上 下
15 / 56
「流聖の章」

015.見つめられるだけで

しおりを挟む
―― 鬣に覆われ牙を剥いた鋭い顔、炎の色の鱗に覆われた長い胴。

 竜は完全にその姿を露わにすると、ゆっくりと首をもたげ、火と共に凄まじい唸り声を吐き出した。

「う、うわっ!」

 俺は地面に慌てて伏せ頭を抱えた。建築中のビルの鉄筋がビリビリと震える。

「な、何だよあれ!」

 俺の問いに芦田は腕を組み、実にくーるびゅーてぃーに答えた。

「あれは竜だ」

 って、そんなことは見れば分かる!

「俺が聞きたいのは何でゴジラ以外の巨大爬虫類がニッポンにいるんだってことだよ!」

 芦田の目が俺に向けられる。

「……」

「……」

 おい、その沈黙は何だ。

 ま、まさか。

「まさか、俺のせい?」
 
 竜は空中で身体を大きくくねらせ、その二つの燃え盛る赤い目を俺に向けた。

 え、待って、そんな目で見つめちゃいやん★

 だが願いも虚しく竜は再び天に轟く咆哮を上げたかと思うと、周囲の雲を蹴散らしながら俺めがけてマッハの速度で飛んで来る。

 わーっ!勘弁してくれっ! 俺は地震・かーちゃん・火事・爬虫類の四つがとにかく苦手なんだよ!

 かーちゃん以外の三つが仲良く勢ぞろいってこれって一体何の罰ゲーム?

 しかも逃げようにもコッカイに阻まれてこれ以上動けない。強い水の流れが俺を取り囲んでいて、殴ろうが蹴ろうがそこから出ることができないのだ。

「えいっ!とりゃっ!出せっ!」

「―― 神」

「今、取り込み中!」

 芦田は手を伸ばし、水の壁に微かに触れた。

「この中にいれば安全だ。その結界を解くには君と水龍を従わせなければならない。だが、それは奴には不可能だろう」

「へ?」

「そこでしばらく大人しくしていてくれ」

「おい、芦田!」

「二度と一人では死なせない。君は、必ず俺が守る」

 芦田は赤い稲妻となって突っ込んでくる竜と俺との間に立った。

「止めろっ!芦田っ、早く逃げろっ!頼むからっ!」

 俺は必死に水の壁を叩いた。だけど芦田は一歩も動かない。

 焼け付くような熱風と共に間近にまで迫った竜が大きな口を開ける。俺はその喉の奥に、今にも吐き出されようとする炎の塊を見た。

―― ダメだ、やられるっ!
 

 ところが次に来るはずの衝撃は、何秒経ってもやっては来なかった。雷も地震も収まり、今度は怖いくらいに辺りが静まり返っている。

「……芦田?」

 俺は恐る恐る目を開け、そして視界に飛び込んできた信じられないシーンに息を飲んだ。

「う、そだろぉ……?」

――芦田が右腕を伸ばし、その掌を竜の鼻先に突き付けていた。

 一方竜は何かに射竦められたかのように口を閉じ、ぴたりと動きを止めている。芦田は腕一本で完全に竜を抑えていた。

「竜王の御前だ。その獣の姿を控えろ」

 芦田は今まで聞いたこともないような冷たく、厳しい声で竜に告げた。

「貴様の主を礼すら弁えぬ臣を持つ愚か者よと嘲われたいか」

「……」

 竜は一瞬にぃっと笑った―― ように見えた。ゆっくりと頭を引く。

(相変わらずの堅物だな。融通が利かん)

「?」

 俺は辺りをキョロキョロと見渡した。

 何だ、今の声、どこから聞こえた?

(俺もお前のそういうところが気に入っていたんだが)

 違う。これは声じゃない。音じゃない。頭に直接言葉が流れ込んで来ている。

 まさか、あの竜から?

(まあ、俺は俺だ。客は客らしくそちらの礼儀に従うことにするさ)

 竜の身体が赤く強く光る。

「え」

 その輪郭が曖昧になったかと思うと、瞬く間に大きさを、形を変える。

「ええっ」

 俺はまたもや叫んだ。

「ちょ、ちょっと待て―っ!?」

 数秒後その場に立っていたのは竜でもなんでもなく、逆立った赤い髪に吊り上った赤い目に、奇妙に裾の長いファンタジーな赤い服の、紛れもない人間の姿をした全身赤ずくめの男だった。
しおりを挟む