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騎士たちの隊列を先頭に、ガシュウィン、レファルド、ギル、そしてペトルが王国の城門をくぐると、王子の帰還を聞きつけた大勢の人々が一行を出迎えた。
「セトール王子が戻られたんだってさ」
「まあ、あの王子殿下が、生きておられたのかい」
ざわめきと拍手の中を、騎士たちに先導されたペトルが王城へ入ってゆくと、城の人間たちも慌ただしく集まってきた。
「あれは、ガシュウィンだわ」
城門を見下ろす窓から外を覗いていた女たちの中で、一人の若い女中が声を上げた。
「あら、あんた、あの騎士を知っているのかい?」
「そうよ。だって、彼は私の夫なの!」
若い女中は誇らかに言うと、上気させた頬で部屋を飛び出していった。
「セトール王子殿下のご帰還である」
城の正門前にて、多くの人々……王国の大臣たち、騎士たち、城の女中から下男、そして現王夫妻までが居並ぶ中に、騎士の正装に身を包んだガシュウィンの声が朗々と響きわたった。
「この方こそが、前王陛下の正当なる継承者……つまり、本来の王位を受け継ぐべきお方である」
人々のざわめきは、やがて大きな喜びに包まれ、歓声と拍手へと変わっていった。
その中で一人青ざめているのは、槍を持った騎士を両側に置かれた叔父王である。その隣に座るルリカ王女は、美しい白いドレス姿で、凛然とした顔で居ずまいを正している。
「暗黒の魔術師の手から、この王国を取り戻し、こうしてついに帰還を果たされた王子殿下に代わって、この私、ガシュウィンが殿下のご意向をここに公に告げるものとする」
黒々とした髭をすっかり剃り落とし、白銀の鎧と白いマントを身に付けたガシュウィンの姿は、立派な王国の騎士であった。
彼は横にいるペトルにうなずきかけると、おごそかに言葉を続けた。
「まず、この王国を統べるべき新国王の新たな戴冠をとり行う」
人々から一斉に拍手がわき起こる。
「それは、こちらにおられる……」
戴冠式を抜け出したペトルは、城の空中庭園にいた。
なにかが起こるとしたら、それはここに違いない。そんな予感があったからだ。
木々と草花に包まれたこの場所が、彼は昔から大好きだった。一人になりたいときも、空を見上げたいときも、よくここに来ては庭園の隅々までを探検したものだ。
おだやかな日差しと、風の匂い。
世界は静かで、あの頃のように平和だった。
ペトルはそうして、一人で空を見上げていた。
どのくらいたった頃か、
ふとなにかの気配を感じた。
庭園の奥の緑に顔を向けてみる。
かさりと、草を踏む音がした。
ペトルはじっと待った。この素晴らしい調和を壊さないように。
風が吹く。
そして、
また草を踏む音がした。
「にゃあ」
と、かすかな鳴き声。
茂みの間から現れた、小さな、しなやかな生き物……
「にゃーど」
ペトルは、感動に震える声で囁いた。
「やあ、また会えたね……」
それに返事をするように、彼はまたにゃあと鳴いて、とことことペトルの前に来た。
クリーム色のふさふさの毛を抱きとめる。
翼をもったドラゴンのネコ。ペトルの最高の友達。
コハク色の目が、どこか懐かしそうにペトルを見ていた。
(なんだか……少しの間眠っていたみたいだヨ)
「そうだね。にゃーど」
ペトルは微笑んだ。
にゃーどは安心したように小さくあくびをすると、ペトルの腕の中で丸くなった。
「なあ、これでよかったのかよ。ペトル」
「うん」
旅支度はととのった。
巨人のギルはひと足先に皆と別れを告げ、セシリーのいる村へと旅立っていった。
ガシュウィンは、妻と再会を果たし、セトール王子のはからいによって国王を補佐する宰相の地位についた。騎士団の隊長には、彼らを助けた若い騎士、グランスがそれを受け継いだらしい。
「しっかし、お前も欲がないねえ。あっさりと王座を譲っちまって。それも、あんな可愛い女の子にさ」
レファルドが呆れたように言う。だがその顔には、もう次の旅立ちにうきうきと胸踊らせる吟遊詩人の表情を隠せない。
「ルリカ女王か……まあ、その父親よりはよっぽどましだな。でもさ、あの叔父王殿は本当に追放せずによかったのか?」
「うん。大丈夫。ガシュウィンがいるし」
ペトルはにこりと笑った。
「それに、ルリカはとてもいい子だよ」
見上げる空は青く、どこまでも晴れ渡り続いている。
城門の前には誰の見送りもない。ガシュウィンとはすでに昨晩ゆっくりと別れを告げた。
草原へと続く道は、どちらの方角へでも、果てし無く輝いているようだ。
心地よい風が吹いた。
「行くか?ペトル」
「うん」
愛用の竪琴を背負ったレファルド、それに並んでペトルが歩きだす。
彼らが最後にもう一度城を振り返ったとき、
その頭上にばさりと、大きな、大きな影が現れた。
翼を広げた風のドラゴン……
緑色のウロコをきらきらと太陽に輝かせ、巨大な竜は、まるで彼らを見送りにきたかのように、上空をゆったりと飛んでいる。
首にかけた四つの鍵に手を触れると、ふと心の中に声が響いた。
(我が子をよろしく……)
(魔法の鍵の王子よ)
ペトルはうなずき、仲間を振り返った。
とことこと付いてくるドラゴンネコのにゃーど、その尻尾を立てた小さな友達に笑いかける。
「ゆこう」
そして、彼らは旅立った。
新たな冒険と、新たな自分とを、また見つける旅へ。
完
Ending BGM “Fields of Yesterday”
by LILLIAN AXE
「セトール王子が戻られたんだってさ」
「まあ、あの王子殿下が、生きておられたのかい」
ざわめきと拍手の中を、騎士たちに先導されたペトルが王城へ入ってゆくと、城の人間たちも慌ただしく集まってきた。
「あれは、ガシュウィンだわ」
城門を見下ろす窓から外を覗いていた女たちの中で、一人の若い女中が声を上げた。
「あら、あんた、あの騎士を知っているのかい?」
「そうよ。だって、彼は私の夫なの!」
若い女中は誇らかに言うと、上気させた頬で部屋を飛び出していった。
「セトール王子殿下のご帰還である」
城の正門前にて、多くの人々……王国の大臣たち、騎士たち、城の女中から下男、そして現王夫妻までが居並ぶ中に、騎士の正装に身を包んだガシュウィンの声が朗々と響きわたった。
「この方こそが、前王陛下の正当なる継承者……つまり、本来の王位を受け継ぐべきお方である」
人々のざわめきは、やがて大きな喜びに包まれ、歓声と拍手へと変わっていった。
その中で一人青ざめているのは、槍を持った騎士を両側に置かれた叔父王である。その隣に座るルリカ王女は、美しい白いドレス姿で、凛然とした顔で居ずまいを正している。
「暗黒の魔術師の手から、この王国を取り戻し、こうしてついに帰還を果たされた王子殿下に代わって、この私、ガシュウィンが殿下のご意向をここに公に告げるものとする」
黒々とした髭をすっかり剃り落とし、白銀の鎧と白いマントを身に付けたガシュウィンの姿は、立派な王国の騎士であった。
彼は横にいるペトルにうなずきかけると、おごそかに言葉を続けた。
「まず、この王国を統べるべき新国王の新たな戴冠をとり行う」
人々から一斉に拍手がわき起こる。
「それは、こちらにおられる……」
戴冠式を抜け出したペトルは、城の空中庭園にいた。
なにかが起こるとしたら、それはここに違いない。そんな予感があったからだ。
木々と草花に包まれたこの場所が、彼は昔から大好きだった。一人になりたいときも、空を見上げたいときも、よくここに来ては庭園の隅々までを探検したものだ。
おだやかな日差しと、風の匂い。
世界は静かで、あの頃のように平和だった。
ペトルはそうして、一人で空を見上げていた。
どのくらいたった頃か、
ふとなにかの気配を感じた。
庭園の奥の緑に顔を向けてみる。
かさりと、草を踏む音がした。
ペトルはじっと待った。この素晴らしい調和を壊さないように。
風が吹く。
そして、
また草を踏む音がした。
「にゃあ」
と、かすかな鳴き声。
茂みの間から現れた、小さな、しなやかな生き物……
「にゃーど」
ペトルは、感動に震える声で囁いた。
「やあ、また会えたね……」
それに返事をするように、彼はまたにゃあと鳴いて、とことことペトルの前に来た。
クリーム色のふさふさの毛を抱きとめる。
翼をもったドラゴンのネコ。ペトルの最高の友達。
コハク色の目が、どこか懐かしそうにペトルを見ていた。
(なんだか……少しの間眠っていたみたいだヨ)
「そうだね。にゃーど」
ペトルは微笑んだ。
にゃーどは安心したように小さくあくびをすると、ペトルの腕の中で丸くなった。
「なあ、これでよかったのかよ。ペトル」
「うん」
旅支度はととのった。
巨人のギルはひと足先に皆と別れを告げ、セシリーのいる村へと旅立っていった。
ガシュウィンは、妻と再会を果たし、セトール王子のはからいによって国王を補佐する宰相の地位についた。騎士団の隊長には、彼らを助けた若い騎士、グランスがそれを受け継いだらしい。
「しっかし、お前も欲がないねえ。あっさりと王座を譲っちまって。それも、あんな可愛い女の子にさ」
レファルドが呆れたように言う。だがその顔には、もう次の旅立ちにうきうきと胸踊らせる吟遊詩人の表情を隠せない。
「ルリカ女王か……まあ、その父親よりはよっぽどましだな。でもさ、あの叔父王殿は本当に追放せずによかったのか?」
「うん。大丈夫。ガシュウィンがいるし」
ペトルはにこりと笑った。
「それに、ルリカはとてもいい子だよ」
見上げる空は青く、どこまでも晴れ渡り続いている。
城門の前には誰の見送りもない。ガシュウィンとはすでに昨晩ゆっくりと別れを告げた。
草原へと続く道は、どちらの方角へでも、果てし無く輝いているようだ。
心地よい風が吹いた。
「行くか?ペトル」
「うん」
愛用の竪琴を背負ったレファルド、それに並んでペトルが歩きだす。
彼らが最後にもう一度城を振り返ったとき、
その頭上にばさりと、大きな、大きな影が現れた。
翼を広げた風のドラゴン……
緑色のウロコをきらきらと太陽に輝かせ、巨大な竜は、まるで彼らを見送りにきたかのように、上空をゆったりと飛んでいる。
首にかけた四つの鍵に手を触れると、ふと心の中に声が響いた。
(我が子をよろしく……)
(魔法の鍵の王子よ)
ペトルはうなずき、仲間を振り返った。
とことこと付いてくるドラゴンネコのにゃーど、その尻尾を立てた小さな友達に笑いかける。
「ゆこう」
そして、彼らは旅立った。
新たな冒険と、新たな自分とを、また見つける旅へ。
完
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