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魔剣士と光の魔女 第五章 忌み子の少年と御使いの村
四章-1
しおりを挟む四章 絶望の女神
1
ダンコの村の外れにある教会の礼拝堂にはミーアと、導師と呼ばれていた異形の魔術師しかいなかった。
普段なら、朝の礼拝が行われている時間である。しかし、礼拝堂には村人は一人も居ない上、燭台すら灯されていなかった。信者が座るベンチは礼拝堂の壁際や、信者たちが出入りする両開きのドアの前へと追いやられていた。
礼拝堂の中央には形容し難い、見るからに禍々しい魔方陣が描かれ、その四方には魔術師が捕らえたグレムリンだった肉塊が置かれていた。
そんな闇そのものを具現化したかのような魔方陣の中心に、ミーアが立っていた。意識はあるのか恐怖で顔を引きつらせながら、ここから逃げようと藻掻いていた。しかし、魔術によって拘束された身体では、自由が利かず、白い修道服が衣擦れの音をたてるのみだ。
漆黒の杖を持つ魔術師は、今は黒のローブに着替え、フードを目深に被っていた。
笑みを浮かべながらミーアに近づいた魔術師は、魔方陣の外縁で脚を止めると、優雅な所作で頭を垂れた。
「ミーア、よく眠れたかな?」
「立ったままで満足に寝られたとでも……あたしを、どうするつもりなんですか!?」
「どうもせぬ。これ以上……なにかをするつもりはない」
魔術師はミーアに答えながら、床の上に水晶を置いた。
怪訝な顔をするミーアの前で杖を振ると、水晶から光が溢れた。光は次第に方向性を持ち始め、空中に像を映し出した。
粗末な小屋の中にいる黒髪の少年の姿が映し出されると、ミーアの目が見開いた。
「タイク……」
どこか中性的な、男とも女ともとれない人物――シーリアスだ――と、タイクは話をしていた。
その光景に目を見広げたミーアは、魔術師を初めて睨みつけた。
「タイクに、なにをするつもり!?」
「なにも。いや……当初はこちらから手を下すつもりだったがな。しかし面白いことに、そんな必要はなさそうでな」
魔術師が醜悪な笑みを浮かべた後ろでは、空中に映し出される幻影の中で、タイクはシーリアスとの話を続けていた。
『だから、なんなんだよ。今さら親のことなんて。二人とも、流行病で死んだけど? 薬も手に入らなかったって言われてさ――為す術なかったんだ』
『君は――そう聞かされていたのか? 誰から?』
『そりゃ、司祭様とか村長とか……ほかの住人にも言われたよ。薬が手に入らないから、治るかどうかは運だったみたいだぜ?』
『そう、か……切っ掛けはどうあれ、わたしは君ら兄妹の世話になった。だから、真実を黙っていることは、不義理だと思っている。君には真実を知った上で、その苦難と葛藤に打ち勝って欲しいと願っている』
『なに言ってんだ、おまえ?』
怪訝な顔をするタイクに、シーリアスは真摯さをそのままに語った。
『君のご両親は、見殺しにされたんだ。薬が不足していたというのも嘘――忌み子である君や、家族を村から排除するために、手に入った薬を隠していたらしい』
話を聞いて絶句していたタイクの顔が、見る間に怒りに歪んでいく。シーリアスは冷静に『落ち着きたまえ』と諭してから、話を再開した。
村が手狭になり、開墾もすぐにはできない状況だったこと。タイクらが住んでいた家や畑は、当時婚姻をする若夫婦に提供されたこと――村人から聞いた内容を、シーリアスは淡々と話した。
真相は以上だ――とシーリアスが告げると同時に、タイクは勢いよく立ち上がった。
『村に行くんじゃない。タイク、怒りを抑えるんだ。村人に怒りをぶつけても、なんの解決にもならない』
『ああ!? じゃあ、ただ黙って奴らを許せっていうのかよ!』
『許すのではない。両親の魂が天空神の元で、村への恨みを抱くことなく、安らかに眠ることを祈って欲しいだけだ。彼らの行いは、許されるべきことではないと、わたしも思っている。必ずや天罰は下される。それに、彼らの魂は死後、おのれのしてきたことに悔恨し、永劫に苦しむだろう』
『ふざけるな! 俺たちが村を追い出されてから、どれだけ経ってると思ってるんだ。そのあいだ、村の奴らはのうのうと暮らしてきたんだ。怒りを抑えろ? 親を殺した奴らに怒りを――恨みを抱くのはいけないって? そんなら、悪党のほうがまだマシだぜ、黒野郎!』
シーリアスに怒声を浴びせながら、タイクは小屋を飛び出した。
それを追うのは、ジンとステフだ。先回りしたステフによって、動きを止められたタイクに、ジンが説得を続ける。
その途中で、タイクの身体に異変が表れた――。
幻影の中でフェンリルと化したタイクを目の当たりにし、ミーアは完全に血の気が引いてしまった。
魔術師はそんなミーアの姿に、嘲笑した。
「これが忌み子だ! タイクの魂は魔獣に食い尽くされ、じきに消滅するだろう」
「そ――そんな」
足元から崩れ落ちそうな感覚に、ミーアは襲われた。
両親を見殺しにされた上に家や畑を奪われ、さらに村を追い出された挙げ句に、魔獣に魂を喰われるなんて!
不幸というには余りにも酷い結末に、ミーアの心に黒い影が生まれつつあった。
ミーアもそうだが、タイクも望んでこの世界に生まれたわけではない。世界の都合、ただの偶然、そういったものによって転生しただけだ。
それなのに、これほどまでの不幸に襲われるいわれはない――ミーアは涙で頬を濡らしながら、強く恨んだ。
ダンコの村に住むすべての人々を。そして、この世界を。
ミーアが見ている幻影の中で、元はタイクであったフェンリルの後ろ足が、ジンの長剣によって深く斬られた。
(やめて――っ!!)
心の中で絶叫したミーアは、気づいていなかった。
先ほどまで聞こえてきた幻影の声や音が、すべて消えていることに。ジンがフェンリルを説得し続けていることなど、映像だけではわからない。
召喚したドヴェルガーが長剣に宿ると、禍々しい外見の槍へと姿を変えた。
フェンリルの背中へと駆け上がったジンが、フェンリルの頭部へ槍の切っ先を向けた――。
そこで幻影が途切れると、魔術師はねっとりとした声でミーアに告げた。
「幻影が途切れた――これはなぁ、タイクが消滅した証だ」
魔術師の言葉が、切っ掛けとなった。
この世界のすべてに絶望したミーアが、声にならない絶叫をあげた。どうして、タイクがこの世界から消滅しなくてはならないのか。両親を殺されたことに対して、怒りを露わにすることの、どこが悪いというのか。
少なくとも、死ぬほどの罪ではない――それなのに、タイクは魔獣に喰われ、さらにその魔獣も斃された。
あまりにも不条理で、不条理。
悲鳴をあげながら、ミーアは心から願った。
――こんな世界なんか、消えて無くなってしまえばいいのにっ!!
その途端、ミーアの目がぐるん、と上向きに回った。
身体からは光が溢れだし、髪の毛が赤黒く変色していく。口は苦悶に歪みながら大きく開かれ、手足は痙攣し始めていた。
魔術師はそんなミーアの姿に、歓喜した。
魔方陣から、ほぼ垂直に光が立ちのぼった。光に照らされた教会の天井は、屋根もろともに灰燼となって消滅した。
魔術師は魔方陣から離れると、両手を挙げて喜悦の表情を浮かべた。魔方陣から吹き荒れる魔力風でフードが取れ、異形の頭部が露わになったが、魔術師はそれを無視した。
「はっはっは――ついに、ついに我らが母が、降臨なされる!」
徐々に、光柱の直径が大きくなっていく。それにつれ、天井の損壊も広がって行った。
光が教会全体を包み、同時に消し去った直後、光の中に一〇マール(約九メートル)を超える影――赤黒い女性の姿だ――が見え始めていた。
その影を見上げながら、魔術師はまるで焦がれるように言った。
「我らが母――アラートゥ……破壊の母よ」
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本作を読んで頂いて、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今日、昼ご飯を作るのが面倒で、初めて冷凍のチャーハンを買ったんですけど……内袋がないことにビックリです。
普段は、弁当用のおかずしか買わないので……。
そのノリで勢いよく開封して、中身を零しそうになりました(汗
ちなみに、チャーハン自体は美味しかったです。
……次は気をつけよう。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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