元暗殺者の少年は竜人のギルドマスターに囲われる

ノルねこ

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3章 辺境の地ライムライトへ

33、まずはレオンハルトのターン(対トレント)

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 ※今回は間話がありません。前回の間話の続きは戦闘シーンが終わり次第公開いたします。戦闘シーンのスピード感を間話で消さないように配慮した結果です。間話の続きを楽しみにして下さっていた方、大変申し訳ありません。あと2ページは戦闘が続く予定です。



 ー ー ー

 シュタイナーさん、ロミオさん、ミルファさんがグランダンナギルド前で手を振って見送る中、レオンハルトにとっては半月振りとなるライムライトへと向かった。順調に行けば今日の夕暮れまでには領内に入れるだろうとのこと。

 いま僕とレオンハルトはペイルに乗馬し、森の中の街道をバークレー商会の馬車と並走しているところだ。レオンハルトとの二人乗りはもう慣れた。

 しばらくペイルの背に揺られていると、レオンハルトがいきなり手綱を引いた。ペイルが嘶きをあげて前足を上げ止まり、振り落とされそうになる僕の身体をレオンハルトの太い腕が引き留めた。

「まいったな、迷ったみてえだ」

 僕を地に下ろしたレオンハルトは首を傾げて周りを見渡した。商会の馬車の御者をしていたハッシュさんも慌てて馬車を止め、不思議そうな顔をして前方を凝視している。急に止まった馬車に驚いたのか、中にいたエリオットさんが幌を上げて顔を出した。

「急に止まってどうしたんです?」

 エリオットさんの声に応える者は誰もいなかった。目の前には信じられない光景が広がっていたからだ。

 さっきまで目の前にあったはずの街道が、いつの間にか綺麗さっぱり消え失せていたのだ。ハッシュさんが驚いて声を上げる。

「えっ、街道が……! なくなって……!? さっきまで確かに道があったはずなのに……」

 僕の目にもつい今しがたまで街道が映っていた。それがいつの間にかあたり一面全て緑に侵食されている。

 ーーーざわり……と風もないのに木々が揺れた。

「道が隠されたんだよ」

 レオンハルトが冷静に言った。

「隠された?」

 僕は眉をひそめて周囲を見渡す。『気配察知』には……、何の反応もない。

「道が何に隠されたの? 『気配察知』を使ってるけど、何も引っかかってないよ………あっ!」

 そこでギルドの副マスターであるロミオさんが言っていた討伐魔物のラインナップ中にそんなことができそうな魔物がいたことに気付いた。確か斥候が報告してきた簡易スタンピードの魔物はゴブリン、フォレストウルフ、フォレストベア、そして……。

「まさかトレント?」
「正解」

 僕の『気配察知』は生き物の動きや魔力を探知するもので、植物には反応しない。トレントは魔物の一種ではあるものの、木に完全に擬態することが出来るため、相手が動かずに完璧に風景に溶け込んでいたら、よほど精密な気配察知でないと見つけられない。

「え、まさか周りのこの木全部が……」
「いや、全部って訳じゃねえぜ。森に生えてる木にトレントが混じってやがる。ロミオも言ってたろ? トレントは数体だって。けどまいったな。普通の木とトレント、区別がつけらんねえ」

 面倒臭そうにレオンハルトは肩をすくめた。

 ハッシュさんエリオットさんもトレントと聞いてようやく状況を理解し始めた。トレントが連携して動いて道を消し、僕たちが森から抜けられないようにしたのだ。今にもトレントや他の魔物が襲い掛かって来てもおかしくない状況に、二人の顔色は次第に青ざめていく。

「レオンハルトさん、どうするの?」
「面倒くせえから広範囲魔法でトレントも森の木もまとめて全部燃やしちまうか」

 レオンハルトの横着な言い方に僕は肩を竦めた。確かにそれが一番早いけれど、森への被害が尋常じゃない。

「レオンハルトさん…………。確かにトレントは燃やしちゃえば簡単に倒せるけど、広範囲火属性魔法を使うと森ごと灰になっちゃうでしょ。エアリアル大草原でトン君、チーン君、カン君たちに燃えやすいところで火魔法を使うなって叱ってたじゃん」
「あれ? アン、ポーン、タンじゃなかったっけ」
「あの……僭越ながらシン様、カーン様、セン様だったかと」

 おずおずとハッシュさんからツッコミが入った。

「じゃあケイに問題。こういう時どうする?」

 レオンハルトが僕に聞いた。顎に手を当てて僕が思考を巡らせている間に、レオンハルトはエリオットさんたちに馬車とペイルを魔法が飛んで来ない場所まで後退させるよう指示をする。

 必要なのはこのたくさんの森の木の中からトレントを特定すること。

 『気配察知』は生命反応を捉えるが、完全に静止している擬態状態のトレントには効果が薄い。けれど全く検出できないわけじゃない。魔力の流れを感じ取ることは出来る。それにトレントは樹木とは違って動く。その微細な動きを探る。

「……僕が『気配察知』の精度を最大限に高めて魔力の乱れや僅かな動きを探ってトレントを特定するから、レオンハルトさんは火魔法をぶつけてくれる? 魔法の精度を高めると魔力をたくさん使うから『気配察知』以外の魔法が使えなくなるし、集中しないといけないから僕は動けなくなる。攻撃も防御もほとんどがレオンハルトさん任せになるけど……」
「任せとけ」

 レオンハルトは頷いて親指を立てた。

「じゃあ行くよ」

 僕は深く息を吸い込み、集中力を極限まで高める。いつもより遥かに深いレベルでの『気配察知』──生命エネルギーだけでなく、周囲の微細な魔力の流れ、地面や空気の震えまでを感知しようとする。まるで全身の感覚器官が鋭敏になったような感覚。一瞬世界が静止し、代わりに無数の情報の波が押し寄せてくる。

「……ふっ」

 息を詰める。頭の中に広がる空間に、ぼんやりとしたノイズのような魔力の波動が浮かび上がる。それはまるで夜の海に浮かぶ星のようだ。

 ほとんどの木はただ静かに佇むだけだが、数本……、その波動がかすかに揺れている。ほんのわずかだが規則性を持った脈動。そしてーーー

「レオンハルトさん、まずはあの木!」

 レオンハルトの右斜め前方約五十メトル先にある巨木を指さす。幹が異様に太く、枝が重たげに垂れ下がっている。

 僕の声と同時にレオンハルトが右手を掲げ、火魔法で矢を数本作り出した。

「【炎の矢フレイムアロー】!」

 赤々と燃えた火の矢がレオンハルトの掌から放たれ、一直線に目標へ突き刺さる。爆発音と共に轟音が森を揺るがし、鳥たちが一斉に飛び立ち黒煙が立ち昇る。

『ギイイイイィィィィ………!!』

 巨木が人間の断末魔のような悲鳴を上げて軋み、バキバキと音を立てて折れていく。枝葉が粉々になり、根が土を巻き上げながら暴れるように跳ねる。単体魔法なので他の木に延焼はない。

「よし、まずは一体! ケイ、次は?」

 レオンハルトが満足げに拳を握って次を急かした。テンションが上がっていてすごく楽しそうだ。

「えっと、次は………。左側の斜め前、二十五メトルくらいの小ぶりな木。風が吹いているわけでもないのに葉が不自然に揺れている……と思う。違っていたらごめん」
「任せろ! 【炎の矢フレイムアロー】……お、トレントじゃん、ケイ大当たり~~」

 間違えて無かったようで一安心。レオンハルトの手から再び火の矢が走り、トレントが炎上した。

 ザワ………ザワザワ…………ザワ…………

 短時間で二体を仕留めたことで、残りのトレントが刺激されたのか、周囲の静けさが崩れ始める。

 地面が激しく揺れ、複数の巨木が突如として動き出す。トレントたちが擬態を解き始めたのだ。ざわめく枝葉が荒波のように揺れ、太い根はまるで足のように伸び上がり、大地を割って蛇のように蠢き出した。木肌のひび割れや洞が不気味に歪み、人間の苦悶に満ちた表情に変化した。

「うわっ、気持ち悪っ!」

 思わず声が漏れた。ここまできたらもう気配察知の必要はない。僕は魔法を解除すると、レオンハルトのサポートに回ることにした。

 一番近くにいたトレントが幹を弓のようにしならせ、巨大な腕のような枝を鞭のように振り下ろしてきた。レオンハルトは素早く身を翻し、避けた先で反撃の火矢を放つ。

 炎の矢が標的を貫通し、派手な爆発音と共にトレントが崩れ落ちた。

 同時に別のトレントが葉を刃に変え、レオンハルトの上に鋭い葉の雨を降らす。僕はレオンハルトに葉の刃が届く前にすぐさま魔法を唱えた。

「【氷の盾アイスシールド】」

 透明な氷壁が盾となり葉の刃を弾き返した。レオンハルトはその隙に一歩踏み込み、『炎の槍フレイムランス』を放つ。炎で出来た人の背丈ほどもある灼熱の槍がトレントの胴体を貫通した。矢よりも大きくこちらの方が攻撃力は高い。

「ケイ、助かった!」

 レオンハルトがニヤリと笑った。僕が手を出さなくてもレオンハルトならいくらでも回避方法があったんだろうけど、褒められると嬉しくなるものだ。

「僕は氷で森の木が延焼しないようにするから、レオンハルトさんは周りを気にしないで暴れていいよ」
「応っ!」

 残りのトレントは三体。レオンハルトは空中に巨大な炎球を生成し、正面の1体を丸焼きにする。火に炙られたトレントはあっという間に黒い灰となって風に乗り散らばった。一瞬で灰とは、さすがレオンハルト、相当高温な炎を操っているようだ。急激に熱くなる森に、【冷気コールド】で周辺の温度を少し下げて火がつかないようにする。ここで気温を低くし過ぎると視界が悪くなってしまう恐れがあるので、細かい温度調節が必要となる。

 間髪を入れずレオンハルトは後方に回り込もうとしていたトレントに炎の槍フレイムランスを放って串刺しにした。すると右奥の静観していたトレントが突然動き出し、強烈な枝の突きをレオンハルトに繰り出そうとする。しかしそれはとっくに僕の予測済みだった。そのトレントだけを冷気コールドで包み込み、温度を一気に氷点下まで下げて動きを鈍らせると、レオンハルトが炎の矢フレイムアローを叩き込む。トレントは炎に包まれて沈黙した。

「――終わりだ」

 辺りには燃え残ったトレントの残骸が黒く横たわり、森に静寂が戻った。僕が肩で息をしている反面、レオンハルトは涼しい顔で汗ひとつかいていない。実際には相当な集中力と魔力量が必要なはずなのに、疲労の色は一切見えない。その口元には満足そうな笑みが浮かんでいる。

 そんな笑みを見て僕の胸の奥で何かが跳ね上がる感覚に襲われた。いやいやいやいや、と心の中で否定する。ありえない、絶対にありえない! レオンハルトが格好良く見えるなんて。

(違う違う違う! これは吊り橋効果。緊張状態でドキドキしてただけだ。うん、きっとそう)

「おーい、ケイ、どうしたんだよ。顔が赤いぞ。はは~~ん、さてはお前……」

 レオンハルトがいい獲物を見つけたとでも言うかのようにニヤニヤして僕に近寄ってくる。

「俺に見惚れたんだろ! いやあ、お前もとうとう俺のカッコよさが分かるようになったか。うんうん、よしっ、さっさと巣作りしよう!」
「んなわけあるかーー! ふざけんなこのナルシスト! トレント倒してドヤ顔してるレオンハルトさんが面白かっただけだよ!!」

 レオンハルトがするっと僕の腕を掴んで顎クイをしてきたので頭突きをお見舞いしてやった。

 するっとその場を離れてバークレー商会の馬車に目をやると、ハッシュさんとエリオットさんが呆然とこちらを見つめていた。護衛のため雇った冒険者が魔物を倒すことには見慣れているかもしれないが、こんな一方的で圧倒的な火力を見せつけられれば誰でも驚く。

「すごかったです……。さすがは魔王討伐の英雄のお一人。今さらですがすごい方に護衛をして頂いてたんですね……」

 二人の目にはレオンハルトへの信頼が映し出されている。彼らがトレントの脅威を認識すればするほど、レオンハルトの力が頼もしく感じられるんだろう。

 そのすごい人は勝手につがいだと言い張っている男の子(僕だが)に頭突きされて悶絶してますが。




 ーー…こうして道を阻むトレントは消え去り、再び街道が姿を現した。ハッシュさんとエリオットさんは荷馬車に戻り、再出発の準備を始めた。

「これでようやく進めるな。ケイ、出発しよう」

 レオンハルトがペイルの首筋を撫でながら言う。僕も頷いて再びペイルに乗ろうとしたそのとき、

「……あっちゃあ~~。トレントと連携でもしてたのかねえ……」

 レオンハルトが頭を押さえ小さく呟いた。

「え?」

 僕は耳を澄ませる。繊細な魔力操作と戦闘の疲れで『気配察知』を解除したままだった僕のミスだ。森の奥から何か獣のような呻き声と枝葉を踏みしだく音が聞こえる。

「まだ終わっちゃいないみてぇだな……」

 トレントたちによって道が封鎖されていた森に、さらなる敵が迫ってきていた。
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