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「流聖の章」

006.神様仏様芦田様

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 こいつは何者だ?

 会ったことがあることだけは分かるのに、肝心の誰なのかを思い出すことが出来ない。

 ほんの一、二分に過ぎないことだったけれども、心が締め付けられるみたいに苦しかった。それにあの奇妙な懐かしさと哀しさ、そして後悔に似た気まずさ。

「君の今の名前はなんて言うの?」

 不意に男が尋ねた。

「は?」

「君の名前を教えて欲しいんだよ」

 そのセリフを聞き俺はようやく容疑者である己の立場を思い出し、がっくりと肩を落とした。

(あ、そっか)

 身元確認か。そりゃそうだよな。逮捕・拘留の基本だよ。お父様お母様申し訳ございません。やっぱり俺は今日から少年Jになってしまわれるようです。

 せめて高校では清く正しく美しくやって行こうと決めていたのに人生って何処に落とし穴があるか分からない。やっぱり今月はついていないみたいだ。

神大河じんたいがだよ。神様仏様の神に大きな河の大河」

 これを教える度に名前負けだと嘲笑われるのに腹が立つ。確かに俺の背丈じゃ説得力がないかもしれないが、サンショウは小粒でもピリリとカライことをバカどもは知らないのだ。

「神、大河、か」

「そうそう」

「……大河」

 男は何故か嬉しそうに俺の名前を繰り返した。

「ボールのことだけど、本当にすんませんでした」

 俺はそんな男にふーかぶーかと頭を下げる。

「眼鏡はちゃんと弁償します。それから怪我無いって言ってますけど一応保健の先生に看て行ってもらってください」

「ああ……もういいんだ。そんなことよりも」

 男は笑いながらメガネをかけ直す。

「俺、実はね、"たった今決まったんだけど"この学校に転校することになったんだ」

「は!?」

 今決まったってなんだそりゃ。

「俺の名前は流聖。流聖って言うんだ。苗字は……まあ、芦田にしておくか」

 イケメン、もとい芦田流聖が笑う。

「名前だけでいいから覚えてくれる?」

「そりゃ、そんなの忘れるわけ――それよりここに転校してくるって」

 そこまで言ったところで空からゴロゴロと不吉な音が聞こえた。

「?」

 黒い雲が頭上を覆っている。ついさっきまで晴れていたのに。

「ああ」

 芦田は空を見上げた。

「こちらにもいるんだな」

 直後にドンガラピッシャーンとご近所に雷が落ちる。

「わーっ!」
「わーっ!」
「わーっ!」

 しかも四発連続!同時に、バケツを引っくり返したみたいな夕立が降ってきた。そこに五発目!

「わっ!わっ!」

 慌てふためく俺を見ながらくすくすと芦田が笑う。

「怖がることはないよ。君の上に落ちるはずがないんだから」

「って言われても!わーっ、六発目!」

 何なんだこの雷。集中砲火ってレベルじゃねーぞ。既に空爆だ!

 一方、ケツに火が付いたかのごとく逃げまくる俺を横目に芦田はクールビューティーに腕を組み雨雲を観察している。

「地球の×族は実体を取れないんだね。難儀なことだ」

 芦田は、じゃあね、と手を振った。

「へ?じゃあね、って。まだ来るぅ!」

「これから楽しくなるね」

「ちょ」

「明日から学校で会おう」

「ちょ、ちょ!」

「そして、今度こそ――」

 俺は電信柱にしがみつきながら芦田の背中に向かい叫んだ。

「ちょっと待った!カッコつけて立ち去る前に、この状況をどうにかしてくれ。神様仏様芦田様!」
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