魔剣士と光の魔女(完結)

わたなべ ゆたか

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魔剣士と光の魔女 二章『竜の顎で殺意は踊る~ジン・ナイト暗殺計画』

プロローグ その2

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迷宮の玄室に向かっていた俺――ジン・ナイトは、最下層である第六層を踏破しかけていた。着慣れた胴鎧に籠手、革のブーツを身につけ、愛用の長剣と盾を携えていた。
 黒い髪を隠すように、頭部を保護するための兜も被っている。
 今回の外出は、街への買い出しではない。ステファニー――ステフの仕事を手伝うために、領主の屋敷へ行っていたのだ。
 ステフは転移の魔術で往復できるが、俺は徒歩で行くしかない。とはいえ、騎士であるスターリングが送り迎えをしてくれるので、楽はさせてもらってるけど。
 そんなわけで、俺は一人で迷宮を踏破していた。
 もうすぐで自宅である玄室に辿り着く――そう思ったとき、俺の目の前に突然、黒い渦が巻き起こった。

 長剣を抜いた俺の前に、五マールを超える魔王が現れた。
 胴体や手足には金属質の帯を巻き付けた、女性の姿をした魔族だ。背中には漆黒の翼が二対、つやのある黒い尻尾は足下まで伸びていた。
 腰まである銅褐色の髪は波打ち、足はヒールのあるブーツ状の履き物。魔槍を携えた姿は異形であるにも関わらず、どこか蠱惑的な美しさがあった。
 魔王アストローティアの姿が現れた――しかし、俺も黙って見ていたわけじゃない。

「マエユコ、サ、ウ、シ、ノ――四大精霊よ、我が剣に宿れ! ムヒカン・バース――エ・サ、ウ、シ、ノ!」

 デフォルメされた四大精霊が召喚されたと同時に、俺は短詠唱で魔剣術・空を唱えた。
 長剣に四大精霊が吸い込まれ、エーテルの刃が形成された。あとは、発動のためのキーワードを唱えるのみ。
 一瞬早く、アストローティアが高笑いをした。

〝はーっはっはっはっ!! 小僧、また会った――〟

「魔剣――」

〝ちょっと待ちなさいよっ!!〟

 問答無用で魔術剣・空を放とうとした矢先、いきなり怒声を浴びせられ、俺は長剣を振り上げかけた腕を止めた。

「な――なんだよ?」

〝なんだよ、じゃないわよ! ちょっとそこ座りなさい!!〟

「……それは、イヤでしょ。座った途端に、その槍で俺を突くつもりじゃ――」

 俺の言葉は、アストローティアが魔槍を床に突き刺す音に遮られた。

〝これならいいでしょ!?〟

 魔槍から手を離して腕を組んだ魔王に、俺は半目で告げた。

「まだ、尻尾があるし」

〝一々、細かい男ね、あんたっ!!〟

 アストローティアが何かを呟くと、黒いドレスを身に纏った少女の姿になった。

「……これならいいでしょうが」

「あ……ああ」

 俺が座ると、アストローティアは柳眉を釣り上げた。

「あんたねぇ! 最近、たるんでるわよ!? あたしがこっちに姿を出した瞬間に魔剣・空、魔剣・空って……馬鹿の一つ覚えみたいに、同じことを繰り返してばっかでさ!」

「いや……効率的、かつ合理的な戦術だと思うんだけど」

「お黙り! 魔剣術・空で異次元に飛ばされると、戻って来るの大変なんだからね。こっちの身にもなってみなさいよ!!」

 ……チッ。戻ってくれなくなるのを期待してるんだけどなぁ。
 そんな考えを顔に出さないようにしながら、俺はあっさりとした口調で応じた。

「帰って来られるんなら、いいじゃない」

「よくない! あたし級の魔王なら戻ってこれるってだけよ! 格下の魔族とかじゃ無理だし。いいこと!」

 アストローティアは喚きながら、ビシッと指先を俺に向けた。

「戦いってのは、血飛沫肉飛び散る展開を楽しむもんでしょうが!」

「いや、血飛沫撒き散らして肉飛び散ったら、俺は死んでるから」

「お黙り! そんなことは、どうでもいいの!」

 俺の生死を〝どうでもいい〟と、平然と言ってのけてから、魔王は再び腕を組んだ。

「とにかく――色々な戦い方を経験しておかないと、あとで痛い目見るのは、あんた自身だかんね! わかった!?」

「いや、まあ……それはなんとなく理解してるけど」

 俺が頷くと、アストローティアは元の姿に戻って、床から魔槍を抜いた。

〝それじゃあ、いいこと? 魔剣術・空は禁止。いきなりの魔剣術もなし。それで再度やるから。そこで待ってなさいよ!〟

 黒い渦に身を包んだアストローティアは、ほどなく姿を消した。
 とりあえず、魔術剣・空を解除した俺は、召喚したままの四大精霊と共に、迷宮内に留まった。そして数十秒後、再び黒い渦が俺の前で巻き起こった。

〝はーっはっはっはっ!! 小僧、また会ったな! 今度こそ、貴様の臓腑をぶちまけてくれる!〟

 先ほど中断した口上を言いながら、魔王アストローティアが姿を現した。
 ……このあたり、意外と律儀というか、まめな性格なのかもしれない。
 魔槍を構える魔王に対し、俺は長剣を構え直した。

 そして、二分後。

〝負けたぁ! でも楽しぃぃぃぃぃっ!〟

 魔剣術・雷によって深手を負ったアストローティアが、黒い渦に覆われて魔界に還っていった。
 ……負けて喜ぶとか――マゾか。

「そんなわけないか」

 独り言を言いながら、俺は玄室へと向かった。
 このときのアストローティアの言葉を、あとでしみじみと思い返すことになるとは、このときの俺はわからなかった。
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