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魔剣士と光の魔女 三章 帝国来襲!!
二章-1 黒薔薇の棘
しおりを挟む二章 黒薔薇の棘
1
レオナード将軍との一悶着があってから二日後の昼前に、俺たちはキャッスルツリー領の領主街、サンロウフィルに入った。
あらかじめ通達があったのか街に入った途端、俺たちは住民たちからの歓迎を受けた。
大通りの両側に集まった住民の歓声に、辺りに舞う花びら。中央からの使者や将軍たちは、帝国内の住民にとって、ある種の象徴的な存在なのかもしれない。
……まあ、一緒にいる身からすれば、良い見世物になっている気分でしかないわけで。
俺はあまり顔を上げずに、黙々と歩くことに専念することにした。見世物になって気分が悪い――というより、単に恥ずかしいだけだけど。
やがて馬車の列は、領主の屋敷の門へと到着した。ここからは使者の馬車と最低限の衛兵だけが中に入る――というのが、帝国では普通らしい。
黒塗りの馬車と騎士スティーベンを先頭に数名の兵士たちが門を潜ると、他の帝国兵や将軍たち、それに冒険者と傭兵らは街中の宿へと向かった。
指定された宿は、領主の屋敷からほどよく近く、また屋敷に続く通りに面しており、いざというときには簡易的な砦として使われるようだ。
俺とステフはカーズさんとの打ち合わせ通り、こっそりと馬車列から外れて、裏門から屋敷へと入っていた。世話係の老女に挨拶くらいはしたかったが、朝から見かけていないし、探すだけの猶予もない。
騎士スターリングとその部下たちに囲まれつつ、俺たちは裏庭を進んでいた。
木々はまばらで、視界を遮るものは、あまりない。花壇やベンチのほかに、周囲に目立つものは、見られなかった。
ほとんど塀沿いに進んでいると、屋敷の表玄関が見えた。
玄関の真上には、民家の一軒程度なら余裕で入りそうな広さのベランダがある。それが屋根代わりなのだろう、日差しを避けるようにダグドや使用人たちが集まっていた。
そして今、兵士たちに囲まれた馬車が、ゆっくりとベランダの下に入った。兵士たちが馬車の前後に並ぶ中、騎士スティーベンが直立の姿勢で前に出ると、ダグドたちは一斉に最敬礼をした。
「遠く帝都からお越し下さいましたこと、心より感謝いたしております。会談が終わられるまで、ふつつかでは御座いますが、わたくしどもがお世話をさせて頂きます。なにか御座いましたら、遠慮なく申し付け下さいませ」
「丁重な出迎え、感謝致します。会談が終わるまでのあいだ、我ら一同、ここで世話になります。それでは――」
騎士スティーベンは馬車のドアを開けると、顔を薄布で隠し、黒衣のドレスに身を包んだ女性が出てきた。
その女性の手を取った騎士スティーベンは、集まったダグドや屋敷の使用人たちを振り返った。
「平伏を――こちらは、ディオーラ・エキシンドル女帝にあらせられる」
騎士スティーベンが高らかに告げると、ダグドや使用人たちは一斉に片膝を地に付けた姿勢で跪いた。
そんな彼らの様子を見回したディオーラ女帝は、小さく手を挙げた。
「楽にしてよい。さて――領主は誰です?」
どこか面白がっているような口調で、ディオーラ女帝が問いかけた。露骨に狼狽えたダグドが顔を上げたが、完全に萎縮しているのか声が出ないようだ。
ディオーラ女帝は視線を巡らすように首を動かしながら、軽く腕を組んだ。
「ここにはいないのかしら?」
「いえ――ここに」
紺色のドレスに身を包んだ女性が、立ち上がった。ヴェールで髪を覆い、目と鼻を隠す仮面で容姿のほとんどを隠していた。
薄い紅を引いた唇は緊張で固く結ばれているが、頭を下げる所作は優雅だった。
「お初にお目にかかります。キャッスルツリー領の領主、ステファニー・アーカム・キャッスルツリーにございます。このたびは――お目にかかれたこと、光栄にございます」
ステファニー女伯を名乗った女性が頭を上げると、ディオーラ女帝は少し口を開いたまま、しばらくは返事をしなかった。
やがて、組んでいた腕を解いたディオーラ女帝は、口元に笑みを浮かべた。
「あなたが――なるほど。会談は昼食を摂りながらでいいかしら?」
「――はい。構いません。しかし昼食ですが、少しばかり準備が遅れております。しばらくお部屋でお待ち下さいますよう、伏してお願い申し上げます」
「ええ……構わないわ。旅の疲れもありますからね」
女帝はどこか、今の状況を面白がっているような口調だった。
「それでは、そちらの言葉に甘えて、まずは休ませて貰おうかしら。部屋には誰が案内して下さるのかしら」
「は――僭越ながら、わたくしが御案内致します」
立ち上がったダグドは最敬礼をしたあと、女帝を促すように半身をずらした。
畏まった動きで踵を返したダグドを先頭に騎士スティーベン、次に女帝、さらには帝国兵士、屋敷の使用人たちが続いた。最後に残った女伯と騎士スターリングは、皆からかなり遅れて屋敷に入った。
俺たちは騎士スターリングが玄関の扉を閉ざすと、裏口へと廻った。
表情を固くしたステフに、俺はどこか現実味のない声で問いかけた。
「……ディオーラ女帝って、そう聞こえたけど」
「うん。あたしも聞こえた。女帝が使者なんて……そんなの聞いてないよ」
少し青ざめたステフの瞳は、瞳孔が開ききっていた。
この表情から察するに……すごくヤバイ状況だってことは、俺にも理解できた。帝国の最高権力者であるディオーラ女帝による、ほぼ抜き打ちに等しい訪問だ。
ステフ――ステファニー女伯にとって、最大の危機かもしれない。
屋敷に入る早々にステフと別れた俺は、素早く鎧を脱ぐと帯剣したままで厨房へと向かった。
これから大急ぎで、昼食の準備をしなくてはならない。といっても、ディオーラ女帝の分は料理長さんを筆頭に、屋敷の料理人たちが担当する。
俺はステフの昼食だけを作るのだ。まあ、下ごしらえはもう終わってる筈だから、俺は残りの行程と味見だけだけど。
厨房の手前まで来たとき、俺の進行方向に紺色のドレスを着た女性が佇んでいた。
女性は仮面とヴェールを脱ぐと、盛大な溜息を吐いた。
零れた赤毛を波打つように揺らしつつ、足早に近づいて来る女性に、俺は気まずい顔を浮かべていた。
「えっと……クレアさん、お疲れ様です」
俺が小さく手を挙げると、ステフと同じ装飾のドレスに身を包んだクレアさんは、もう一度、しかもわざとらしく、深く盛大な溜息をついた。
そして俺に顔を寄せると、柳眉を逆立てた。
「あんたねぇ、使いが帝国の女帝だなんて、聞いてないわよ!?」
「すいません……俺たちも知らなかったんです」
俺が謝るとクレアさんは俺の両肩を掴みながら、誰が見ても異論が出ないほど、がっくりとした顔で項垂れた。
「……もう二度と、身代わりなんてしないから」
「あ、いや、状況によってはもう一度か二度くらいは、お願いしたいんですけど……」
レオナード将軍がらみで、身代わりを使ってステフから遠ざけようという作戦を立てているのだけど……。
「二度としないからね! こんなの命が幾つあっても足りないわよ」
この様子じゃ、無理そうだな……。
そんな諦めを抱いた俺に、クレアさんはなおも食らいついてきた。
「大体ね。今回の件だって、なんであたしが身代わりしなくちゃいけないの? 屋敷にいる使用人だって良かったでしょ!」
「あ、いやだって。クレアさんは、森の民のお姫様じゃないですか。礼儀作法とか、身についてるので、適任かな……と」
「礼儀作法なんざ、三日もあれば一通りは身につくでしょ!?」
「えーと、クレアさんはともかく、普通の人には無理です、それ。えっと、それよりですね、俺はそろそろ厨房にいかないと……」
「なにを言ってるの? しばらくは、付き合ってもらいますからね!」
……あ、半泣きだけど、かなり本気で怒ってる。
このあとも愚痴り続けるクレアさんから、なんとか逃げおおすことができた俺は、大急ぎで厨房へと向かった。
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新年あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。
わたなべ ゆたか です。
お正月の三が日、皆様はいかがお過ごしだったでしょうか?
書いている人は、家事やら年始回りやら……二日目で、お腹壊しました。
慣れないもの食べたから……。
仕事始めが三日からでしたので、一日で治って良かった……と安堵してます。
地味に肉体労働もあるため、下痢のときに力を込めるとですね、その、悲劇が待っているわけです。メンタル的に立ち直るのが難しいレベルで。
本当に、治ってよかった……。
第三章ー2章開始です。
今年も、本作で少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
また宜しくお願いします!
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