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魔剣士と光の魔女 第五章 忌み子の少年と御使いの村
一章-2
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迷宮の最奥にある玄室、その一角にジン・ナイトの部屋がある。
時刻は深夜――いや、早朝の三時だ。昼夜問わず明るい玄室内ではあるが、この時間は皆、就寝中――のはずだった。
寝間着姿のステフ・アーカムが、ジンの部屋に入ったのは三時を過ぎた頃だ。
朝になってジンが起きたら、依頼のためにシンドウル領へと行ってしまう。その前に――なにをするか思いつかないまま、ステフは部屋を訪れたのだ。
シーツにくるまって寝るジンの寝顔を眺めるステフは、迷っていた。ジンを起こして話をしたいが、朝まで寝かせてあげたい気持ちもある。
ステフの細い手がジンの頬に伸びた――そのとき、ジンの口が動いた。
「ス――テフ、俺じゃ……ダメ、だ――から」
再び寝息をたてるジンから、ステフは指先を遠ざけた。
唇を固く結び、顔を伏せたステフは、両手を固く結んだ。
「まだ……ダメなの? ジンの責任なんか、なんにもないのに。自分を責めて……あたしのためになんて。あたしにとっては、そんなのエゴでしかないのに」
ステフの指が、ジンの黒髪に触れた。
髪を触られた感触で、俺は目を覚ました。
妙な――本当に奇妙な夢を見た直後だから、目覚めとしては最悪だ。だけど――すぐそばにステフの気配を感じた。もう何年も一緒に暮らしてるから、これだけは間違えようがない。
俺が上半身を起こすと、そこには予想通り、ステフの姿があった。
いつになく、暗い顔をしたステフに、俺は眠気が一気に吹き飛んだ。
「ステフ――なにかあったの?」
「ジン……あのね、教えて、欲しいの……その、どんな夢を見たの?」
「夢――?」
俺は怪訝に思いながらも、たった今、見たばかりの夢のことを思い出し――少し憂鬱になった。いやその……夢見が悪すぎて。
ただ、ステフがわざわざ訊いてくる以上は、なにかあったに違いない。そんな予感があるから、俺は素直に答えることにした。
「いやさ……なんか、小綺麗なドレスを着たステフが出てきてさ。式だから着替えないと――って言ってくるんだよ。んで、差し出された衣装が、ステフと同じドレス」
俺は溜息を吐くために一度、言葉を切った。
「がたいが違うし、俺じゃダメだからって言っても、ステフは着替えてってしつこく迫ってくるし――」
言葉の途中で、ステフの目がまん丸に見開かれた。
「ダメだから……」
そう呟いた途端、ステフは目に涙を浮かべながら、大笑いをした。
俺が呆気にとられていると、笑顔になったステフが、俺に顔を寄せてきた。
「ねぇ、ドレス着たいの?」
「そんなわけないでしょ」
俺は渋面で答えた。きっと、この前――フレッドケンディスや上流階級たちの趣味というか、そういうのを見た影響というか、軽いトラウマだ。きっと。
俺の返答に、ステフは俺の隣に座ってきた。
「じゃあ、ペアルックでもする?」
「ペアルックって、古くさくない?」
「なんで? この世界じゃ、きっと最先端だよ。あたしと同じ紺色の服で揃えて、色々と出回っちゃう? あ、婚姻の儀でお揃いのドレスを着ちゃうとか」
「いや、本気でイヤだからね、それ。でも、こんなこと訊いてくるなんて、なにか心配だった?」
「あ、ううん。あたしの勘違い」
ステフはそう言いながら、俺の右肩に頭を預けてきた。
「ジン。あたしを置いて、どこか行っちゃダメだからね」
「といっても、ギルドの仕事には行かなくちゃなんだけどね」
俺が苦笑いをしながら答えると、ステフは顔を上げて微笑んだ。
「それなら、二日遅れで追いかけるから。待っててね」
「二日……か。なら、日持ちの良い弁当を作っておくよ。」
欠伸を噛み殺しながら立ち上がった俺に、ステフが背後から抱きついてきた。生地の薄い寝間着を通して、ステフの温もりが――あ、いかん。地味に頬が熱くなってきた。
俺が赤面しながら振り返ると、ステフはいつものように、にひひ、と微笑んだ。
「美味しいヤツをお願いね」
「……はいはい。精一杯努力しましょ」
俺は燻製肉の在庫を思い出しながら、胴体に廻しているステフの腕に手を添えた。
*
ギルドの依頼のために、俺が玄室を出たのは午前七時を少し過ぎたころだ。
ランタンの灯りを頼りに、青白く浮かび上がる回廊を進んでいく。魔物は、昨日のうちに大半を斃しておいた。まだ、そんなには召喚されていないはずだ。
普段の装備に加えて、旅支度、そして輪っかを作った縄を携えているから、少しばかり動きにくくなっている。
アストローティアも俺に説教をしてからは、まだ一度も来ていない。
よほどのことがない限り、安全に地上まで出られるはずだ。
第六層の回廊を進み、もうすぐで第五層への階段が見えてくる――そのとき、例の光が頭上から降り注いだ。
……来たか。
俺は長剣を抜かないままランタンを床に置くと、左に盾を構えながら、右手で縄を掴んだ。
その直後、光の中からあの有翼人が飛び出してきた。白く閃く長剣の一撃を盾で受けた俺は、再び飛び上がろうとした有翼人の足首に縄の輪っかを引っかけた。
「な――っ!?」
「今回は、逃がさねぇからな。覚悟しろ」
俺が縄を引っ張ると、有翼人は姿勢を崩しながら降下してきた。
縄といっても、二マール(約一メートル八〇センチ)もない長さだ。少し引っ張れば、有翼人のつま先がすぐ目の前に降りてきた。
「おのれっ!!」
有翼人は長剣で縄を断ち切ろうとしたが、俺はその剣を盾で防いだ。
それから無茶苦茶に長剣を振るうが、俺は冷静にその剣撃を防ぎ続けた。こちらから、攻める必要はない。時間切れまで、粘ればいいだけだ。
そして、そのときが来た。
光の穴の奥から、鐘の音が聞こえてきた。
有翼人は表情に焦りを滲ませながら、執拗に縄を斬ろうとしている。
「放せっ! 放せっ! はーなーせーっ!!」
俺は有翼人の怒鳴り声を無視しつつ、淡々と攻撃を受け続けた。
そして――三〇秒を僅かに過ぎたころ、頭上の光の穴は静かに閉じていった。光が収まると、有翼人の剣撃が止んだ。
床に降りたと思ったら有翼人は、その場にへたり込んでしまった。
「終わった?」
迷宮の奥から、こっちの様子を伺っていたステフとクレアさんが、近づいて来た。尋問をするにしても、人手は多い方がいい――と、話し合いで決まったのだ。
縄を放した俺は、長剣を抜いた。
その直後、有翼人は幼子のように泣き出した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! なんてことしてくれたんだぁぁぁぁっ!!」
――え?
目を白黒としていると、クレアさんが冷たい目を向けてきた。
「あんた――すけべぇなことしたんじゃ」
「いや、なにもしてませんからね!? っていうか、なんで泣くんだよ、おまえ」
「帰れなくなったじゃないか、ばかぁぁぁぁ!!」
わんわんと泣き出した有翼人に、俺は困り果ててしまった。尋問したいが、この状態ではさすがに気が引ける。
俺とステフが肩を竦め合っている横で、クレアさんは有翼人を見て「天空神の宗教画に、出てきそうな外見よね」と呟くように言った。
「……御使いですか?」
「って言うんだっけ? そんな感じに見えるのよ」
ステフに答えてから、クレアさんは有翼人に声をかけた。
「あなた、どこの誰? 本当に天空神の御使いなの?」
「……そぅだよ。わたしは、天空神――父の御使いだ」
「なんで、ジンを狙うわけ?」
「我が父が、剣とともにジン・ナイトの元へ行けと言われたのだ。それは即ち、ジン・ナイトを討伐せよということだ。忌み子を滅ぼせと、仰有っておられるのだ!」
俺を睨んできた有翼人――御使いの表情が、突然に固まった。二歩前に出たステフが、固い声で告げた。微かに神気を溢れだしたステフに、有翼人は畏れとともに目を見開いた。
「あなたは――まさか、太陽神の娘? なぜ、忌み子と共に」
「そんなことは、どうでもいいのです。それより、ジンの討伐は許しません」
「で、ですが――」
「許さないと、言いました。おやめなさい」
ステフ――いや、シャプシャともとれる声に、有翼人は頭を垂れた。
シーリアスと名乗った御使いは、玄室内で保護することに決めた。だが――。
玄室に入れようとしたが、シーリアスは何かに弾かれたように、弾かれてしまった。
衝撃に尻餅をついたシーリアスは、呆気にとられた顔をした。
「ど、どういうことで……」
「もしかして、結界かな? 人外だから、通れないのか」
さて、どうしようか――俺は少し悩んでから、シーリアスを振り返った。
「おまえ、飯は人間と同じか?」
「ああ……地上では、それで構わない、けど」
「そっか。なら、こっちの仕事に連れて行くしかないか。剣はステフが預かるって条件付きだけど。その代わり、飯なんかは世話するよ。まさか、食事を世話する俺の寝首を掻くなんて、御使いはしないよな?」
俺の提案に、シーリアスはぎこちなく頷いた。
そんなわけで、俺はシーリアスを連れて、迷宮の外へと向かった。それはいいんだけど、この翼を隠す服とか準備しないとな……なんか、出発前から厄介ごとばかりで、俺はすでにイヤな予感を覚えていた。
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本作を読んで頂き、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
9月になったのに、暑い日が続きますね……今日なんかは、日差しが出た途端に汗だくになりました。
まだまだ、エアコンのお世話になる日々です……電気代が嵩みます。
秋本番が恋しいです。あとサンマ。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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