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「流聖の章」

008. シュタタタタタタタタタタ

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「あれ、神、今日は一人?」

 この一か月ですっかりと聞きなれた背後からのその台詞に俺はぎくりと背を震わせた。

 今日は、今日こそは気づかないふりして帰ろうと思ったのに!

 祐樹が呑気に芦田の質問に答える。

「今日はあいつは確実に一人だよ。どうせ彼女にも振られてるし、付き合ってくれるんじゃね?」

 キサマ!よ、余計なことをおおおっ!

 俺はギンと祐樹を睨みつけ、教室のドアを勢いよく開け廊下へ飛び出した。

「神、待てよ」

「……」

 頭の中で戦闘のテーマが鳴り響く。

"あしだ りゅうせい があらわれた!"

『こうげき』
『じゅもん』
『ぼうぎょ』
『どうぐ』
『そうび』
『にげる』

「神?」

"どうしますか?"

『こうげき』
『じゅもん』
『ぼうぎょ』
『どうぐ』
『そうび』
→『にげる』

 武器もゴールドもMPもなく現在HP25(英語の点数)の非力な俺がラスボスレベルのこいつに太刀打ちできるわけがない。

 ここは撤退だ。だが敗北ではない!日本には"逃げるが勝ち"と言う諺もある!
 
「神、待ってくれよ」

 神が歩調を合わせ着いて来る。

「……」

「俺と帰らない?」

「は?」

「だから俺と」

「やだ」

 お前も俺もおかしいんだよ。何がって言われると困るけど。

「どうして?」

「どうしても!」

 俺は歩く速度を速めた。が、芦田は俺に速度を合わせ笑いながら着いてくる。

 ……もっと速める。やっぱり着いてくる。更に速める。それでも着いて来る。

 ならば走る!全速力だ!

「あ、待ってよ神」

「!?」

 俺は横を向き慄いた。

『しかし、まわりこまれてしまった!』

 思わずムンクになる。

 い、いやぁぁぁ、ぴったり着いて来るぅぅぅ!!

 何で着いて来れるんだこいつ!?俺、百メートル十秒台なんですけど!?

 俺と芦田は廊下で目を丸くする生徒・センセーを次々と追い抜いた。教室前、トイレ前、職員室前、女子更衣室前と校内を風と共に漏れなく駆け巡り、ついに外へと飛び出す。

―― まだ着いて来る!普通の奴なら絶対息が切れているのに。

 芦田は走りながら俺に問い掛ける。

「―― 神」

「な、な、な、何だよ!」

「前から思っていたんだけど、俺のこと避けていたりする?」

「い、いや、避けてるっつーか」

 シュタタタタタタタタタタと走りながらも表情が変わらないイケメンって結構ホラーだなと思いつつ、俺は言葉に詰まった。

  お前の傍にいると居心地が悪い、と言うか息が詰まりそうに苦しくなって心臓がドキドキ、肩が触れ合おうものなら破裂しそうになる――なんて言えるかボケ!

 心臓がドキドキ?破裂しちゃいそう?

 俺はその言葉を反芻し、ぴたりと校門の前で立ち止まった。

「神?」

 祐樹の、それって恋じゃないの?と言う台詞が脳裏をよぎる。

「ウソだ! 俺は信じないぞ!」

 俺は勢いよく首を振った。

 違う、断じて違うぞ!それだけは違うと断言できる!だって今でも一番好みのタイプは細身の巨乳だ!

 俺は覚悟を決め、真正面から芦田を見上げた。

「神?」

「いいか、俺はお前を避けてなんてない!」

 そう、そんなこと絶対にあるものか!

「本当に?」

「本当だ!」

 芦田はにっこりと笑った。

「だったら良かった」

 前髪を掻き揚げ眼鏡を外し俺を見る。

「じゃあ一緒に帰ろう。俺を避ける理由はないんだろう?」
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