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田中舞依
しおりを挟む夕暮れのキャンパスを抜け、駅へ続く並木道を歩いていたときだった。美奈子(中身は拓也)が肩に掛けたリュックを直していると、後ろから明るい声が響いた。
「やっほー、美奈子!」
振り向けば、美奈子の友人の田中舞依が駆け寄ってくる。軽やかなポニーテールが揺れ、笑顔はいつも通りの快活さに満ちていた。
「あ、舞依」
「お、今日は彼氏と一緒なんだ!」
舞依の視線の先には、拓也の体に入った美奈子がいた。
「二人とも、なんかいつも以上に仲良さそうじゃん。どうしたの? 何かあった?」
舞依は悪戯っぽく目を細めてニヤリと笑った。からかわれるような空気に、拓也(美奈子)は一瞬迷った。どう答えればいいのか――でも、自然に口をついて出たのは、自分の“日常”だった。
「えっと……実はわた、いや、美奈子が……その……生理になっちゃって」
その瞬間、隣の拓也(美奈子の体)は「おいっ」と小さく突っ込んだが、舞依の反応は予想外だった。
「ええっ! そうだったんだ!」
舞依は目を丸くし、それから急ににこやかに笑顔を浮かべた。
「じゃあ、美奈子の彼氏って、生理の心配までしてくれてるんだ? すごーい! 彼氏の鏡だね!」
その言葉に、二人は同時に固まった。
「え……いや、その……」
「いやいや……」
慌てる二人をよそに、舞依はどんどん話を続ける。
「だってさ、生理って本当にしんどいじゃん? 私なんか、彼氏に『薬飲めば大丈夫だろ』って軽く言われてムカついたことあるんだよね。でも、美奈子の彼氏は一緒に歩いてるだけでも気遣ってるって感じだし……優しいじゃん!」
拓也(美奈子の体)は耳まで真っ赤になりながら口を開く。
「いや、それは……まあ……」
一方で拓也(中身は美奈子)は、心の中で苦笑いしていた。
(そうか……外から見れば、私の彼氏が“生理の心配をしてくれてる”ように見えるんだ)
舞依は腕を組んで感心したようにうなずき続ける。
「ほんと羨ましいなあ。私の彼氏もさ、もうちょっと思いやりってものを学んでほしいよ。美奈子、ほんと幸せ者だよ!」
その言葉に、美奈子(拓也の体)は胸がじんと温かくなった。
(……そうだよね。こうして一緒にいてくれるだけで、楽になるんだもん。私、ちゃんと感謝しなきゃ)
一方で、拓也(美奈子の体)は照れ隠しのように咳払いをした。
「ま、まあ……最近の彼氏はそういうの、ちゃんと考えてるんだよね、」
「うんうん、やっぱり! いいなあ、ほんと。ねえ、美奈子、今度うちの彼氏にも説教してよ!」
舞依は冗談めかして笑った。三人の間に軽やかな空気が流れる。
やがて舞依は駅の反対方向へと手を振って去っていった。残された二人は、夕闇に染まり始めた道を並んで歩き出す。
「……なあ」
しばらくして、拓也(美奈子の体)がぽつりと口を開いた。
「さっきの舞依の話、ちょっとドキッとした」
「え?」
「俺、これまで『大丈夫か?』って言うだけで、実際には何もしてなかったんだなって」
彼の声は低く、真剣だった。
「今日みたいに実際に体験してみないと、どれだけ大変か分からなかった。だから……これからはちゃんと気を配るよ。生理のことだけじゃなくて、全部」
その言葉に、美奈子(拓也の体)は少し目を潤ませ、そっと微笑んだ。
「……ありがと。私、すごく嬉しい」
夕暮れの並木道。木々の影が長く伸びる中で、二人の心の距離はいつもよりずっと近づいていた。
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