塔の魔導師と騎士団長の恋が実るまで

温井 床

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 手に取ろうとして止めた。

「え」

「まずは読んで欲しい。私も目を通したが、ソニアスの意見も聞きたい。明日また来よう、今日は一旦帰るよ。すまないがジルヴェスタに連絡を入れてくれないか」

「わ、わかりました」

 戸惑いながらソニアスが指先に魔力を集めると、ひらひらと羽ばたく黒蝶が現れた。

 それに向かって「宰相様お迎えお願いします」と言うと、ソニアスを一周して窓から出て行った。

 さほど時間を置かず訪問者のベルが鳴る。

「ジルヴェスタだ。ほらな、過保護だろう?」

「確かに、早すぎますね。近くにいたのでしょうか」

 だとしたら見張っていたとか?少し怖いかも。いや、この手記が貴重な品のせいか?

 そう思いつつ一階に降りると、やはり宰相様だった。

 寄り添われ、手を振りつつ帰っていくラベラントを見送って、自室へ戻った。

「さて、お茶を淹れ直そう」

 わざわざラベラント様が持って来たものだ、ただの手記ではないだろう。緑茶で落ち着いてから手記を読むことにする。

 ソファに座り、温かいお茶をひと口飲んでから手記を開いた。

 それは普通の日記だった、途中までは。

「……どういうことだ」

 日記の中に米、味噌、醤油や出汁が取れそうな食材を探すような内容が書かれていたのだ。

 そして、ソニアス同様に米と緑茶はすぐに手に入れることができたようだ。

 味噌汁が飲みたい、醤油が恋しいなどの後には大豆を探したが見つからないと書いてある。え、この世界には大豆がないのか?

 いやいや、そこじゃない。これを書いた人は日本人、転生者なのか?

 読み進めていくと、魔物が徐々に増えていく様子と、ある日魔物の大群が都に押し寄せ戦っていたが、抵抗虚しく壊滅寸前に追い込まれたこと。一か八か命懸けで結界を張り、安定させるため結界契約を完成させたと書いてある。

 解除方法については書いておらず、それ以降は後悔ばかりだ。

 当代の王に結界を継続することを命じられ、継承していかなければならなくなったことを後悔していたようだ。

(自分だけなら命尽きるまで結界を守ることに誇りさえ感じるが、これを誰かに背負わせるつもりはなかった、結界契約など構築するのではなかった。結界はこれ以上広げられない、外にある村は守れない。それが悔しい)

 とつらつらと書いてある。

 初代魔導師長は優秀だったのだろう、そして守ろうとしただけ。

 それを国が、王族や貴族が利用した。

(いっそ結界を壊そうかとも思ったが、王都に住む多くの民を守ることを選んでしまった、いつか平和な世が訪れたら結界を壊して欲しい)

 日記はそれで終わっていた。

 残りのページは白紙のようだ。

 壊して欲しいと書いてあるのに解除方法が書いてない。

「解除方法は無いということか?これが遥か昔でも魔導師が解除方法を作らないなんてことあるのか?」

 礎の継承は契約魔術陣の移行によるものだ。

 誰にも見せたことはないが、俺の背中には魔術陣が刺青のように刻まれている。

 こういったものの場合、解術としてアイテムだったり呪文だったりを設定することが多い。そしてそれは同じ魔導師が作らないと作用しない、だから基本的に同時に作成されるのだが。

 ラベラント様もそう思ってこの塔も隅々まで調べたし、散歩を装って城内も調べていたが手がかりは見つからなかった。

 手に持った手記を見つめ、ため息をついた。

「俺の意見が聞きたいって言ったって、俺が考えることに師匠を超えるものはねえよ」

 机の上にぽんと投げ飛ばすとカチャンと音がした。

「あ、やば」

 雑に投げたせいでお茶のカップに当たり、中身をこぼしてしまった。

「うわ、手記まで濡れてる。乾かさなきゃ」

 慌ててローブの袖で水気を拭き取り、風通しの良い窓際にテーブルを動かし、しばらく置いておくことにした。

 まだ陽の高い日中、窓からはぬるめの風が入ってそよそよと髪を撫でていく。

 空は青く、小さな白い雲が流れている。

「良い天気だな。あいつは魔物討伐中だろうか、こういう時一緒に行けないのが一番もどかしい」

 窓に肘をつき、この空の向こうに思いを馳せた。
 
 
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