ベストパートナー

廣瀬純七

文字の大きさ
2 / 9

多目的トイレ

しおりを挟む

 大学の講義棟の一階、人気のない時間帯の多目的トイレ。重いドアを閉めると、ひやりとした空気が二人を包んだ。

 鏡に映るのは、女子大生の姿をした高橋拓也と、男子学生の姿をした松山美奈子。さっきまでカフェテラスで半信半疑だった入れ替わりは、今や疑いようもない現実になっていた。

「なあ……これ、本当に俺が美奈子ってことだよな」
 拓也――いや、今は美奈子の体にいる彼は、不安そうにスカートの裾をぎこちなく握った。
「そうだよ。で、タイミング悪く……私の身体、もう始まっちゃってるの」
「……うわ、マジかよ」

 慣れない感覚に顔をしかめる拓也。下腹部の重さや鈍痛に加え、下着に広がる生暖かさが彼を落ち着かなくさせていた。
「なあ、これ……どうすりゃいいんだよ」
「……仕方ない。私が教えるしかないでしょ」

 美奈子(今は拓也の体)は、持ってきていた小さなポーチを差し出した。中にはナプキンが数枚。普段なら誰にも見せたくないものを、自分の姿をした彼氏に手渡すという奇妙な状況に、頬がかすかに熱くなる。
「これが、生理用品」
 拓也は袋を受け取り、不思議そうに眺める。
「……こんなシンプルな見た目なんだな」
「中を開けて。テープで下着に貼るの」

 カサリと包装を破る音が響く。白い羽根つきのナプキンが姿を現し、拓也はまるで爆発物でも扱うように両手で持ち上げた。
「これを……下着に?」
「そう。羽根を外側に折って固定するの。そうすれば動いてもずれにくい」
「なるほど……」

 鏡の前に立った拓也は、真剣な表情で自分の姿――美奈子の身体――を見つめていた。頬には汗がにじみ、指先は緊張で少し震えている。
「……なあ美奈子。いつもこんなことしてるのか」
「当たり前じゃん。毎月、何日もね」
「……すげえな」

 小さな感嘆の声に、美奈子は思わず微笑んだ。自分にとっては日常の動作。でも、彼にとっては未知の、そして不思議な儀式のように映っているのだろう。

 ぎこちなくナプキンをセットし終えると、拓也は深く息をついた。
「……ふう。やってみると、思ったより手間がかかるな」
「それが毎回だよ。しかも授業の合間とか、人に気づかれないようにこっそりやるの」
「……大変すぎる」

 彼の率直な言葉に、美奈子の胸がじんわりと温かくなった。理解してほしいと願っても、言葉だけでは届かない部分。それを今、彼は実際に体験している。

「なあ……美奈子」
 ナプキンを装着した拓也が、少し照れくさそうに彼女――いや、拓也の姿をした美奈子――を見た。
「ありがとう、教えてくれて。正直、情けないけど……本当に尊敬した。毎月こんなの耐えてたんだな」
「……うん。わかってくれただけで、ちょっと楽になった気がする」

 二人は少しの間、狭いトイレの中で見つめ合った。鏡越しに映る自分たちの姿は不思議で、そしてどこか頼もしかった。入れ替わりという不可解な現象が、二人の距離を確かに縮めている。

「よし……なんとかできたし、授業に戻るか」
「うん。でも、痛みは続くから覚悟して」
「……マジかよ」
 思わず顔をしかめる拓也。その表情に、美奈子は思わず吹き出してしまった。

 重たいはずの時間が、少しだけ軽く感じられた。

---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

恋愛リベンジャーズ

廣瀬純七
SF
過去に戻って恋愛をやり直そうとした男が恋愛する相手の女性になってしまった物語

ナースコール

wawabubu
大衆娯楽
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

ボディチェンジウォッチ

廣瀬純七
SF
体を交換できる腕時計で体を交換する男女の話

処理中です...