魔剣士と光の魔女(完結)

わたなべ ゆたか

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魔剣士と光の魔女 第五章 忌み子の少年と御使いの村

四章-3

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   3

 原っぱだった教会周辺は、すでに一辺の草も生えていない。俺のズボンの右太股を補強していた、厚手のなめし革もなくなった。
 破壊神アラートゥとの攻防は、一区切りしていた。

 先手は、破壊神アラートゥだった。
 全身から溢れた紫色の炎が、周囲の草花を一瞬で塵にしてしまった。炎の範囲が半径二〇マールほど(約一八メートル)だったのは、不幸中の幸いでしかなかった。
 東側にある岩だけが、辛うじて原形を留めていた。


〝まだ、力が戻っておらぬか――〟


 その呟きで、俺たちは理解した。
 目覚めたとはいえ、破壊神は降臨したばかりだ。世界に馴染むまで、力のすべてが振るえる状態ではない――ということだと思う。
 斃すなら――いや、斃せないまでも送り返すのなら、今しかない。今が最大にして、きっと最後の機会だ。
 俺は即座に魔剣術の短詠唱を唱えながら、長剣を振り上げた。


「魔剣・雷っ!!」


 雷の刃が破壊神の身体に向かった。その直後に、ステフが得意とする岩の刃も破壊神に襲いかかる。
 しかし、魔剣術や岩の刃が胴体に直撃したにも関わらず、破壊神アラートゥは無傷だった。俺は魔力も視ていたが、破壊神の身体に障壁の魔術はない。確かに身体に直撃した筈なのに、魔剣・雷はかすり傷一つ与えられなかった。
 愕然とした俺の前で、破壊神アラートゥは右手を前に突き出した。


〝あぶねぇっ!!〟


 獣人化したままのタイクが、俺の首根っこを掴みつつ大きく飛んだ。
 その直後、先ほどまで俺のいた場所へと、紫色の炎が真っ直ぐに伸びてきた。数マールほどの範囲の植物が塵となり、地面が大きく窪んだ。俺は無事だが、炎が掠めた右太股のなめし革が塵と化していた。
 タイクが荒れ地となった地面に着地した直後、再び破壊神の身体から炎が吹き出した。
 紫の炎が周囲で吹き荒れたが――なぜか、俺たちの周囲は無事だった。

 ここで互いの行動は一旦、途切れた。
 タイクは俺を降ろしたあと、俺たちを不思議そうに見ている破壊神アラートゥへと、首を向けた。


〝てめぇっ!! ミーアはどうしたっ!! 何処に居る!?〟


〝ミーア……ああ、依り代だった娘か。それならば、ここだ。ただし、もうすぐ消滅するだろうがな――〟


 破壊神は胴体に両手を突き立てると、自らの胴体を左右に大きく引き裂いた。
 あばらの骨が見えるその下の臓腑に、ミーアの上半身が埋もれていた。意識はないのか目は閉じられ、首もやや俯き加減だ。
 再び胴体を閉じた破壊神アラートゥは、俺たちを見下ろしながら、動きを止めた。なにかを考えているように見えるのは、俺の気のせいだろうか?
 クレアさんの使い魔が、ステフの近くを取り過ぎたのは、そんなときだ。


〝ステフ、近くまで来たんだけど……なんなの、この状況は!?〟


「クレアさん、村人の避難をお願いします! そこまで、手が回りません」


〝わかったわ……シーリアスが、そっちへ行ったわ〟


 そこで会話が終わったようだ。そのあいだ、破壊神は動いていなかった。
 魔剣術やステフの魔術でも傷を負わせられなかった相手だが、俺はまだ諦めていなかった。好機はまだ、こちらにある。
 それはミーアがまだ無事であること。それに破壊神の紫の炎が、俺たちを包み込まなかったことが、証明していた。


〝ミーア……駄目なのかよ。助けられないのか!?〟


 悔しげに、タイクは叫んでいた。好意を持った、そして好意を持たれた相手を救う手立ても見いだせない悔しさが、声から滲み出ていた。
 獣人化したままのタイクの背中に、俺は手を触れた。


「諦めるな。タイク……きっと、おまえが鍵だ。おまえしか、ミーアを助けられない」


〝な、なにを言ってるんだよ〟」


「聞けよ。おまえの声がミーアに届けば、破壊神の力が弱まるかもしれない」


〝テキトー言ってるんじゃないだろうな? 根拠は?〟


「俺だ。俺は一度、魔王ヴィーネに身体を奪われ、魂を喰われかけたことがある。それを助けてくれたのは、ステフだ。まあ、俺は弱かったから……ステフの中にいる女神の手助けも必要だったけど。
 だけど、きっと、おまえたちなら、大丈夫。ミーアは強い……だろ?」

 俺の言葉に、タイクは頷かなかった。だけど、破壊神を真っ直ぐに見上げたタイクは、大きく吼えた。


〝ミーア!!〟


 このタイクの声に、破壊神の手がピクリと動いた。表情の読めない目がバラバラに動いたかと思えば、タイクのところで動きを止めた。
 そして何度もミーアの名を呼ぶタイクのほうへと、破壊神アラートゥの右手が向けられた。


〝貴様か……頭に響く叫び声の原因は。鬱陶しい魔獣憑きよ――滅べ〟


 破壊神アラートゥの右手から、紫色の炎が吹き出された。タイクは逃げようとしたが、炎のほうが早い――しかし炎はタイクに届くことなく、かき消えた。
 少しは驚いたのか、破壊神の口が不規則に動いた。


〝おのれ……依り代如きが、我の邪魔立てをするか〟


 破壊神アラートゥの左手が、自らの腹部へと向けられた。鋭い爪のある指の先は、ミーアがいる場所だ。
 俺は舌打ちをすると、短詠唱でノームを召喚した。
 今、すべての精霊を上位の精霊に召喚し直す余裕はない。なら、出来る範囲で最大の攻撃をするしかない。


「四大精霊よ、我が剣に宿れ! ムヒカン・バース――エ・サ、ウ、シ、ノ!」


 四大精霊が長剣の周囲で絡み合い、エーテルの刃へと姿を変えた。
 身体から魔力がごっそりと抜け落ちるのを感じながら、俺は破壊神の左手を目掛けて長剣を振った。


「魔剣――空っ!!」


 長剣から放たれたエーテルの刃が、破壊神の左手を空間ごと切り裂いた。

 
〝ぬ――?〟


 破壊神アラートゥは、自らの左手に起きた異変に気づいた。左手首のあたりが、空間ごと切断されていた。空間の裂け目周辺の腕や手が歪み始めると、少しずつ異空間へと吸い込まれ始めた。


〝小賢しい術を――〟


 破壊神は自らの左腕へ向け、右手から紫の炎を放った。左の前腕を半分ほど失い、魔剣・空で斬られた左手首が地面に落ちた。
 地面の上で左手が異空間に吸い込まれる様を眺めていた破壊神が、顔を上空へと向けた。
 その直後、上空を飛ぶ影から前世の世界にあったレーザーを思わせる白光が十数本ほど、破壊神へと降り注いだ。


〝くっ――これは、天空神の御使いか〟


 翼を羽ばたかせたシーリアスが、俺たちの近くに舞い降りた。


「これは、どういうことだ?」


「知るか……アラートゥって、魔神が言ってたけどな」


「アラートゥだと!? 破壊神ではないか。なぜ、そんなものが――いや、それどころではないな。左手がないようだが、どういう状況だ?」


「ミーアが、破壊神に取り込まれている。だけどミーアの精神が邪魔をして、破壊神は思うように力が振るえてない。その好機にミーアを助けるために、タイクが呼びかけている最中だ。左手は魔剣・空で斬ったあと、ヤツが自分で切断した」


 俺の返答に、シーリアスは少し驚いた顔をした。ギリギリ聞き取れる声で「魔剣・空が使えるだと――?」と呟いたことから、俺が魔剣・空を使えるのが予想外だったみたいだ。


「とにかく、友好的な手段があるのは幸いだ。魔剣・空でヤツの身体を切り崩すのだ。それしか、手はない」


「ミーアを助けたら、そうするさ。言っておくけど、見捨てる気はないからな」


「……それは、貴様を見ればわかる。意見を変えるつもりのないのだろうし、口論などしている場合でもない。となれば、さっさとミーアという娘を助けるだけだ。それで聞きたいが、手段はあるのか?」


「ない。さっき、あんたが言ったとおりだよ。ミーアが囚われた付近を切り崩すしかない。ステフ、援護を頼む!」


「――わかった」


 冷静な表情で頷いたステフは、杖で魔方陣を描きながら短詠唱を唱えた。
 破壊神アラートゥの真下にある地面が、突如ぬかるみ始めた。重量もあるのか、破壊神アラートゥはあっという間に下半身の半分ほどまで埋もれてしまった。


〝こんなもの――〟


 破壊神は全身から炎を吹き出すが、沼と化した地面が周囲に飛び散っただけだ。範囲外にいる俺たちは、手傷は負わせられない。
 俺は再び短詠唱で魔剣・空によるエーテルの刃を造り出した。


「タイク、俺の攻撃に合わせろ!」


〝わかったけど、タイミングは教えてくれよ〟


 タイクに頷くと、後ろからステフの声がした。


「あたしは二人の援護をするわね。シーリアスはさっきの光で援護しながら、タイクが突撃するのを助けて」


「……承知しました」


 そんなやり取りを聞きながら、俺は右手を地面につけて、ぬかるみから抜けだそうとする破壊神へと長剣を向けた。


「魔剣――空」


 長剣から放たれたエーテルの刃が、破壊神の左の脇腹を空間ごと斬った。破壊神はぬかるみから抜け出すのを中断し、右手から放った炎で脇腹を深く抉った。
 左側の脇腹から、赤茶色と緑の混じった鮮血を飛び散らせた破壊神は、右腕を地面に付け、苦悶の呻き声をあげながら、動きを止めた。


「タイクっ!!」


〝応っ! そーゆーことかよ!!〟


 獣人化したままのタイクが、破壊神へと駆け出した。タイクへと右手を突き出そうとした破壊神だったが、シーリアスの白光から頭部を護ることを優先させた。
 左右の腕で白光を防いだその隙に、タイクが臓腑を覗かせている左側の脇腹へと飛び込んだ。


〝く――まさか!?〟


 苦悶の声をあげる破壊神。
 俺は破壊神が動きを止めたその隙に、精霊たちを上位精霊へと召喚しなおした。最後のドヴェルガーを召喚し終えたとき、破壊神の脇腹から鮮血に染まったタイクとミーアが飛び出してきた。


「タ、タイク……なの?」


〝ああ、そうだ〟


 着地したタイクはミーアを背負うと、破壊神から離れるべく、大きな岩のある東側へと駆け出した。
 しかし激怒している破壊神アラートゥは、タイクへと右手を突き出した。


〝逃すものかっ!!〟


 ヤバイっ!! 

 急いで魔剣術の短詠唱を唱えようとした俺の前で、破壊神アラートゥが右手から紫色の炎を放った。
 直径数マールもある炎の帯が、タイクたちを包み込んだ。少し炎が飛び散った以外、二人が居たという痕跡は残らなかった。

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本作を読んで頂き、ありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

この土日は、転生して古物商の~の、プロットに注力してました。なんとか完成までこぎ着けました。
夏→冬タイヤ交換もあったりします。面倒くさいですが、やらないと……。
というわけで、多分次回は週末土日のどちらかで。

大掃除も始めないとですね。年末はバタバタとしそうです。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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