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魔剣士と光の魔女 三章 帝国来襲!!
四章-5
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刻は、少し遡る。
レオナードによって無理矢理ジンと引き離されたステフは、通路を塞ぐように崩れ落ちた瓦礫の山を見て、絶望感を露わにしていた。
顔を悲痛に歪めながらレオナードから逃れるべく藻掻くが、腕を掴む手の握力は強くなるばかりだ。
レオナードの命令によって、回廊の天井に向へと火球が放たれ続けていた。瓦礫で回廊に壁を造っていたのは、炎の精霊を召喚していた女魔術師――サーシャだった。
レオナードを止めようとしたティーサンは、頭部に殴打を受けて床に倒れていた。そこから少し離れた場所では、控えめに剣を構えた兵士が、ディオーラ女帝を護るクレアとクレインと対峙していた。
腕力では敵わぬことを理解しながらも、ステフは己の腕が引き千切れても構わぬとばかりに、ジンの元へ向かおうと己の身体を引っ張り続けた。
「離して――離して下さい! ジン! ジンっ!!」
「行くな! おまえはここにいるのだ!!」
レオナードは怒りを露わにステフの右肩を掴むと、強引に身体を自分へと向けさせた。
カタリズヌへの恐怖を抱きつつも、自分よりもジンへと執着するステフに、レオナードは苛立ちながら身体を激しく揺さぶった。
「あんな化け物に勝てるはずがない! 諦めろ!!」
「そんなことはありません。あたしとジンなら、勝てるんです!」
「そんなに、あの忌み子が大事か!? ステフ――狡猾な女伯よ、知っているぞ。おまえは、忌み子の料理しか口にしないそうだな。恋仲だと称しながら、毒味役として利用しているだけではないのか!?」
「な、なにを……あたしたちのことをなにも知らないで!」
「わかるとも。おまえが忌み子を利用していることなど、お見通しだ!! だが、もうその忌み子はいない。我が妃にしてやると言っているのだ。言うことを聞け!」
怒鳴り声をあげながら身体を揺さぶるレオナードに、ステフは固い顔で自分の腹部を手で擦った。
「それは、できません。ここには、あの人の子がいますから」
「な、なん、なん……だと? そんなことが――この糞売女が!!」
レオナードはステフに怒鳴ると、サーシャへと首を向けた。
サーシャの魔術は止まっていた。全身を包む甲冑を装備した冒険者に腕を掴まれ、魔術の行使を続けられなかったのだ。
「おまえ――なにをしたのかわかってるのか? ギルドの規則に、仲間を攻撃するなってあるだろ。除名されるぞ!?」
「離してよ――将軍の命令なのよ! それに、あいつが来たら――魔神が来たらどうするのよ!? あたしには帰りたい場所があるの。こんなところで死にたくない!!」
「向こうには仲間がいるんだ! やめろよ!!」
冒険者とサーシャが見上げた瓦礫の向こう側では、微かにジンと魔神の声が聞こえてきていた。
雷光のような光が明滅したとき、サーシャへとレオナードが怒鳴った。
「そいつの言葉に耳を貸すな! 今度は、天井を崩して魔神を生き埋めにしろ! 向こう側の奴らはもう助からん。いや、生きていようが気にするな。冒険者や傭兵など、所詮は使い捨てだ!」
「――は、はい!」
「やめてっ!!」
ステフの制止を無視したサーシャは、恐怖に飲まれた顔で冒険者の腕を払いのけると、レオナードの命令に従って杖を振りかざした。
頭上で旋回する炎の精霊を御する短詠唱が、回廊に響いた。
「炎の精霊よ! ダムレスト・コーサルス――破裂の力を見せよ! トイス・シグナルド・ダーレスト!」
先ほどの火球より、二回り以上も大きな光球がサーシャの杖の先端に生み出された。
紅蓮の光球が放たれ、瓦礫の向こう側の天井を破壊し始めた。
「そうだ! もっとやれ!!」
「お止めなさい、レオナード」
孫の狼藉を見かねたディオーラ女帝が、レオナードを制すようにとステフのあいだに杖を差し入れた。
だがレオナードは左腕で杖を振り払うと、腰の短刀を抜いてディオーラ女帝に切っ先を向けた。
「俺に指図をするなっ!!」
「な――なにをしている、兄上っ!!」
六つもある松明の炎が、ステフたちに近づいていた。
第三軍とフレッドケンディスを伴ったシルディマーナが、目の前の光景を見るや、怒声を上げながら抜剣した。
舌打ちをしたレオナードは妹姫の動きを抑えるべく、ディオーラ女帝を取り押さえようとした。だが腕を掴んでいたステフが再び藻掻いたため、その手は空を切っただけだ。
そこへ、いつの間にか背後に廻っていたフレッドケンディスの手刀が、レオナードの束縛からステフを解放した。
驚くレオナードが振り返るよりも先に、フレッドケンディスが腕を拘束し、そのまま床に押し倒した。
「まったく……世話を焼かせないで頂きたい」
「貴様――」
「やり合いますか、兄上? 剣術なら、今でもわたしのほうが上です」
フレッドケンディスが腕の力を強めると、レオナードは呻き声をあげた。
シルディマーナは長兄に近寄ると、抜き払っていた長剣の切っ先を向けた。
「兄上、言い訳は聞きません。これ以上、女帝陛下への反逆を続けるのであれば……ここで断罪します」
「シルディマーナ……わたしは魔神を滅ぼそうとしているのだぞ! それを、女帝が邪魔をしているのだ。そもそも、騎士スティーベンがわたしをそそのかして、ここへ来たから魔神が出て――すべて、騎士スティーベンが悪いのだ!!」
狂気を孕んだ――姫将軍にはそうとしか思えなかった――弁明を聞きながら、シルディマーナは周囲を見回した。
「騎士スティーベン? 彼はどこにいるというんです」
「あの男は、悪魔に魂を売っていたのだ! 帝国を滅ぼすために魔神を呼びし、そして死んだ!! あの瓦礫の向こう側でな!」
レオナードが瓦礫の向こう側を指で示した途端、見えないなにかに縛られたように身体が硬直した。言葉すら封じられたのか、まるで陸に上がった魚のように、口を開閉させていた。
サーシャもレオナードと同じ魔力によって拘束させられていた。声こそは封じられていないが、この状態では火球の魔術は行使できない。
「諸君、対処が遅れて申し訳ない」
意識を取り戻し、起き上がったティーサンが杖をサーシャに向けた。
「さて。まことに残念ながら、この件は魔術師ギルド本部へ報せておく。君もあとで連行させて貰うが……なにか弁明は?」
「……あたしは、命令でやっただけよ。なにが悪いっていうの!?」
「たとえ命令だとしても、それが過ちであるなら訂正し、行いを正させるのも魔術師の使命だ。さらに他者を見捨て、生き埋めを目的とした魔術の行使――まだあるが、これ以上の指摘は必要かな?」
「……いいえ」
「よろしい。さて、兵士は――もう済んだな」
観念したサーシャから顔を上げたティーサンの視線の先では、兵士が倒れていた。クレアの魔術によって、意識を失ったようである。今は、クレインが兵士の両手を拘束しているところだ。
レオナードから解放されたステフは、悲壮な顔で瓦礫に近づいた。
「ジン、無事なの!? 返事をして!!」
瓦礫の奥は静まり返り、ステフの呼びかけに返答はなかった。
よじ登ろうとしたのかステフは瓦礫に手を伸ばすが、掴んだ箇所が崩れ、身体を蹌踉めかせた。
シルディマーナは先日に迷宮に入ったときのことを思い出しながら、背後の第三軍を振り返った。
「第三軍、半数はここで兄と兵の拘束、半数はわたしに続け! 迂回路を探して冒険者とジン・ナイトの救出に向かう」
「……駄目ですよ、姫様。半数なんか集まりません」
第三軍で一番古株の兵士の反論に、床に倒れたままのレオナードが嘲笑じみた顔をした。
それを無視して、兵士は険しい表情の姫将軍へ告げた。
「みんな、姫様と共に行きます。ここに残る者なんか、誰一人いませんよ」
兵士の言葉に愕然としたレオナードを一瞥し、僅かに表情を緩めたシルディマーナに、フレッドケンディスが声をかけた。
「兄上と一軍の兵士は、我らだけで充分だ。おまえは早く行くといい」
「助かります。第三軍は、わたしに続け! ステフ・アーカム、共に来い――」
ズシン、という音が回廊内に響いたのは、そのときだった。
瓦礫の上に、魔神カタリズヌの姿があった。右の翼と右腕を斬り落とされ、右側から胴の半分を斬られた魔神カタリズヌは、驚愕の表情を浮かべながら後ずさる兵士たちを見下ろしながら、ゆっくりとした所作で瓦礫から飛び降りた。
〝これはこれは――随分と贄が増えたものよ〟
魔神カタリズヌは醜悪に嗤いながら、全員の顔を見回した。
〝そう怯えるな。礼を言いに来たのだ。油断から危うく滅ぼされかけたが、貴様たちが天井を崩してくれたおかげで助かった。あの火球は、おまえか? 赤い魔術師〟
「あ……いや、命令したのは、そこの将軍よ! あたしは、ただ命令された……だけで」
魔神に名指しされたサーシャは、目に涙を浮かべながらレオナードへ指先を向けた。
指を追った魔神の目に、レオナードは表情を引きつらせた。
〝ほお……貴様の指示か。愚かな将軍よ。これは、褒美をくれてやらねばな〟
「ほ、褒美……だと?」
〝そうだ。我は帝国内に住まう、すべての民を惨殺する。だが、貴様だけは生かしておいてやろう。民のいない大地で一人、皇帝を演じるがよい〟
恐怖も相まって、レオナードが涙を流しながら首を振るのを見て、魔神カタリズヌは嘲るように嗤った。
嘲笑が響く中、光の粒子を散らし始めたステフが、魔神カタリズヌに近づいていった。
「瓦礫の向こう側にいる者たち――ジンをどうしたのです?」
〝ん……ああ。あの魔剣術を使った忌み子かなら、我の一撃を受けてボロ布の如く朽ちておるわ。ほかは放置しておるがな。忌み子は身動ぎ一つせぬ故、あれは死んだ――ぞ!?〟
いきなり床から突き出した岩の槍に左胸を貫かれ、魔神カタリズヌの嘲笑が中断した。
誰も魔術の詠唱をしていない。
いつの間にか髪が銀色へと化していたステフが、杖を一振りしただけである。虹色の光を湛えた瞳で魔神を見上げながら、再び質問を投げかけた。
「魔剣術を使った剣士……ジンをどうしたのです?」
〝許さぬぞ貴様! 今すぐ叩き潰し――〟
それ以上、魔神は喋ることができなかった。ステフが杖を振るう度に、床から突き出る岩の槍に身体を貫かれたからだ。
左腕、胸、両脚――尾に至っては、付け根で斬り落とされていた。
〝カ――莫迦な……〟
「先ほどの問いに、答えなさい。ジンは、どうなったのです?」
〝し――知らぬ! 動かなくなったのは確かだが、死を確かめたわけではない〟
「そう――わかりました」
そう言ったっきり質問を終えて瓦礫に近寄ったステフに、魔神カタリズヌは訴えるような声をあげた。
〝待て! 拘束を解け!〟
「あなたは民を皆殺しにするのでしょう? なぜ助けねばならないのです」
〝そ……待て、止める! 忌み子――おまえの思い人か? 助けてやってもいい!〟
「嘘を言ってはいけません。おまえができるのは、死体を操ることだけ。そんなものに、意味はないのです――滅びなさい、魔神を騙る邪なるものよ」
ステフが杖を振った直後、床から飛び出した灼熱の岩の刃が、魔神カタリズヌの頭蓋を粉砕した。
杖を下ろし、改めて瓦礫に近寄るステフに、青ざめた表情のクレアが駆け寄った。
「ステフ――まだ、ステフ……よね?」
「わたくしは今、ステフであり、同時にシャプシャでもあります。一時的にですが、意識が溶け合っておりますので」
クレアに答えたステフが瓦礫にそっと触れると、回廊内が微細な振動をし始めた。床の一部がのたうつように蠢き、カタリズヌの身体を飲み込んでいく。それに少し遅れて、回廊を塞いでいた瓦礫が独りでに動き始めた。
動画を逆再生するように瓦礫が宙を浮いて天井に戻り始めると、程なく人が通れる程度の空間ができた。
動き続ける瓦礫の中を平然と通るステフから、徐々に燐光が消えていった。瓦礫を通り抜けたとき、ステフの髪や瞳は元に戻っていた。その目が、輪を描くように集まっているカーズたちのところで止まった。
沈痛な顔を上げたカーズは、近づいて来るステフへと両膝を床に付けたまま、土下座をするように深々と頭を下げた。
「ステフ殿――あまりのことに、詫びの言葉すら御座いません。ジン・ナイトはたった今、息を引き取りました」
カーズの言葉に、ステフは僅かに目を見広げた。
ステフに遅れて瓦礫を通り抜けたばかりのクレアは、その言葉を聞いて床にへたり込んだ。訃報に目を伏せた第三軍の前に出たシルディマーナは、歯を食いしばってから、静かな声で部下たちに告げた。
「総員、ステフを監視しろ。剣を握ろうとしたり、舌を噛みきる仕草――なんでもいい、自害する素振りを見せたら、即刻取り押さえろ。絶対に……死なせるな」
「……わかりました。ここで、あの娘を死なせたら……俺たちは地獄へも行けません」
姫将軍の言葉で、第三軍の兵士たちは遠巻きにステフの所作に注意を払い始めた。
そんな背後の様子を気にする気配もなく、ステフはカーズの隣で、両腕を少し広げた格好で横たわっているジンを見ていた。
全身の力が抜けたジンの肌は、血色が失せつつあった。胴鎧は腹部と胸部にかけてへこんでいるが、目立った外傷は見られない。しかし、ジンの身体は指先どころか、呼吸をしていれば上下に動いているはずの胸部すら、ぴくりとも動いていなかった。
ステフの接近に気づいたローラが、少しだけ顔を上げた。
「ついさっき……瓦礫が元に戻り始めたくらいに、ジンの呼吸が……止まっちまったんだ。手首の脈――も、ないんだよ」
鎮魂の表情を浮かべたローラが、臓腑から搾り出すように告げた。
「こいつ……あたしたちを瓦礫から護るために、結界の魔術を使ってくれたんだ。けど、そのせいで無防備になって……魔神の一撃を受けちまった。こいつは逃げろって言ったけど……一人で戦わせるわけには、いかないじゃないか」
「冷静じゃなかったんだよな……正気じゃなかったんだ。ああ、きっとそうさ。言い訳じゃねぇけど、そうじゃなきゃ説明できねぇ」
ローラの言葉を継いだガルボが、力なく首を振った。
ギルダメンはジンの顔をジッと見ながら、「また――まただ。護れなかった……」などと、ブツブツと呟いている。
彼らの言葉になんの反応も返さないまま、ステフは呟くように言った。
「ジンの鎧を、脱がせて下さい」
「え――?」
突然の願いに戸惑う冒険者たちのあいだを縫って、ティーサンがジンの右横に腰を下ろした。
「わたしがやろう。ただ、鎧の脱着方法がわからない。ステフ、指示を」
ジンの頭部の傍らに座るステフの指示で、ティーサンはてきぱきと作業を始めた。
指示を終えたステフは、少し冷たくなったジンの唇に顔を寄せた。
「ジン、あたしを一人にしないで。置いて、行かないで……」
囁くように告げながら、ステフはジンと唇を重ねた。
少しして顔を少しだけ離し、すぐにまた唇を重ねる――それを、何度も繰り返す。
近くで見ていた冒険者、そして兵士たちは、そんなステフの行為に哀れみと同情の念を抱いていた。愛する者を失って、この少女は正気を失っているのだ――と。
心に諦めが生まれたころを見計らって、ステフを休ませるべきだと、皆はそう考え始めていた。
もう何度目かになるのか――ステフがジンと唇を重ねたあと、吐息のようなか細い息が漏れた。
ステフの瞳から溢れた涙が、ジンの頬を濡らした。
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本作を読んで頂いて、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
次回分も同時にアップしていますので、雑記的なことは次回にて……。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回、エピローグもよろしくお願いします!
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