魔剣士と光の魔女(完結)

わたなべ ゆたか

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魔剣士と光の魔女 三章 帝国来襲!!

四章-4

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   4

 迷宮の回廊は、叫喚の坩堝と化した。
 突然の炎に包まれた騎士スティーベンから、巨大な魔族が現れたのだ。その禍々しい外観と気配に、レオナード将軍と兵士だけでなく、傭兵たちも正気を失ったように絶叫をあげていた。カーズさんも恐怖からか、柄を掴んだ長剣を抜けずにいる。
 魔物に慣れているはずの冒険者たちも、立ちすくんだのか動く気配がない。
 表情を失ったディオーラ女帝は、クレアさんが後方に引かせ、クレイン奇師と護りの体勢に入っていた。
 ティーサン賢師はさすがに冷静さを失っておらず、魔術の束縛を解いてレオナード将軍と兵士に離れるよう促していた。
 カタリズヌ――騎士スティーベンの身体を喰らうようにして現れた魔神。魔王ヴィーネに魂を飲み込まれかけた俺には、わかる。
 騎士スティーベンと使い魔の魂は、この魔神に飲み込まれ、消滅しているはずだ。騎士スティーベンは……叔父を騙る魔術師によって、転生すら叶わぬ死を迎えてしまった。

 くそ……サイテーを通り越して最悪な日だ。

 色々な想いと疑念が頭を過ぎったが、後回しだ。
 俺は魔神と自らを称したカタリズヌが名乗りをあげているあいだに、ステフの前へと移動した。
 初見で能力も未知数の魔物と対峙するときは、ステフの魔術は必須といっていい。


「ステフ、後方で援護を!」


 いつもなら「うん、わかった」という返事があるのだが――今回はそれがなかった。
 魔神カタリズヌの動きを気にしながら背後を向くと、レオナード将軍がステフの腕を掴んで、無理矢理に後方へと連れて行くところだった。


「ジン! 将軍、放し――放して下さい!」


 ステフの叫ぶ声に、俺はすかさず追いかけようとした。
 しかし、その前にカタリズヌが身動ぎしたため、俺はステフを連れ戻すのを断念せざるを得なかった。


「マエユコ、サ、ウ、シ」


 サラマンダーとウィンディーネ、それとシルフを召喚した俺は、長剣を正眼に構えた。
 この場で唯一、戦う姿勢をとった俺に視線だけを向けたあと、魔神カタリズヌは尾を振り上げた。


「ス・コウ――シルフ、護りを!」


 長剣の刀身に刻まれた文字が光った直後、俺へと振り下ろされた魔神の尾は、シルフの結界に弾かれた。
 尾を引き戻したカタリズヌは、攻撃を防がれたことに驚く素振りも見せず、深紅の双眸を細めた。


〝大した結界だ。その大道芸だけは褒めてやろう〟


 あくまでも尊大――あからさまに人間を見下した、高等魔族らしい言動だ。つけいる隙は、この一点。相手が油断をしている今このときに、一気にけりをつけるのみ。


「三精霊よ、我が剣に宿れ。ムヒカン・ラ――サ、ウ、シ」


 俺の短詠唱で三精霊の姿が解け、文字の光る長剣の刀身の周囲で渦を巻き始めた。
 魔剣術――剣に宿した精霊の力を凝縮し、高等魔術並の破壊力へと転化させる、剣技と魔術の複合技だ。その中でも魔剣・雷は、最高級の威力を誇る。


「みんなは逃げろ!!」


 周囲にいる冒険者たちにそう告げてから、長剣を振り上げかけたとき、俺の背後で爆発音がした。続けて瓦礫が落ちてくる音が響き、周辺に土煙が舞い上がった。
 カタリズヌの視線が逸れた。その合間を縫うように背後を一瞥した俺は、信じられない物を見た。
 今も放たれ続けている火球の魔術で、回廊の天井の一部が崩壊していた。その瓦礫が積もって壁となり、帰路を完全に塞いでいた。
 誰がこんなことを――と、考える余裕はなかった。瓦礫のこちら側に取り残された、カーズさんと三人の冒険者たちに、俺は叫んでいた。


「あいつはなんとかするから、逃げてくれ!」


 怒声混じりに指示を出したが、ギルダメンは戦斧を構えて魔神を睨んでいた。


「おまえ一人に戦わせるわけにはいかぬだろ」


「逃げろたってさ――無事に逃がしてくれそうにないじゃん」


 長剣を手に戦う姿勢のローラの隣では、ガルボが怯えながらも曲刀を抜いていた。
 カーズは取り残された冒険者を見回してから、覚悟を決めた顔で俺に頷いた。


「我らがヤツの気を引く。おまえがトドメを――」


 カーズが言葉を言い終える前に、カタリズヌが左腕を床に叩き付ける音が響いた。


〝死ぬ前の相談は終わったか? そろそろ待ちきれぬのでな――前祝いとして貴様らの臓腑を喰らってやる故、感謝するがよい〟


 嘲笑に似た声が、回廊に響いた。
 悠長にしている時間は、ない。俺は素早く長剣を振った。


「魔剣――雷」


 キーワードを唱えた直後、長剣から放たれた青白い雷が刃となって、魔神カタリズヌの右肩に食い込んだ。雷の刃は難なく右側の翼と右肩を切り落とし、そのまま右胸の半分まで切り裂いた。


〝ぐわあああああっ!? ま、まさか! 人間如きに、こんな技が――!?〟


 絶叫をあげるカタリズヌが、残った左手で雷の刃を止めようとした。だがそれは叶わず、逆に指を切り落とす羽目になった。
 このまま、こいつを斃す――俺は、長剣を握る両腕に力を込めた。
 回廊が飛来した光源で照らされたのは、雷の刃がカタリズヌの胴体を半分ほど切り終えたときだ。
 新たに飛来した火球が、俺のほぼ真上にある天井に命中して破裂した。火球はその一度だけでなく、間隔をあけて飛来し続けた。
 やがて天井が崩れ、瓦礫が俺や冒険者たちに降り注いだ。
 人間の頭部よりも大きな瓦礫が、俺の肩を掠めた。降り注ぐ土煙や破片から逃れるために、俺は魔剣術を中断せざるを得なかった。


「ス・コウ――」


 結界の魔術を唱えている最中、カーズさんや冒険者が集まっている場所に瓦礫が落ちた。
 今はカタリズヌを斃すことが最優先だ。自分の身を護りつつ、土煙や瓦礫がおさまってから、再度の魔剣術で斬りかかるのが最善手――そんな分別臭い思考が、俺の中で渦巻いた。
 冒険者たちに瓦礫は降り注ぐだろうが、よほどの悪運に見舞われることがなければ、無事にやり過ごせるはずだ。
 俺にとって大事なのは、魔神を斃してステフの元に帰ることだ。
 そんなことは、わかっている。


「――シルフ、護りを!」


 俺は、シルフの結界を完成させた。
 しかし、風の結界に包まれたのは俺ではなく――カーズさんと冒険者たちだ。
 ここで彼らを見捨てれば、俺は前世で俺を轢き殺した自動車の運転手と、同類になってしまう。

 ――それだけは、できない。なんと言われようが、俺には無理だ。

 結界が完成した直後、俺たちの周囲に大量の瓦礫や土が降り注いだ。冒険者たちの真上に特大の瓦礫が落ちたが、それは結界で四散した。
 運が良かったのか、俺の周囲には大きな瓦礫は降ってこなかった。
 しかし目の前は大量の土煙が舞い上がり、視界のほとんどが利かなくなった。しかも土埃のせいで、まともに目も開けられない。
 眼前に出した左腕を土埃を払いつつ、俺は薄目を開けて魔神の姿を探した。
 首を左右に振りながら五感を総動員させていた俺は、赤く光る腕が土煙の向こう側から迫って来るのを見た。
 腕自体の速度は、大したことはない。アストローティアの魔槍と比べれば、それこそ空を舞う鷹とカタツムリほどの差がある。
 難なく魔神の腕を躱した俺は、俺の目の前を通り過ぎたものに表情を凍り付かせた。腕のあとに、カタリズヌの身体は存在していない。俺が避けたのは、先ほど斬り落とした魔神の右腕のみだった。


「な――!?」


 魔神の本体はどこに――慌てて周囲を見回した俺は、背後から空気の流れを感じた。
 姿勢を低くできぬままに振り返ったとき、怒りで醜く顔を歪めたカタリズヌは、すでに俺の間近まで迫っていた。
 身体の半分を斬られたにも関わらず、魔神の動きは素早い。
 俺は体勢が整わないまま振り返ったせいで、すぐに次の行動に移せなかった。
 突き出すように振られた魔神の左腕が、俺の胸板を激しく殴打した。あまりの衝撃に、肺から空気が一気に押し出された。
 一瞬、意識が飛んだ。
 為す術も無く、俺は吹っ飛ばされた。受け身など考える余裕もなく、とっさに長剣を手放した両腕で、頭を庇うことしかできなかった。
 回廊の壁に叩き付けられた衝撃は、前世で自動車に撥ねられたものと似ていた。
 脳裏に浮かび上がった悲しげなステフの顔――それを最後の記憶として、俺の意識は途切れた。
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本作を読んで頂いて、ありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

世界が焦臭い方向へ向かっていますね。一庶民の身では祈ることと、簡単な支援くらいしかできません。
「賢者は歴史に学ぶ」って言葉があった気がしますが……世界の指導者に賢者はいるのかと、疑いたくなった今日この頃です。

話を戻して。

第三章も佳境です。次回のアップは……三月四日までには、なんとか。二つ同時にアップする予定ですので、少々手間取りそうです。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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