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多目的トイレ
しおりを挟む大学の講義棟の一階、人気のない時間帯の多目的トイレ。重いドアを閉めると、ひやりとした空気が二人を包んだ。
鏡に映るのは、女子大生の姿をした高橋拓也と、男子学生の姿をした松山美奈子。さっきまでカフェテラスで半信半疑だった入れ替わりは、今や疑いようもない現実になっていた。
「なあ……これ、本当に俺が美奈子ってことだよな」
拓也――いや、今は美奈子の体にいる彼は、不安そうにスカートの裾をぎこちなく握った。
「そうだよ。で、タイミング悪く……私の身体、もう始まっちゃってるの」
「……うわ、マジかよ」
慣れない感覚に顔をしかめる拓也。下腹部の重さや鈍痛に加え、下着に広がる生暖かさが彼を落ち着かなくさせていた。
「なあ、これ……どうすりゃいいんだよ」
「……仕方ない。私が教えるしかないでしょ」
美奈子(今は拓也の体)は、持ってきていた小さなポーチを差し出した。中にはナプキンが数枚。普段なら誰にも見せたくないものを、自分の姿をした彼氏に手渡すという奇妙な状況に、頬がかすかに熱くなる。
「これが、生理用品」
拓也は袋を受け取り、不思議そうに眺める。
「……こんなシンプルな見た目なんだな」
「中を開けて。テープで下着に貼るの」
カサリと包装を破る音が響く。白い羽根つきのナプキンが姿を現し、拓也はまるで爆発物でも扱うように両手で持ち上げた。
「これを……下着に?」
「そう。羽根を外側に折って固定するの。そうすれば動いてもずれにくい」
「なるほど……」
鏡の前に立った拓也は、真剣な表情で自分の姿――美奈子の身体――を見つめていた。頬には汗がにじみ、指先は緊張で少し震えている。
「……なあ美奈子。いつもこんなことしてるのか」
「当たり前じゃん。毎月、何日もね」
「……すげえな」
小さな感嘆の声に、美奈子は思わず微笑んだ。自分にとっては日常の動作。でも、彼にとっては未知の、そして不思議な儀式のように映っているのだろう。
ぎこちなくナプキンをセットし終えると、拓也は深く息をついた。
「……ふう。やってみると、思ったより手間がかかるな」
「それが毎回だよ。しかも授業の合間とか、人に気づかれないようにこっそりやるの」
「……大変すぎる」
彼の率直な言葉に、美奈子の胸がじんわりと温かくなった。理解してほしいと願っても、言葉だけでは届かない部分。それを今、彼は実際に体験している。
「なあ……美奈子」
ナプキンを装着した拓也が、少し照れくさそうに彼女――いや、拓也の姿をした美奈子――を見た。
「ありがとう、教えてくれて。正直、情けないけど……本当に尊敬した。毎月こんなの耐えてたんだな」
「……うん。わかってくれただけで、ちょっと楽になった気がする」
二人は少しの間、狭いトイレの中で見つめ合った。鏡越しに映る自分たちの姿は不思議で、そしてどこか頼もしかった。入れ替わりという不可解な現象が、二人の距離を確かに縮めている。
「よし……なんとかできたし、授業に戻るか」
「うん。でも、痛みは続くから覚悟して」
「……マジかよ」
思わず顔をしかめる拓也。その表情に、美奈子は思わず吹き出してしまった。
重たいはずの時間が、少しだけ軽く感じられた。
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