魔剣士と光の魔女(完結)

わたなべ ゆたか

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魔剣士と光の魔女 第五章 忌み子の少年と御使いの村

おまけ その2 黄金の破壊たる女神 /外交について

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 おまけ その2 黄金の破壊たる女神 /外交について


 トスティーナ山にある魔女の迷宮、その第六層の最奥には唯一の玄室がある。
 そこは、忌み子である魔剣士と――若干名からのみ――呼ばれているジン・ナイトと、女神を宿した光の魔女であるステフ・アーカムの住まいとなっていた。
 玄室の内部は、一日中魔術の灯りで照らされているという欠点はあるものの、生活するのに不便のない構造となっていた。
 居候――ジンやステフの後見人として玄室で暮らしている森の民――エルフのクレアは、数冊の魔道書を居間として使っている部屋のテーブルに置いた。
 破壊神アラートゥが復活、そして全世界の壊滅を宣告した期日まで、残り二十二日。
 現在は魔術師ギルドにて破壊神の出現時期と場所の予測、そして捜索が行われている。そして帝国内のすべての領地にて、破壊神復活や魔神を召喚した魔術師らの捜索や、組織としての所在を捜索中だ。
 近隣諸国にも協力を呼びかけているが、そちらは難航しているようだ。
 危機的状況とはいえ、それほど簡単にことが運ばないのが外交である。それでも女帝や将軍たちは、諦めずに交渉を続けているという話だった。

 魔術師ギルドの長であるオーレン・カルシ・サムカの命で、ジンとステフは魔術の修行――それも実践的な修練が課せられていた。
 クレアがテーブルに置いたのは、そのための魔術書である。
 耳が隠れるほどに豊かで、緩くウェーブのかかった赤髪を手で払ったクレアは、透き通るほどに澄んだエメラルドグリーンの瞳を左右に動かした。


「まったく……もう時間だっていうのに」


 玄室内に唯一ある柱時計が、午前九時を示していた。
 朝食を食べて、一息ついたら修行と伝えてあったのに、ジンどころかステフの姿すらない。試しに台所を見てみたが、そこには誰もいなかった。
 依頼から帰ってきた翌日とはいえ、弛みすぎだ。破壊神に対抗するための魔術の向上となれば、時間など無限にあっても足りない。
 クレアがどっちの部屋から見て廻ろうか――と思った矢先、ジンの部屋のドアが開いた。

 出てきたのは、ステフだ。
 ダークブロンドの髪を揺らしながら、上機嫌で鼻歌交じりにドアを閉めたステフの顔は、少し上気しているのか、肌が艶々としていた。
 ステフはクレアがいることに気づくと、少しうっとりとした瞳を残したまま、「すいません、遅れました」と、いつになく緩んだ笑みを見せた。


「……」


 クレアは、ふとした予感からステフに待つように告げると、ジンの部屋のドアに手を伸ばした。ドアを開ける瞬間、見たくない光景――いちゃついたあとの姿――が頭に浮かんだが、クレアは意を決したように部屋に入った。
 ジンの部屋は、ベッドのほかには棚があるだけだ。衣服も最低限しかないし、鎧や長剣は部屋の隅に置いてある。
 そして、ジン本人はといえば――ベッドの上で正座していた。両手はだらんと垂れ下がり、俯いた顔は忌み子の証である黒髪で見えない。そんな状態ではあるが、着衣したままだという一点だけは、安心材料になるかもしれない。
 クレアは眉を顰めながら、ジンに近づいた。


「ジン――なにがあったのか、訊いても良いかしら?」


「え――ああ……その、この前の、約束を……」


「約束」


 断片的な情報を頼りに、クレアは記憶を遡った。
 そして、ある言葉に思い立った。


「ああ、ゴールデンなんとかってやつ?」


 クレアの言葉に、ジンは小さく頷いた。
 クレアもその『ゴールデンなんとか』の詳細は知らないが、なんとなく、碌でもないことのような気がした。
 ジンの顔を覗き込んでみれば、瞬きすらしていない目には、光彩がなかった。口は半開きで、呼吸は非常に浅かった。
 クレアは若干引き気味になりながら、言葉を探した。


「えっと……なにをやられたかは、置いておくけど。大丈夫……ではあるの? なんか男の尊厳とか、自尊心なんかが木っ端微塵って顔をしてるけど」


「まあ……そんな感じです」


 ジンの暗い声に、クレアは溜息をついた。とはいえ苛立ちというよりは、呆れのほうが強い。ジンの右隣に腰を降ろしながら、クレアは改めて顔を覗き込んだ。


「ステフに、あまり変なことしないよう言っておきましょうか?」


「あ……いえ。ステフとこういうやり取りが出来ること自体は、嬉しいんで。ただ今回のは、地獄と天国って感じでしたけど」


「ああ、そう」


 クレアは呆れ気味に応じると、今度は本気で呆れた顔をした。
 ジンとステフが互いを恋仲だと認め合うまでに、紆余曲折があった。それを知っているクレアだったが、それでも二人の異存具合は、ちょっと変だと思っている。
 少し返答はマシになってきたが、ジンはまだ『ゴールデンなんとか』から立ち直れていない。クレアは苦笑すると、ジンの右頬に軽く口づけをした。


「な――?」


 驚いて顔を上げたジンに、クレアは微笑んだ。


「そんなに驚くことじゃないでしょ? 妾になるって言ってるんだし」


「いや、あの……本気、なんですか?」


「もちろん? 女帝陛下から妾の話を断るためには、これが最良なわけだし。だからジンは、ちゃんとステフと結婚しなさいよね。じゃないと、妾になれないでしょ?」


 言い終わってから、クレアは(しまった)と自分の発言を後悔した。
 先の言い方では、クレアがジンの妾になりたいと公言していた。話の流れから、つい口に出てしまった。
 クレアのうっかりではあるが、ジンは言葉の意味に気づかなかったようだ。


(まったく……ステフのこと以外は、鈍感なんだから)


 ホッとしたような、少し残念なような――僅かな嫉妬心を胸の中に抱きながら、クレアが苦笑していると、ジンが力なく項垂れた。


「まあ……浮気にならない程度に、よろしくお願いします」


「もちろん。あんたから手を出したら、拳骨が飛ぶからね」


 クレアは微笑みながら立ち上がると、ジンの黒髪を撫でた。


「もう少し落ち着いたら、居間へいらっしゃい。それまでは、ステフと修行しながら待ってるから」


「はい……」


 項垂れつつも返事をしたジンを残して、クレアは部屋を出た。
 ステフはすでに、居間のテーブルで魔術書を読み始めていた。周囲の雑音や気配を意識的に遮断しているように見えるが、クレアはあえて気にすることなく話しかけた。


「ステフ、ジンになにをしたの? なんかまだ、途方に暮れてるみたいだし。決戦の前なんだし、手荒なことは控えて頂戴ね」


「大丈夫です。だって、ジンですし」


 絶対的な自信と信頼に裏付けられたステフの返答に、クレアはただ苦笑するしかなかった。



●外交について

 この、おまけ その2 内で、近隣諸国との外交が上手くいっていないのには、理由があります。

 本作に出てくる帝国内部や近隣諸国は、中世ヨーロッパを参考にしています。
 現在でもそうですが、当時のヨーロッパ界隈の政治・外交は、まさしく複雑怪奇な状況でした。
 同盟と裏切りの繰り返し、戦も長引き、滅亡と合併、そして新たな国を興し――の繰り返しですしね。


 外交というと協定や協力関係を築くため――と考えている人もいる(これは本当にいますね)ようですが。
 外交の基本は『相手の国を利用すること』だと思ってます。
 もう一ついえば、『相手の国力を削ぎ、自分の国を護ること』です。

 近隣の国が強くなれば、自分の国が危険に晒される――というのが、根底にあるような気がします。特に中世では。

 良い例としては近代ではありますが、インドとパキスタン。

 第二次世界大戦後、イギリスが植民地支配を諦めて、この二国は独立したわけですが――イギリスは置き土産として、二枚舌外交を仕掛けてますね。

 つまりインドとパキスタンを仲違いさせて、紛争状態にしたわけです。
 これの目的がまさに、『二つの国を利用して、互いの国力を削り合わせる。そして、自分は武器を売って金儲け』じゃないでしょうか。

 卑怯と思うかもしれませんが、これが現在でも行われる外交だったりします。
 平和も安全も、まずは自分の国を護ってから。これが基本なわけですね。


 話を戻しますが、このおまけ内にある、帝国が外交で近隣諸国に協力を要請しても、相手の国は


『そんなこと言って、こっちの兵力を削るつもりじゃあ……』


 と、警戒しているわけです。
 帝国の領土が広く、軍事力も他国より大きいのですから、あたりまえの反応なんですね。

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本作を読んで頂き、ありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

 師走になり、あちらこちらで工事をやり始めてますね……いやあ、渋滞が酷くて泣きそうです。

 仕事中に移動をすることが多いのですが、一緒の現場をやっている人たち、早朝組なために寝不足のテンションになることが多いです。
 先日も


後輩「あの人、絶対に卵の殻とプラスチックの区別ついてませんって」


先輩「上手いこといったねぇ」


全員「あははははは」


 ……いや、誰も上手いこといってねぇ(バシバシ)


 ちなみに、笑っている部分は、中の人も一緒です。
 寝不足って怖いわぁ……。上手いこと言ってないと気づくまでに、二時間ほどかかってます。頭動いてません。

 ……なんで笑ったんだろう? 今でも疑問です。

 第六章のプロットは、二割程度……もうしばらく、おまけにお付き合い下さいませ。


 少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


 次回もよろしくお願いします!  
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