夏休みの不思議な体験

廣瀬純七

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結衣の浴衣と花火大会

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夜の帳が静かに降りる頃、夏の風が町を優しく撫でていた。水泳大会で熱戦を繰り広げたあの興奮も冷めやらぬまま、結衣の祖母・真知子の家では、にわかに華やかな支度が始まっていた。

「じっとしてなさいな、結衣ちゃん。あんた今日は特別なんだから」

そう言いながら、真知子は慣れた手つきで拓也――つまり結衣の姿になっている拓也に、藍色に白い朝顔が描かれた浴衣を着せていた。

「お、おばあちゃん、苦しい…!帯、キツいよ…!」

「何言ってるの、これくらいで根を上げてどうするの。昔の女子はもっと締めてたもんよ」

結衣の体と入れ替わった拓也はいつもと違う、ふわりとした浴衣の布感と、頭の後ろで結った髪の重みに戸惑いながらも、鏡に映った自分の姿にしばし見惚れていた。
本当に、結衣の体は可愛い。髪をアップにして浴衣を着るだけで、どこか儚げで、風鈴の音が似合いそうな“夏の少女”がそこにいた。

「うわ…俺、ていうか結衣って、めっちゃ可愛いじゃん…!」

その言葉を聞いたのは、結衣の体に入っている拓也自身ではなく、拓也の体で待っていた“中身・結衣”。

「ふふ、でしょ? 私って結構イケてるよね!」

そう言って笑う彼女も、短髪でがっしりした拓也の姿をしていながら、どこか仕草は柔らかく、目の奥には結衣らしさが滲んでいた。

夏の夜空に、打ち上げ花火が次々と咲いていた。
ピシャンッと高音の破裂音が夜空を照らし、オレンジや紫、金色の光が川辺に並ぶ人々の顔を染める。

その中にいたのは、浴衣姿の“結衣”と“拓也”。
――もちろん、体は入れ替わったまま。
つまり、**結衣の体の中には拓也が**、**拓也の体の中には結衣が**入っている状態だった。

「わああっ、すごい近くで見えるね!」
結衣の体に入った拓也が、浴衣の袖を軽く押さえながら、うれしそうに空を見上げた。
祖母の真知子に着付けてもらった**ピンクの花柄の浴衣**に、きれいにまとめられた**アップヘア**。ほんのりピンクのリップまで塗られていて、どこからどう見ても、上品で華やかな中学生の女の子だった。

一方、拓也の体に入った“結衣”は、隣でその様子を見つめながら――ぽつりとつぶやいた。

「……ねえ、なんで私よりも、拓也の方が女の子らしいのかな?」

結衣(拓也)が振り返り、ぱちくりとまばたきする。

「え? なにそれ、どういう意味?」

「だってさ、私、自分の体なのに、こんなに可愛く振る舞えないっていうか……。拓也が私の体で浴衣を着て髪アップにして、しぐさとかもちゃんと“女の子”してて、すっごく自然なんだもん。なんか、負けた気がする……」

結衣(拓也)は目を丸くしたあと、ふっと笑った。

「でもそれ、結衣が普段から気取らずに自然体でいるってことじゃない? 女の子らしいってのもいろいろだよ。俺は“演じてる”だけかもしれないしさ」

「演じてるように見えないもん。……ああもう! 今日だけは“私”の体、返してほしいくらい!」

照れ隠しのように言いながら、拓也(結衣)は少しだけ赤くなった顔をそらす。
その時、また夜空に大輪の花火が打ち上がった。

バァン……と光が二人の顔を照らし、影を落とす。
その一瞬、結衣(拓也)が笑って言った。

「……じゃあ来年、元に戻ってたら、本物の“結衣”の姿で、この浴衣、着てみなよ。絶対似合うから」

「う……うん。……それ、絶対、約束ね」

夜空に咲く花火の下、女の子らしさにちょっとだけ嫉妬してしまった夏の夜。
でも、それもきっと、忘れられない思い出になる。


そして、二人並んで歩いた夜の花火大会。金魚すくいの屋台で「うわー逃げられた!」と笑い合い、リンゴ飴を分け合いながら見上げた夜空に、大輪の花火が咲いた。

ドーン、という音とともに、空いっぱいに広がる紅や蒼の花。
その光に照らされた二人の顔には、互いの“中身”がちゃんと見えていた。

「ねぇ、拓也。今日、なんかすっごく夏って感じがするよね。」

「うん。俺も今、すごく“青春してる感”あるわ、結衣の体で可愛くなって初めて浴衣も着ちゃったしね!」

「でも、本当は私と拓也の体が入れ替わったままじゃなくて元の体のままだったら良かったんだけど、これはこれでいいかもね!」

そう言って結衣は自分のスマホで二人の写真を撮ってニッコリと微笑んだ。

打ち上がる花火の光に、すこし切なく、でも誇らしげな笑顔が重なった。

――この夏、きっと一生忘れない。
姿は違っても、心で結び合った、特別なひと夏の夜だった。



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