魔剣士と光の魔女(完結)

わたなべ ゆたか

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魔剣士と光の魔女 第四章 帝都に渦巻く謀みの惨禍

間話 その1

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 間話 その1


 王城に戻ったディオーラ女帝は、自室でくつろいでいた。
 調度類は豪華絢爛――ではなく、質は高いものばかりだが装飾は最低限で、地味な造りなものばかりだ。
 まだ夕方にもなっていないが、惜しげも無く燭台には火が灯された室内は、裁縫などの細かい作業をするにも不便がないほどに明るい。
 椅子に腰掛けて微睡んでいたところに、ドアがノックされた。


「女帝陛下、書簡が届いております」


「……わかりました。お入りなさい」


 ディオーラ女帝が応じると、部屋を護る衛兵が入室してきた。
 ドアを閉めてから一礼した衛兵は、一歩だけ前に出た。


「失礼いたします。こちらが書簡となります」


「受け取りましょう。こちらへ」


 指示を受けた衛兵は女帝に近寄ると片膝をついて、書簡を差し出した。ディオーラ女帝は書簡を受け取ると、差出人を確かめた。表情は変わらなかったが、目元がピクリと動いた。
 書簡を膝の上に置くと、ディオーラ女帝は衛兵に小さく手を挙げた。


「ご苦労でした。下がってよい」


「はっ――」


 衛兵が退室してから、ディオーラ女帝は戸惑い気味に書簡を開いた。


「ふ……ん? レオナードがステファニーに謝罪……?」


 文面は、レオナードが今までの無礼な行為について、ステファニー・アーカム・キャッスルツリー――ステフに、正式な謝罪をしたいという内容だった。そのための場を設けるので、女帝からステフへ通達をお願いしたいとの懇願で締めくくられていた。
 ただし――付け加えたように『ジン・ナイトの同席は断って頂きたい。彼が一緒では、まともな話ができません。わたしは、彼が恐ろしいのです』と記されていた。
 文面だけを見れば、かなりしおらしい態度だ。
 ディオーラ女帝は少し悩んだあと、深々と溜息を吐いた。


(さて……真意はどこにあるのかしら)


 レオナードの執着心は、異常なまでに高い。それが、こんなにあっさりと謝罪をするとは考えにくいが――。


(ステフなら、なんとかするでしょう)


 レオナードにステフを諦めさせるには、丁度良い機会かもしれない。
 そう考えたディオーラ女帝は、孫への甘さを自覚した上で、書簡をしたためた。最後に一つの助言を付け加えてから、女帝は封蝋を押した。

   *

 自室で軟禁状態であったレオナードは腹心からの報せで、女帝からステフへ書簡が送られたことを知った。


「ここまでは、予定通りだ」


 腹心を退室させたレオナードは、倒れるような勢いでベッドに腰掛けた。
 キャッスルツリーを出たときからの無精髭はそのままで、醜悪ともいえる笑みを浮かべたその姿は、帝国の皇太子には見えない。
 丸テーブルに置いてあったワインの瓶に手を伸ばしたレオナードが、ラッパ飲みをしていたとき、窓ガラスを叩く音がした。
 窓の外で自分を見つめる一羽の鴉に気づいたレオナードは、ワインを丸テーブルに置くと、銀製のゴブレットを窓に投げつけた。
 窓の枠に当たってベッドに跳ね返ったゴブレットが、そのまま床に転がるときになっても、なお鴉は窓の外に居続けた。


「――そう邪険にされるな、皇太子」


「……貴様などに用はない。去れ」


「くくく……そう邪険にせずともよろしいではありませぬか。我らは、あなた様の味方になろうというのですよ? あなた様がご執心であられる小娘――あれは、あなた様のものには決してなりませぬ」


「……そうかな? あれは、頭の良い娘だ。わたしのものになるしかないと、すぐに理解するだろう」


 よほどの自信があるのだろう。レオナードの口元には、薄く笑みが浮かんでいた。しかし鴉は、まるで人間がそうするように首を左右に振った。


「そう上手くいきますかな? なにごとにも保険は必要でしょう。あなた様に、二本の手をお貸しする用意がございます。必要となれば、いつでもお声を掛けて下さい」


「不要だ!」


 レオナードが怒鳴ったときには、すでに鴉の姿はなかった。
 息を整え、床に転がっているゴブレットを拾い上げたレオナードは、ドアを叩きながら表にいる衛兵に命じた。


「エトワールを呼べ! 話がしたい」

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本作を読んで頂き、ありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。


トトが幻獣王の指輪と契約しました でも書いていますが、健康診断の後遺症と闘ってます。

下剤辛いです。

次回は、次の土日のどこかで……を目指します。頑張ります。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


次回もよろしくお願いします!
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