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「流聖の章」

005.突然のデジャ・ヴュ

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 やれ困ったな、ああ困ったな。本当についていない。何か俺悪いことしましたかカミサマ。たった今しちゃいましたよね。シクシク……。俺はそんな言葉を心の中で呟きながらその男の下へと駆け寄った。

「あ、あの~。すいません。だ、大丈夫、ですか?」

「……」

 男は何も答えない。何だか不吉な予感がした。

 お願いだ。大丈夫だと言ってくれ!俺はこれから八王子高校サッカー部を盛り立て、全国大会へと導く使命がある。こんなことで選手生命を終わらせるわけには行かないのだ。

「……」

「え~っと、どうすりゃいいんだよ。あの~、怪我とか無いですか?」

 くっくっく、と堪えようとして堪えきれないようなそんな笑い声があたりに響いた。

「いやはや、すごい威力だった」

 これは褒められているのだろうか、けなされているのだろうか?よく分からないけどどちらかと言うとバカにされている気がする。

「あ、もしかして鼻血出てたり!?あるいは歯が折れていたり!?」

 だが男は俺の言葉を全く無視してブツブツ独り言を言っている。

 ん?もしかしてちょっとアレな奴?

「流石と言うべきなのだろうか?人間に転生されても変わらぬ」

 時代劇の武士みたいな口調に俺は眉を潜めた。

 何言ってんだこいつ?

「ああ、ようやく、やっと、見つけた。竜王、我が君――」

 そうだなあ。暖かいのを通り越してもう大分暑くなったもんなあ。頭がおかしくなる気持ちも、分かるわけねえ。だがこのままほっておくわけにも行かないのだ。

「えーと、もし頭ぶつけたんなら学校の保健室へ」

「いや、大丈夫だよ。怪我は無いから心配しなくてもいい」

 急に口調と、そして声色までもがガラリと変わる。

「でも」

「……いいから。これは君のボールだね?」

 奴はゆっくりと顔から左手を外した。
 
 俺は奴の顔を見、うっとなった。キモメンだったからではない。むしろそいつは蹴球の女神様にも勝負の女神様にも愛されちゃいそうなタイプだった。"くーるびゅーてぃー"、なんて言う横文字の単語が思い浮かんだくらいだ。ただ、奴の顔面にはくっきりとサッカーボールの痕があったのだ!
 
 俺はまさかたった今イケメン好きの女神様たちを敵に回した!?うわ、ごめんなさい。ホントすんません。ハイヒールの底だってお舐めします。賠償以外なら何でもするから!

 そんな俺を余所にイケメンはくすくすと笑いながらボールを差し出した。

「さっき飛んでいる時……いや、突然高校の方から飛んできたんだけどすごいシュートだね。きっと将来、いいサッカー選手になるよ。もう少しコントロールがよければの話だけど」

 余計なお世話である。
 
 イケメンはボールを差し出した。

「どうぞ」

 どうやらイケメンは損害賠償を請求する気はない様子だった。俺はほっとしながら両手を伸ばす。

「あ、どうも」

「ところで、君」

「ん?何すか?」

 視線が合い、同時に互いの指先が微かに触れ合う。

 その瞬間――。

 その瞬間、俺の視界は突然闇に放り込まれた。

「!?」

 強烈なデジャ・ヴュ。ぐらぐらと頭が揺れる。脳裏一杯に青の風景が広がる。銀の岩で出来た宮殿の一室。そして「俺」はそこにいた。低く重い、大人の男の声が響く。

『お前の剣の腕は素晴らしい。だが、その軍師としての才もまた素晴らしい。お前は俺のもとで俺の翼になれ』

 その俺の前に跪き、驚いたように顔を上げたのは――。

 画面が目まぐるしく切り替わる。青から緑の草原へ。

『お前にはこれ以上何も言わん。その代わり俺のすることにも何も言うな』

 俺の傍らで、片膝を付いて項垂れたように頭を下げているのは――。

 そして、再び青の宮殿。だが、俺はもうそこにいない。

『何故……何故なんですか。何故、私を残して』

 たった一人、その部屋の真ん中で剣を抱きしめて涙を流さずに泣いているのは――。

「うわぁっ!」

 俺は自分の叫びで我に返った。ボールがとん、と音を立てて地面に落ちる。

「……」

「お、お前」

「ボール、落ちたよ」

 イケメンは腰を屈めボールを拾った。

「俺が、どうかした?」

 目を細め俺を見る。

 今の場面は一体何だったんだ。何だったんだよ。

 俺は得体のしれない感覚に、思わず一歩後ずさった。

 一方夕日をバックに右手にボールを持った、何だかやたらと絵になるその男はただ静かにそこに立って(ボールの跡をばっちりとつけたまま)微笑みを浮かべている。

 俺、この顔を知っている。こいつに会ったことがある。いつか、どこかで――。

 でも、それはどこだった?
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