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続-8
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それからしばらくの時間ソニアスは火番をしていた。
リナ達の天幕の横にリンガルとソニアスが使う二人用の天幕が設置されていたが、ソニアスは一晩中そこにいるつもりだった。
先ほどからどこからか視線が感じられるのだ。
魔物の類ではなさそうだし、敵意もなさそうだ。フレア国の者がこちらを見張っているだけかもしれないが、自分に焦点が合っているような気がする。
灯りの届かない森の暗闇から感じるそれに気付いているのもソニアスだけかもしれない。
こちらから行くか、接触を待つか……。
炎のゆらめきを眺めながら出方を思案していると、足音も無く近づいて来る者があった。
あちらから来たか。
「ソニアス様そろそろお休みになられては、別に天幕を用意致しましたのでご案内します」
服装はどこから手に入れたのかピルスナ国の騎士服だが、見たことがない顔の若者が二人近付いて来た。自分の天幕はすぐそこにあるので別で用意する必要は全くない。明らかに怪しい二人組だった。
しかも自分がソニアスだとバレている。仮名を使ったの意味なかったな。
さて、どうするか。
ついて行って誰が待っているか見てみたい気もするが、せめて誰かに言伝が出来れば……。
見回りの騎士が少し離れたところにいるのが見えたが、視界を塞ぐように声をかけてきた男が立った。
「その者が交代します。さあ」
もう一人の男に視線をやりソニアスが立ち上がるのを急かして来る。
リンガルはまだ戻って来ないが……行ってみるか。
重い腰を上げようとした時、足元に擦り寄る影が現れた。天幕から出て来た聖獣様だ。
『僕も連れて行け、面白そうだ』
急に現れた変な動物に驚きの表情を見せた不審者二人は確実にピルスナの騎士ではないのだろう。
ソニアスはカワウソを抱き上げ微笑を浮かべた。
「これは聖獣様、まだお休みではなかったのですね。これから天幕へ行くところでした、ご一緒にどうですか?」
「キュウウ」
「はい、では参りましょう。では案内をよろしく頼みます」
予定外の存在に動揺したのか困惑顔で二人目を合わせている。
「あ、その、せ、聖獣様も一緒ですか?」
「ええ、いつも通りですが何か不都合でも?」
「……いえ、いつも通りで大丈夫です。ではどうぞ」
今回が初めてなのでいつも通りと言うのは嘘だが、それが当たり前かのように言われると相手は同意するしかない。過激な相手ならともかく攻撃する意志が感じられない彼らならバレて疑われるのを避けるのが普通だろう。
本当に聖獣というものがいるかどうかは知らないが、この世界にはない姿の動物であればそれらしく見えるようだ。うまく騙されてくれて良かった。
歩きながら王太子殿下とリナの天幕には守護の結界を張った。
『心配しなくても僕を送り出したのはリナだぞ』
意外だった。だがそれなら何かあってもお二人で対処してくれそうだし、これで気兼ねなく誘いに乗れる。
森に向かい偽騎士の後をついて枯葉を踏みしめながら歩いていると、暗がりに入ったところで先導する男が立ち止まり振り返る。
ソニアスはとぼけたふりをして首を傾げる。
「どうしましたか?」
男は丁寧にお辞儀をした後、詫びてきた。
「申し訳ありませんでした、私はピルスナ国の者ではありません。実はさるお方と話をしていただきたくてお連れしました。危害は加えません、どうかこの先にある天幕の中の方と会っていただけないでしょうか」
ソニアスはきょとんと目を丸くする。
そうきたか……。
天幕の中の人物は相当位が高いのかもしれない。この男は物腰が柔らかく体格も細身で騎士というより文官だ、侍従と言われた方がしっくりくる。
興味本位で来たくせに、相手が誰か予想がついた途端にソニアスは帰りたくなった。
絶対に面倒くさいに違いない、ここで引き返すか?
いや、逃げるにしても相手の目的を聞き出してからにすべきか。
葛藤の末、ソニアスは口元でだけ笑みを浮かべ頷いた。
偽騎士の持つ松明を頼りに森の中を進み、野営の灯りが完全に届かないほど離れた場所にその天幕はあった。
「お連れしました」
男が天幕の入り口を捲り上げ、ソニアスを中へと誘導する。
椅子に座り待っていた人物を見て、やっぱりと内心でため息をついた。
「よく来てくれた、私はフレア国第一王子レアス・ダ・フレアだ。ああ、見間違いではなかった。やはりソニアス殿は調査隊にいたんだね。以前ピルスナの王城で見かけた事があったので覚えていたのだ」
接触を図ってきたのは第一王子だった。なら話というのは恐らく結界のことではないだろうか。
それにしてもフレア国の野営地は国境より向こうにあるはず、越境して天幕を立てるとは大胆と言うか迂闊な王子様だ。あちらの騎士団長殿は良識がありそうだったからもしかしたら黙って出て来たのかもしれない。護衛の騎士の姿はどこにも無かった。
あっさりと身分を明かされてしまったので小さく頭を下げ正式な挨拶の形を取った。
「ピルスナ国魔導師長ソニアスでございます。こちらは聖女様がご縁を結ばれた聖獣様です。レアス殿下におかれましてはご機嫌麗しく、拝謁至極光栄にございます」
王子は紹介されたソニアスの腕に抱えられた聖獣様を見て驚いている。
「なんと聖獣だったとは……やはり聖女がいると違うものだな。ああ、格式ばった挨拶は今日は不要だ。急に呼びつけてすまない、君と話がしたかったのだ。どうか座ってくれ」
もう一脚の椅子を勧められたが、長居をするつもりがないソニアスは首を振り断った。
「王族の方と椅子を並べる程の身分ではございませんので、どうぞこのままお話しください」
「うむ、そうか。では、聞きたいことがあるのだ。以前ピルスナ国の王都にあった防護結界のことなんだが、我がフレア国でも出来るのだろうか」
直球で聞いてくるとは……。昼間もヴァイツェン殿下に同じように聞いたはず、そして断られたが諦められず俺に目をつけたという訳か。こちらからの返事は変わらぬというのに。やたらしつこいのは何かあるのか?
「結界については機密事項になりますので、どうぞお許しを」
「そ、そうか」
「今回の魔物に関しては解決したと思われます。何か他に懸念があるのでしょうか?」
魔物の大量発生の原因は岩の中に隠れていた魔石が魔力を溜め込んでしまった為、起こってしまったことだ。魔石はまだあの場所にあるが、移動なり破壊なりすれば問題はないはず。
結界が必要な程の何かがあるのだろうか。
「いや、そうではない。確かに今回はピルスナ国騎士団の協力で原因がわかった、感謝している。しかし、今後また同じことが起こった時には自国だけで対処できた方が良いと思っている。ピルスナの結界は全ての魔物を弾くと有名だからな、同じことが出来れば今後魔物を恐れずに済むと言うもの。私は第一王子として国を守りたいのだ」
何故かドヤ顔をする王子。
本当に国の事を考えているのだろうか。前回の合同討伐から何も対策を取っていないようだし、もっと自国で出来る事を考えた方がいいのではと言いそうになるのを我慢した。
「お役に立てず申し訳ありません。私は散歩に出ただけでどなたにもお会いしていない事にいたします。ではこれで失礼します」
目的は確認できた、もう帰ろう。
そろそろ帰らないとソニアスがいなくなった事で騒ぎになっているかもしれなかった。
お辞儀をして天幕を出ようとすると、右肩を掴まれ止められる。
「ま、待ってくれ。まだ話があるのだ」
「結界についてお話し出来ることは何もありません」
強い力で掴まれて振り払う事が出来ない。
王族でなければ風で飛ばしてやるのに、と物騒な事を考える程ソニアスは掴んでいる手に嫌悪を感じた。
「いや、違う。そうではないのだ。結界のことは今はもういい」
レアスは手を離さぬままソニアスに向かい合った。
「この機会を逃さない。以前ピルスナの王城で見かけた時から私の心はソニアス殿に奪われていた。ここで出会えたのも運命、どうか私と結婚して欲しい」
想像の斜め上の事案にソニアスは少々戸惑ったものの、即お断りを伝える。
「お断りします。私には心に決めた相手がおりますので……っ何を」
強引に引っ張られレアスの胸に倒れ込んでしまう直前に腕に抱いていた聖獣様がシャッと威嚇音を出した、驚いたレアスは手を離し一歩引いた。
「では失礼」
「待てっ、私は諦めないぞっ」
ソニアスはサッと踵を返し天幕を出て転移魔法で一気に野営地まで飛んだ。
何だあの王子は、結界の話が聞けないからって色仕掛けするとは。伴侶にして取り込みたいのだろうが、浅はかすぎないか?
掴まれた肩が気になり反対の手でパパッと払い、嫌な気を吐き出すようにふんっと息を吐いた。
リナの天幕の裏側に着地したソニアスが何食わぬ顔で焚き火の所まで戻ると、リンガルが仁王立ちで待ち構えていた。
そのこめかみにはしっかりと青筋が立っている。
「あ」
「聖女殿から怪しい騎士と一緒に出て行ったと聞いた。どういうことだ?」
腕に抱いていたカワウソはパッと飛び降りリナのいる天幕に逃げるように入って行った。
リンガルの赤茶色の瞳が、いつもより赤みを増して揺らめいている。瞳が揺らめくのは魔力のせいだと言われており、興奮度合いが魔力に影響していると考えられている。
相当怒っているのではなかろうか、ソニアスは無意識に肩を振るわせた。
「あ、その。敵意を感じなかったから目的を確認しようと思ってついて行っただけ……だ」
「ほう、では報告を聞こう。来い」
「いっ、待て、リンガルッ」
腕を掴まれて自分達の天幕に連れ込まれる。床に放り投げられたところで顔の両脇に腕をつくように覆い被さられた。
上から見下ろすリンガルの顔は苦しそうに歪んでいる。
「リンガル?」
背中を丸めながら頭を下げ、額をソニアスの胸にトンと触れさせた。
「無事で良かった」
息を大きく吐くとともに心の底から出たような声だった。
ソニアスはハッとした。
……同じだ。
俺もリンガルが遠征から無事に帰還するたびに「無事で良かった」と思っていた。
姿を見るまで安心など出来なかった……リンガルもそういう気持ちだったのか。
とてつもなく心配をさせてしまったのだと、今更ながら気付いた。
「悪かった、本当に目的を確認したらすぐ戻るつもりだったんだ」
ソニアスは何があったか全て話した、もちろん王子からの告白は除いて。
リンガルは顔を上げてソニアスの瞳を真正面から目を細め見下ろしてきた。
「何故知らせなかった?」
「うちの騎士服を着ていたから信用したふりをしたんだ。リナが気付いて聖獣様を使わしてくれたからそれでいいかと……すまない」
「本当にすまないと思っているのか?」
まだ怒りが治まっていないのか普段より低い声で囁かれる。
「本当に反省している。心配かけて悪かった」
「では誓ってくれ、もう二度と一人で行かないと。何かあったら必ず俺を呼ぶと。誓うと言ってくれ、お前の伝言蝶ならどんな場面でも飛ばせるだろう?ソニアスの能力を疑っているんじゃない、お前を守るのは俺でありたいだけだ」
懇願に近いそれに思わず抱きついて誓うと口走っていた。
俺だって同じだ、リンガルを守るのは自分でありたい。お互い同じように思っていたなんて知らなかった。リンガルの愛を疑った事はないが自分と同じだけあるなんて思っていなかった。
俺たちには言葉が足りないのかもしれない、いい加減大人だからお互いの気持ちをわかったフリをして改めて深掘りする事もなかったんだ。いや、リンガルは口にしてくれていたかもしれない……。俺が恥ずかしがって避けていたんだ。でも、これからは言葉で伝えて守り合っていけばいいんだ、俺は、俺たちはとても幸せだ。
「リンガルも誓ってくれ、何かあったら俺を呼ぶって。俺だってリンガルを守りたいんだ」
「ああ、誓う。お前が味方なら怖いもの無しだ。……だが、今回の件についてはお仕置きが必要だな」
リナ達の天幕の横にリンガルとソニアスが使う二人用の天幕が設置されていたが、ソニアスは一晩中そこにいるつもりだった。
先ほどからどこからか視線が感じられるのだ。
魔物の類ではなさそうだし、敵意もなさそうだ。フレア国の者がこちらを見張っているだけかもしれないが、自分に焦点が合っているような気がする。
灯りの届かない森の暗闇から感じるそれに気付いているのもソニアスだけかもしれない。
こちらから行くか、接触を待つか……。
炎のゆらめきを眺めながら出方を思案していると、足音も無く近づいて来る者があった。
あちらから来たか。
「ソニアス様そろそろお休みになられては、別に天幕を用意致しましたのでご案内します」
服装はどこから手に入れたのかピルスナ国の騎士服だが、見たことがない顔の若者が二人近付いて来た。自分の天幕はすぐそこにあるので別で用意する必要は全くない。明らかに怪しい二人組だった。
しかも自分がソニアスだとバレている。仮名を使ったの意味なかったな。
さて、どうするか。
ついて行って誰が待っているか見てみたい気もするが、せめて誰かに言伝が出来れば……。
見回りの騎士が少し離れたところにいるのが見えたが、視界を塞ぐように声をかけてきた男が立った。
「その者が交代します。さあ」
もう一人の男に視線をやりソニアスが立ち上がるのを急かして来る。
リンガルはまだ戻って来ないが……行ってみるか。
重い腰を上げようとした時、足元に擦り寄る影が現れた。天幕から出て来た聖獣様だ。
『僕も連れて行け、面白そうだ』
急に現れた変な動物に驚きの表情を見せた不審者二人は確実にピルスナの騎士ではないのだろう。
ソニアスはカワウソを抱き上げ微笑を浮かべた。
「これは聖獣様、まだお休みではなかったのですね。これから天幕へ行くところでした、ご一緒にどうですか?」
「キュウウ」
「はい、では参りましょう。では案内をよろしく頼みます」
予定外の存在に動揺したのか困惑顔で二人目を合わせている。
「あ、その、せ、聖獣様も一緒ですか?」
「ええ、いつも通りですが何か不都合でも?」
「……いえ、いつも通りで大丈夫です。ではどうぞ」
今回が初めてなのでいつも通りと言うのは嘘だが、それが当たり前かのように言われると相手は同意するしかない。過激な相手ならともかく攻撃する意志が感じられない彼らならバレて疑われるのを避けるのが普通だろう。
本当に聖獣というものがいるかどうかは知らないが、この世界にはない姿の動物であればそれらしく見えるようだ。うまく騙されてくれて良かった。
歩きながら王太子殿下とリナの天幕には守護の結界を張った。
『心配しなくても僕を送り出したのはリナだぞ』
意外だった。だがそれなら何かあってもお二人で対処してくれそうだし、これで気兼ねなく誘いに乗れる。
森に向かい偽騎士の後をついて枯葉を踏みしめながら歩いていると、暗がりに入ったところで先導する男が立ち止まり振り返る。
ソニアスはとぼけたふりをして首を傾げる。
「どうしましたか?」
男は丁寧にお辞儀をした後、詫びてきた。
「申し訳ありませんでした、私はピルスナ国の者ではありません。実はさるお方と話をしていただきたくてお連れしました。危害は加えません、どうかこの先にある天幕の中の方と会っていただけないでしょうか」
ソニアスはきょとんと目を丸くする。
そうきたか……。
天幕の中の人物は相当位が高いのかもしれない。この男は物腰が柔らかく体格も細身で騎士というより文官だ、侍従と言われた方がしっくりくる。
興味本位で来たくせに、相手が誰か予想がついた途端にソニアスは帰りたくなった。
絶対に面倒くさいに違いない、ここで引き返すか?
いや、逃げるにしても相手の目的を聞き出してからにすべきか。
葛藤の末、ソニアスは口元でだけ笑みを浮かべ頷いた。
偽騎士の持つ松明を頼りに森の中を進み、野営の灯りが完全に届かないほど離れた場所にその天幕はあった。
「お連れしました」
男が天幕の入り口を捲り上げ、ソニアスを中へと誘導する。
椅子に座り待っていた人物を見て、やっぱりと内心でため息をついた。
「よく来てくれた、私はフレア国第一王子レアス・ダ・フレアだ。ああ、見間違いではなかった。やはりソニアス殿は調査隊にいたんだね。以前ピルスナの王城で見かけた事があったので覚えていたのだ」
接触を図ってきたのは第一王子だった。なら話というのは恐らく結界のことではないだろうか。
それにしてもフレア国の野営地は国境より向こうにあるはず、越境して天幕を立てるとは大胆と言うか迂闊な王子様だ。あちらの騎士団長殿は良識がありそうだったからもしかしたら黙って出て来たのかもしれない。護衛の騎士の姿はどこにも無かった。
あっさりと身分を明かされてしまったので小さく頭を下げ正式な挨拶の形を取った。
「ピルスナ国魔導師長ソニアスでございます。こちらは聖女様がご縁を結ばれた聖獣様です。レアス殿下におかれましてはご機嫌麗しく、拝謁至極光栄にございます」
王子は紹介されたソニアスの腕に抱えられた聖獣様を見て驚いている。
「なんと聖獣だったとは……やはり聖女がいると違うものだな。ああ、格式ばった挨拶は今日は不要だ。急に呼びつけてすまない、君と話がしたかったのだ。どうか座ってくれ」
もう一脚の椅子を勧められたが、長居をするつもりがないソニアスは首を振り断った。
「王族の方と椅子を並べる程の身分ではございませんので、どうぞこのままお話しください」
「うむ、そうか。では、聞きたいことがあるのだ。以前ピルスナ国の王都にあった防護結界のことなんだが、我がフレア国でも出来るのだろうか」
直球で聞いてくるとは……。昼間もヴァイツェン殿下に同じように聞いたはず、そして断られたが諦められず俺に目をつけたという訳か。こちらからの返事は変わらぬというのに。やたらしつこいのは何かあるのか?
「結界については機密事項になりますので、どうぞお許しを」
「そ、そうか」
「今回の魔物に関しては解決したと思われます。何か他に懸念があるのでしょうか?」
魔物の大量発生の原因は岩の中に隠れていた魔石が魔力を溜め込んでしまった為、起こってしまったことだ。魔石はまだあの場所にあるが、移動なり破壊なりすれば問題はないはず。
結界が必要な程の何かがあるのだろうか。
「いや、そうではない。確かに今回はピルスナ国騎士団の協力で原因がわかった、感謝している。しかし、今後また同じことが起こった時には自国だけで対処できた方が良いと思っている。ピルスナの結界は全ての魔物を弾くと有名だからな、同じことが出来れば今後魔物を恐れずに済むと言うもの。私は第一王子として国を守りたいのだ」
何故かドヤ顔をする王子。
本当に国の事を考えているのだろうか。前回の合同討伐から何も対策を取っていないようだし、もっと自国で出来る事を考えた方がいいのではと言いそうになるのを我慢した。
「お役に立てず申し訳ありません。私は散歩に出ただけでどなたにもお会いしていない事にいたします。ではこれで失礼します」
目的は確認できた、もう帰ろう。
そろそろ帰らないとソニアスがいなくなった事で騒ぎになっているかもしれなかった。
お辞儀をして天幕を出ようとすると、右肩を掴まれ止められる。
「ま、待ってくれ。まだ話があるのだ」
「結界についてお話し出来ることは何もありません」
強い力で掴まれて振り払う事が出来ない。
王族でなければ風で飛ばしてやるのに、と物騒な事を考える程ソニアスは掴んでいる手に嫌悪を感じた。
「いや、違う。そうではないのだ。結界のことは今はもういい」
レアスは手を離さぬままソニアスに向かい合った。
「この機会を逃さない。以前ピルスナの王城で見かけた時から私の心はソニアス殿に奪われていた。ここで出会えたのも運命、どうか私と結婚して欲しい」
想像の斜め上の事案にソニアスは少々戸惑ったものの、即お断りを伝える。
「お断りします。私には心に決めた相手がおりますので……っ何を」
強引に引っ張られレアスの胸に倒れ込んでしまう直前に腕に抱いていた聖獣様がシャッと威嚇音を出した、驚いたレアスは手を離し一歩引いた。
「では失礼」
「待てっ、私は諦めないぞっ」
ソニアスはサッと踵を返し天幕を出て転移魔法で一気に野営地まで飛んだ。
何だあの王子は、結界の話が聞けないからって色仕掛けするとは。伴侶にして取り込みたいのだろうが、浅はかすぎないか?
掴まれた肩が気になり反対の手でパパッと払い、嫌な気を吐き出すようにふんっと息を吐いた。
リナの天幕の裏側に着地したソニアスが何食わぬ顔で焚き火の所まで戻ると、リンガルが仁王立ちで待ち構えていた。
そのこめかみにはしっかりと青筋が立っている。
「あ」
「聖女殿から怪しい騎士と一緒に出て行ったと聞いた。どういうことだ?」
腕に抱いていたカワウソはパッと飛び降りリナのいる天幕に逃げるように入って行った。
リンガルの赤茶色の瞳が、いつもより赤みを増して揺らめいている。瞳が揺らめくのは魔力のせいだと言われており、興奮度合いが魔力に影響していると考えられている。
相当怒っているのではなかろうか、ソニアスは無意識に肩を振るわせた。
「あ、その。敵意を感じなかったから目的を確認しようと思ってついて行っただけ……だ」
「ほう、では報告を聞こう。来い」
「いっ、待て、リンガルッ」
腕を掴まれて自分達の天幕に連れ込まれる。床に放り投げられたところで顔の両脇に腕をつくように覆い被さられた。
上から見下ろすリンガルの顔は苦しそうに歪んでいる。
「リンガル?」
背中を丸めながら頭を下げ、額をソニアスの胸にトンと触れさせた。
「無事で良かった」
息を大きく吐くとともに心の底から出たような声だった。
ソニアスはハッとした。
……同じだ。
俺もリンガルが遠征から無事に帰還するたびに「無事で良かった」と思っていた。
姿を見るまで安心など出来なかった……リンガルもそういう気持ちだったのか。
とてつもなく心配をさせてしまったのだと、今更ながら気付いた。
「悪かった、本当に目的を確認したらすぐ戻るつもりだったんだ」
ソニアスは何があったか全て話した、もちろん王子からの告白は除いて。
リンガルは顔を上げてソニアスの瞳を真正面から目を細め見下ろしてきた。
「何故知らせなかった?」
「うちの騎士服を着ていたから信用したふりをしたんだ。リナが気付いて聖獣様を使わしてくれたからそれでいいかと……すまない」
「本当にすまないと思っているのか?」
まだ怒りが治まっていないのか普段より低い声で囁かれる。
「本当に反省している。心配かけて悪かった」
「では誓ってくれ、もう二度と一人で行かないと。何かあったら必ず俺を呼ぶと。誓うと言ってくれ、お前の伝言蝶ならどんな場面でも飛ばせるだろう?ソニアスの能力を疑っているんじゃない、お前を守るのは俺でありたいだけだ」
懇願に近いそれに思わず抱きついて誓うと口走っていた。
俺だって同じだ、リンガルを守るのは自分でありたい。お互い同じように思っていたなんて知らなかった。リンガルの愛を疑った事はないが自分と同じだけあるなんて思っていなかった。
俺たちには言葉が足りないのかもしれない、いい加減大人だからお互いの気持ちをわかったフリをして改めて深掘りする事もなかったんだ。いや、リンガルは口にしてくれていたかもしれない……。俺が恥ずかしがって避けていたんだ。でも、これからは言葉で伝えて守り合っていけばいいんだ、俺は、俺たちはとても幸せだ。
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