を買いに出かけたら、車から降りてきたかなりセレブな男と危うくぶつかりそうになる。 ぶつかりはしなかったものの、何故かその後貴文が目覚めると見知らぬ天井の部屋に寝ていた。しかも1週間も経過していたのだ。 何がどうしてどうなった? 訳の分からない貴文を、セレブなアルファが口説いてくる。 「いや、俺は通りすがりのベータです」 逃げるベータを追いかけるアルファのお話です。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

処理中です...