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第四章:心に触れる
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自分も何となくだけれども、料理の味やサービス
の提供など、気にかけながら食べていた。けれど、
専務は自分と会話をしながら、ここまで事細かに
店内を観察していたのだ。そんな素振り、ほとんど
感じなかったのに……やはり、仕事の出来る人間
は何事にも抜かりない。
「すみません。わたし、ただ美味しくご飯を頂いた
だけで、何の役にも立たなくて」
経費で食事をしておきながら、ちゃんと仕事だと
自覚もせずに、ただ、あの時間を楽しんでいた。
そりゃ、一人より二人の方がたくさん料理を頼める
し、じっくり観察も出来たかもしれないけれど……
やっぱり、一社員として不甲斐ない。
「今ので、18回目です」
「……えっ?」
突然、専務がそんなことを口にしたので、蛍里は
わけがわからず声をひっくり返した。
「今ので、あなたが『すみません』と謝ったのは
18回目です。あなたは僕に謝ってばかりだ」
「かっ、数えてたんですか!?」
「冗談ですよ」
間髪入れずそう答えた専務に、蛍里は目を丸くした。
専務が、はは、と笑う。あの日、レストランで見た
いたずらっ子のような笑顔だ。いまや、すっかり
見慣れてしまった彼のその笑顔を、何だか切ない
と感じてしまうのは、彼の心の内を知ってしまった
からだろうか?
蛍里は肩を竦めて、また、「すみません」と言いそう
になった口を、思わず塞いだ。「いえね」と専務が言葉
を続ける。
「相手に迷惑をかけたわけでもないのに、謝りすぎる
人の多くは自己肯定感が低かったり、自責思考が
強かったりするんです。あなたの場合、決してそんな
ことはないのに、自分のことを過小評価しすぎている
ところがある。あの時のあなたの役目は、僕と一緒に
美味しくご飯を食べることだった。だから、十分役に
立っています。礼儀礼節を欠くのは良くありませんが、
必要以上に口にするのも良くない。これは、上司と
しての助言です」
あくまで優しく、けれど、じっと蛍里の顔を覗き込んで、
専務が返事を待つ。蛍里は、自分の悪い癖を指摘
されたことよりも、一社員に過ぎない自分を、こんなに
も理解し、諭してくれる上司に胸を熱くしながら頷いた。
「はい。これから気を付けます」
蛍里がそう答えると、榊専務は目を細め、腕時計に
目をやった。どうやら、時間のようだ。
「そろそろ戻らないと。昼ご飯を食べ損ねたら大変だ」
デスクに広げた資料をしまいながら、専務が言う。
蛍里は出来ることなら、もっと彼と話していたいと思う
自分に戸惑いながら、はい、と頷いた。
の提供など、気にかけながら食べていた。けれど、
専務は自分と会話をしながら、ここまで事細かに
店内を観察していたのだ。そんな素振り、ほとんど
感じなかったのに……やはり、仕事の出来る人間
は何事にも抜かりない。
「すみません。わたし、ただ美味しくご飯を頂いた
だけで、何の役にも立たなくて」
経費で食事をしておきながら、ちゃんと仕事だと
自覚もせずに、ただ、あの時間を楽しんでいた。
そりゃ、一人より二人の方がたくさん料理を頼める
し、じっくり観察も出来たかもしれないけれど……
やっぱり、一社員として不甲斐ない。
「今ので、18回目です」
「……えっ?」
突然、専務がそんなことを口にしたので、蛍里は
わけがわからず声をひっくり返した。
「今ので、あなたが『すみません』と謝ったのは
18回目です。あなたは僕に謝ってばかりだ」
「かっ、数えてたんですか!?」
「冗談ですよ」
間髪入れずそう答えた専務に、蛍里は目を丸くした。
専務が、はは、と笑う。あの日、レストランで見た
いたずらっ子のような笑顔だ。いまや、すっかり
見慣れてしまった彼のその笑顔を、何だか切ない
と感じてしまうのは、彼の心の内を知ってしまった
からだろうか?
蛍里は肩を竦めて、また、「すみません」と言いそう
になった口を、思わず塞いだ。「いえね」と専務が言葉
を続ける。
「相手に迷惑をかけたわけでもないのに、謝りすぎる
人の多くは自己肯定感が低かったり、自責思考が
強かったりするんです。あなたの場合、決してそんな
ことはないのに、自分のことを過小評価しすぎている
ところがある。あの時のあなたの役目は、僕と一緒に
美味しくご飯を食べることだった。だから、十分役に
立っています。礼儀礼節を欠くのは良くありませんが、
必要以上に口にするのも良くない。これは、上司と
しての助言です」
あくまで優しく、けれど、じっと蛍里の顔を覗き込んで、
専務が返事を待つ。蛍里は、自分の悪い癖を指摘
されたことよりも、一社員に過ぎない自分を、こんなに
も理解し、諭してくれる上司に胸を熱くしながら頷いた。
「はい。これから気を付けます」
蛍里がそう答えると、榊専務は目を細め、腕時計に
目をやった。どうやら、時間のようだ。
「そろそろ戻らないと。昼ご飯を食べ損ねたら大変だ」
デスクに広げた資料をしまいながら、専務が言う。
蛍里は出来ることなら、もっと彼と話していたいと思う
自分に戸惑いながら、はい、と頷いた。
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