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魔剣士と光の魔女 第五章 忌み子の少年と御使いの村
三章-1
しおりを挟む三章 吹き出た憎悪
1
ステフとクレアが帰ったあと、村人らから導師と呼ばれる男が、ダンコの村の教会を訪れた。濃緑色のローブを着て、フードを目深に被っている。そのせいか、人相はほとんど見えなかった。
夕暮れに染まった村の風景に、男は目を細めた。人々が働く姿は、いつもと変わりがない。しかし、数人の男女が集まって、なにかの話をしている姿が、所々に見受けられた。
(余所者でも訊ねてきたのか?)
大きな街から離れた村では、余所者が来ること自体が珍しい。隊商や行商人が来ることはあるが、そのほとんどは顔見知りばかりだ。
ああやって、村人が集まってなにかを話しているときは、余所者に関することが多い。日常の話題に乏しいこともあるが、警戒を呼びかけている場合がほとんどだ。
ダンコの村に限らず、村々に住む人々の気質と言える。
(まあ、冒険者か旅の者が立ち寄ったというところか?)
男は気にするのを止めると、教会の中に入った。
午後の礼拝を終えて、それほど経っていないらしい。長椅子を濡れた布巾で拭いている司祭に、男は声をかけた。
「祭司殿」
「これは……導師様」
司祭の顔が、少し強ばった。男はそれに気づきながらも、黒い杖をつきながら、司祭に近寄った。
雨戸が開かれた窓から差し込む夕日に照らされた男に、司祭は目礼した。男も礼を返すと、努めて明るい声で話しかけた。
「司祭殿。村の様子はどうですかな? なにか変わったことでもありましたか」
「導師様……実は今日、魔術師ギルドの方がおみえになられまして」
「……ほう。ギルドの者が?」
「ええ……そこで気づいたのです。あなたは、どこの何者なのでしょうか? これまで、色々として下さったことは感謝しております。ですが、わたくしは導師様のことを、なにも知らないのです。
もしよろしければ、奥の部屋でお話を聞かせてはいただけませんか?」
司祭が礼拝堂の奥にある部屋へ、男を促した。
男は口元に笑みを浮かべながら、数度頷くことで司祭の申し出を受けた。しかし、その目は、なにかを探すように素早く周囲を見回していた。
「ところで、ミーアはどこへ?」
「彼女でしたら、村の酒場へ。食前酒のワインと、チーズの買い出しに出ております」
「ああ、なるほど」
これは好都合――。
男の呟きに、司祭は目を瞬かせた。
「なにか?」
「いや、なんでもありません」
男の返答に、司祭は少し怪訝そうな顔をした。しかし、すぐに気にしなくなると、男を促しながら奥の部屋へと入っていく。
司祭のあとに部屋にはいった男は、後ろ手にドアを閉めると、静かに鍵をかけた。
部屋にはテーブルと、椅子が三つしかない。雨戸が閉ざされただけの窓から、うっすらと外の光が漏れていた。
「すぐに蝋燭を付けますので――」
「いや、司祭殿。その必要はありませぬ」
男の返答に、司祭は眉を顰めた。
相手が見えないほどではないが、部屋の中は薄暗い。それに、じきに日没だ。日が落ちてしまったら、部屋は真っ暗になってしまう。
司祭は蝋燭を灯したかったが、男を気遣って手が止まってしまった。
「導師様……もうすぐ日が落ちますので。部屋は真っ暗になってしまいます」
「そんなこと、気にする必要はない」
少し口調が変わった――そう思った司祭の前で、男がフードを取った。男の素顔を見た途端、司祭の目が驚愕に見開いた。
男の頭部は、赤黒い肌をしていた。後頭部はごつごつとした岩のような質感で、小指の先のような角が六本も生えていた。
正面の顔には目、鼻、口――人間と変わらぬつくりと肌色だったが、それは皮だけを表面に貼り付けたようにしか見えなかった。
「導師様――あなたは」
後ずさった司祭の手から、火打ち石が滑り落ちた。
部屋の中から絶叫が響き渡ったが、それを耳にするものは、誰もいなかった。
ミーアが帰ってきたのは、日がすっかり沈んでしまったあとのことだ。
手提げの籠には、チーズとワインが一瓶。酒場の店主と村に来た余所者のことで話し込んでしまったので、帰宅が遅くなってしまった。
(司祭様に叱られてしまうかな?)
とはいえ、温厚な司祭が激怒することはない。精々、窘められる程度ではあるが、それ以上に自分のことを心配していることを、ミーアは理解していた。
遅くなったことに少しの罪悪感を抱きながら、ミーアは教会に入った。
暗くなった教会内は、シンと静まり返っていた。普段なら、司祭が掃除や食事の準備をする音が聞こえているのに、今日はなんの音も聞こえてこなかった。
「……司祭様?」
不安にかられたミーアの声が思いの外、教会内に響き渡った。反響する自分の声にビクッと身体を震わせたミーアは、奥の部屋から光が漏れていることに気づいた。
「あの、司祭様?」
もう一度呼びかけると、ドアが開いた。
「おお、ミーア。久しいな」
フードを目深に被った、導師と呼ばれる男がミーアに手を挙げた。
顔見知りが出てきたことで、ミーアは少しホッとしながら、男に駆け寄った。
「導師様、お久しぶりです。あの、司祭様を見ませんでしたか?」
「司祭殿なら、そこで眠っておられる。疲れていたのであろうな。話をしている途中で、うつらうつらと船を漕ぎだしおってな……」
答えながら、戯けるような仕草で頭を揺らす男に、ミーアはクスリと微笑んだ。
ミーアが部屋を覗き込むと、司祭は俯いた姿勢で椅子に座っていた。不定期ながらも、司祭の身体は緩やかに上下していた。
「しっかり寝てしまわれてますね……晩の御食事、どうしましょう」
「作っておけば良かろう。起きたら、食べるだろうさ」
「そうですね。導師様も食べていかれますか?」
「いや――わたしは遠慮しておく。すぐに発たねばならんのでな」
「そうですか……わかりました。それでは、わたしは食事の準備をしてまいります」
軽くお辞儀をしてから、ミーアは調理場へと向かった。
手を振ってミーアを送ってから、男は部屋の中に入った。頭を掴んで、無造作に引き上げた司祭の顔は、土気色になっていた。
目が上下に動く様を眺めた男は、焦れるような息を吐きながら、司祭の頭を元に戻した。
「もうすぐか……急げ。娘が戻ってくる前に、終わらせるのだ」
男の命令が聞こえたのか――司祭が着ている法衣の下で、何かが蠢いた。
*
夕飯を食べている最中、急にタイクが口を開いた。
「そういえば、村はどうだったんだよ」
「……あまり希望は持てないかも」
ステフは短く答えながら、小さく首を振った。
「街の人、まるでスリラーみたいで」
「スリラー?」
怪訝な顔をするタイクに、俺は少し苦笑した。ステフの洋楽ネタは、わかってないと理解するのは難しい。
俺は少し苦笑いをしながら、補足を入れることにした。
「マイケル・ジャクソンのやつ? そんなに化け物の巣窟だったんだ」
「そうね……タイクたちのこと、自分たちは間違ってないって。あそこまで非人道的なことを、厚顔無恥に言ってのけるなんて。まるで化け物みたい。そんなに信仰って大事なのかな?」
ステフの文句に、タイクやウーイは顔を見合わせて、力なく息を吐いた。どうやらこの兄妹にとっては『今さら』なことみたいだ。
その一方で、気むずかしい顔をしたのはクレアさんだ。
「あの……ステフがそういうこと言うのは、ちょっと複雑なんだけど」
女神シャプシャを宿したステフが、真っ向から信仰を否定するというのは、魔術師ギルドの後見人であるクレアさんにとっては、あまり……というか、かなり拙いんじゃなかろうか?
ステフは口の中にあったスープの具材をゆっくりと咀嚼し、飲み込んでから答えた。
「ギルドの本部で、そんなこといわれたりしますけど……けど、あたしとシャプシャは別人格ですから。前の世界では、そこそこ気にしてましたけど……こっちでは全然ですし」
「ステフ……それでいいの?」
「いいですよ? なんか勘違いしてる人、多いんですよね。だって、あたしが一番大事にしてるのは、全部の思い出をジンと作ることですから。一緒にご飯を食べて、一緒に起きて……ゆくゆくは一緒に子育てして、誕生日なんかを祝って、一緒に年老いて……それ以外は、二の次ですから」
「ちょっと……街のことは?」
「だから、二の次ですよ? ジンが、理想を言ってくれたから……あたしはそれを目指そうと思っただけです」
ステフの返答を聞いているうちに、俺の顔はもう真っ赤になっていた。
なんかもう嬉しいやら、恥ずかしいやら……などと思っていたら、クレアさんに思いっきり睨まれた。
「あなたね……呑気にしてないで、この責任はどう取る気なの?」
「……え? これって責任とかそういう問題なんですか?」
「普通なら問題じゃないって言えるんだけど……あなたたちの場合、上層部が気にしてるからね。お気楽に構えていられないわよ?」
「マジですか……」
「そんなの気にしなくっていいの。勝手に心配して不安がって……ってやってるだけなんだから」
そんなことを言いながら、ステフが俺の左腕に凭れかかってきた。
柔らかな重みと体温と――想いみたいなものが伝わって来て、俺は再び頬が熱くなるのを感じていた。
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本作を読んで頂き、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回、時期的にハロウィンということで……洋楽ネタはスリラーにしたわけですが。
ちょっと迷っていたんですよ……。というのもスリラーって最初は化け物に恐怖的な歌なんですが、最後はただのラブソングなんで。
どうしかなーと考えた結果、話のほうを合わせてみました。最後はただのいちゃいちゃです。
ハロウィンは、なにかされますか?
中の人は、いたって普通通りです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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