魔剣士と光の魔女(完結)

わたなべ ゆたか

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魔剣士と光の魔女 二章『竜の顎で殺意は踊る~ジン・ナイト暗殺計画』

二章 -5

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   5

 竜の住処へ行くことについてボルナックさんを説得するのに、夕方までかかった。ジョンが隠しているグゥグゥ――ドラゴンの幼生体については、まだ秘密にしているから、これは仕方ないんだけど。
 もしドラゴンが人語を理解できるのであれば、話し合いを試みるべき――という俺の主張に対し、ボルナックさんは危険度の高さを理由に反対していた。
 ただ、ボルナックさんもシルバードラゴンであれば、人語を理解している可能性は高いことを理解はしているようだった。


「この辺りは、その昔に五名の竜騎士がいたという伝説があります。その血統が生き延びていれば……会話はできるかもしれませんが」


 ということらしい。なんでもローウェルの印にある紋章は、その竜騎士を表しているということだ。
 日が沈みかけているので、出発は明日の早朝ということになった。宿に泊まれない俺がジョンが隠れ家にしている小屋へと向かう途中、ボルナックさんが駆け寄ってきた。


「あの……やはり店主を説得して、宿に泊まりましょう」


「あーっと、そこは大丈夫なんで。ただ、風呂とか湯浴みが出来ないのが辛いですけど」


 雑木林の途中で足を止め、俺はボルナックさんに答えた。このまま先に進んで、あの小屋のことを知られるのは、まだ拙い。


 ……ものすごく怒られる気がするし。


 俺が愛想笑いを浮かべながら、なんとかボルナックさんを帰そうとしていたとき、雑木林の奥からジョンが現れた。


「あれ――ジン……さん。なにをしてるの?」


「その子は?」


 ボルナックさんに訊かれ、俺は返答に困った。まさか、ドラゴンの幼生体の件でちゃんと知り合った――と、言うわけにはいかない。
 俺はジョンと目配せをすると、視線を上に向けながら答えた。


「えーと、雨風の凌げる場所を教えて貰った――そんな間柄です。な?」


「えっ!? あ、そ、そう……です」


 狼狽えながらもジョンが頷くと、ボルナックさんは怪訝そうな顔をしたものの、一応は納得したようだ。


「村の子と仲良くするのは、悪いことではないですから」


 そんなことを言って、ボルナックさんは呑気に頷いた。俺とジョンは、互いに目を合わせると、微笑み合った。
 共通の秘密――それを持つ者同士の連帯感、という奴だろう。場に和んだ雰囲気が漂った――そのとき、俺は草を鳴らす音と、空気に乗って漂ってきた臭いに気づいた。
 迷宮内で、何度も嗅いだ臭いだ。


「ジョン、下がってろ」


 長剣を抜いて背負っていた盾を左手に持ち直した俺は、臭いが漂ってきた方角へと向き直った。
 雑木林の奥から現れたのは、赤茶けた肌を持つ三体のゴブリンだ。錆びの浮いた短剣に、どこかで奪ったのか鎖帷子を着ていた。
 俺はボルナックさんを一瞥すると、指示を出した。


「あの奥を照らすような攻撃の魔術を頼みます」


「え? なんで――」


「いいから、早く」


 俺が急かすと、ボルナックさんはようやく理の杖を振りかざした。


「我は請う。精霊よ、我が命に従いて姿を現せ。マーリテュス、ガラズンド・ユーフォロウ――」


 やや長い短詠唱でサラマンダーを召喚したボルナックさんは、続けて詠唱に入った。
 しかし、そのあいだにもゴブリンたちは俺たちを見つけ、駆け出していた。くそ――こうなったら仕方ない。


「マエユコ、シ。精霊よ我が剣に宿れ、ムヒカン・ヒュ・キケヂウ――シ・ウズユス」


 拡大の構文である「キケヂウ」と維持の構文の「ウズユス」を加えた、短詠唱による魔剣術を唱えた俺は、剣を小さく構えながら魔剣術発動のキーワードを唱えた。


「魔剣――風」


 俺が剣を振ると、切っ先から暴風が吹き荒れた。枝葉を激しく鳴らし、土煙をあげる暴風に、ゴブリンたちの動きが止まった。
 暴風が収まる直前に、ボルナックさんの魔術が完成した。


「――ダーグル、ボーっ!!」


 火球と化したサラマンダーが、ゴブリンの群れへと飛翔した。火球は三体のゴブリンの間を掠めて飛び去り、雑木林の奥へと消えていった。
 雑木林の右脇に二体、左に三体のゴブリンが控えていた。そして炎が消える直前、木々に隠れているような二体のゴブリンを見つけた。
 一体は、甲冑のような鎧を着た大柄の固体。そしてもう一体は、小動物の骨が飾られた杖を持つ、小柄の固体。十中八九、大柄の固体はゴブリンキングなどと呼ばれる群れの王で、小柄の固体はゴブリンメイジとかゴブリンシャーマンとか呼ばれるやつだ。


「ボルナックさん。威嚇でいいので、奥の二体に魔術をお願いします。あとのゴブリンは、俺に任せて下さい」

 
 言いながら、俺は駆け出していた。長剣で先頭にいた一体の額を叩き割ったのを皮切りに、ゴブリンの群れとの戦いが始まった。
 短剣を盾で防ぎ、または身体を捻って避ける。最小の動きを意識し、さらにボルナックさんから放たれる魔力を阻害しない身体裁きを意識しながら、確実に斃していく。
 迷宮でなんども遭遇している種だが、木々で視界が悪い分、少し戦いにくい。
 いつもより手間取った――と考えているあいだに、俺の長剣はゴブリンシャーマンの喉笛を切り裂いた。
 これが、最後の一体だ。
 計九体のゴブリンが死体となって転がっていた。俺は周囲を見回し、ほかにゴブリンの気配がないことを確かめると、長剣を鞘に収めた。


「……ボルナックさん。魔術で、死骸を地中に隠せますか? 狼とか、厄介な奴を引き寄せるかもしれませんし」


「え? ええ……ノームの魔術でやってみましょう」


 ボルナックさんがゴブリンの死骸を魔術で地中に埋めているあいだ、俺はジョンを村まで送っていくことにした。
 俺が村の入り口で立ち止まると、ジョンが振り返った。


「どうしたの?」


「あーと、だ。俺はここまでのほうがいい」


 俺が自分の黒髪を指で突くと、ジョンはハッと気づいたように、表情を曇らせた。
 手を振って別れると、ジョンは俯き加減に村の中を歩いて行った。俺は柵に沿って歩きながら、ジョンを目で追った。
 グゥグゥを親元に帰すことを承諾はしたが、やはり寂しいに違いない。きっと今は、ぐちゃぐちゃになった感情を必死に押さえ込んでいるかもしれなかった。


「なんだ、少年。しょぼくれた顔なんざして」


 俺の耳に、ヴァンの声が飛び込んできたのは、そんなときだ。
 ヴァンはジョンに近寄ると、無遠慮に肩を叩いていた。


「なんかイヤなことでもあったか? ん?」


 ヴァンはジョンの返答を待たずに、一方的に喋り続けた。


「なにがあったか知らないが、落ち込むなよ。なんだ、『降り続ける雨はない』ってヤツだぜ。辛いことなんか、一時的なもんだって」


 バンバンとジョンの背中を叩いたヴァンは、「じゃあ、元気出せよ!」と言って去って行った。


 ……ったく、仕方ないな。


 俺は柵を越えると、ジョンの元へ駆け寄った。


「ジョン、ちょっと良いか?」


「ジン……さん?」


 俺はジョンを柵の側まで連れて行くと、二人して置いてあった木箱に腰を落ち着けた。


「グゥグゥと別れるのは、やっぱ辛い?」


「……うん。この村で……唯一の友達がいなくなっちゃう」


 この返答に俺は、昨日の一幕を思い出した。村長の息子とその取り巻きに、ジョンはリンチに近い暴力を受けていた。俺はジョンがグゥグゥに依存していた理由を察して、さすがに罪悪感を覚えた。


「……ごめんな」


「ううん。仕方ないのは、分かるんだ。あの……さ。僕もジンさんみたいに強かったら、こんな気持ちにならなかったのかな」


 俯き加減だったジョンが、ふと顔を上げた。


「僕に喧嘩の仕方を教えてよ。そうすれば、もうあんな目に遭わなくて済むんだよね?」


「正直、それは難しいだろうな。例えば、強くなって三人に勝ったとする。今度は、六人で来るぞ。それで駄目なら、その倍。さらには親が出てくるかも。この村の場合は、村長も出てくるかもな。暴力で手っ取り早く解決しようとするなら、極論を言えば全員を殺すしかない」


「そんな……そんなのって」


 希望を打ち砕かれた顔をするジョンに、俺は首を振った。


「そうだな、酷い案だ。それに、俺はジョンに、そんなことをして欲しくない。だから、教えてやれるのは、逃げ方だけかな」


「逃げかた……?」


「ああ。結局、自分の身は自分で護るしか無いんだ。だから、拳を避けたり、逃げかたを覚えれば、少しはマシになる。明日の早朝、手袋を持って小屋に来てくれ。短い時間だけど、少しは教えてやれると思うからさ」


 俺の言葉に、ジョンは最初は躊躇ったものの、はっきりとした意志の元、強く頷いた。


「ちょっといいか?」


 俺とジョンが話をしているあいだ、こちらを監視している気配があった。それに気づいていた俺はジョンを帰したあと、しばらく動かずに相手を待っていた。
 やってきたのは、アベルだ。


「あのさ……一つ訊いてもいいかな。ちょっと見てたんだけど……あの冒険者、なんか拙いこと言ったのか? この村の近くでゴブリンが出たっていう話だけど、一向に出ないから……まあ、暇つぶしだったんだろうけどさ」


 アベルの言葉を聞いて、一番最初に思ったのは、(……あ。やっちまった)ということだった。


 さっき斃したヤツが、件のゴブリンかもしれないな……すっかり忘れた。これは、あいつらには内緒にしておこう。
 冷や汗を流す俺に気づかないのか、アベルは言葉を続けた。


「止まない雨はないって、いい言葉だと思うんだけど……なにか問題あるんだっけ?」


「そうですね……自分で言う分には奮起にもなるし、良いんじゃないですか。けど、止まない雨はないって言ったって、その雨で体調を崩したり、水害に遭ったりするかもしれないじゃないですか。雨宿りのやり方も教えず、ただ我慢しろって言うのは無責任だと思うんですよね。それに――」


 皮肉混じりの笑みを浮かべながら、俺は自分の黒髪に触れた。


「ここに、止まない雨が存在するわけですよ。そんなわけで俺は、あの言葉は嫌いです」


 これで、アベルはなにも言えなくなってしまった。
 俺は片手を挙げて無言の別れを告げると、村の出入り口へと向かった。
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