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「流聖の章」

017.竜魂継承の儀

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 俺は思わず叫んだ。

「え、嘘。やっぱり芦田!?」

 何その劇的ビフォ―アフター!?

「まだ明かすつもりはなかったのですが」

 銀の男は顔を落とした。

「さぞ驚かれたことでしょう。ご無礼をお詫び申し上げます」

「そーいう問題じゃなくて、と言うか、何でいきなり低姿勢!?」

 怖い、怖いッスよ!逆に怖いッス!いつもがいつもなだけに!

「申し訳ございません……」

「いや、だからさ!」

 男は再び顔を上げ、俺の目を見た。

 その、青い目。

 ずきん、と頭が痛んだ。

「大河様?」

―― 海のように深く青い目。

 俺はこの目を、知っている。見たことがある。だって、その瞳の色は、"俺と同じだ"

「痛っ!」

 次の瞬間に襲ってきた、初めとは比べ物にならない激痛に俺は頭を抱えた。たまらず地面に転がる。

「う、わあっ!」

「大河様!?」

「こっち、来んな!」 

 思い出せと感情が告げる。同時に、思い出すなと理性が告げる。その二つの強い力が絡み合ってギリギリと俺の頭を締め付けている。

「止、め、ろっ……!」

 きつく閉じた瞼の奥が痛みと青に染まる。意識が俺自身から歪められ、形を変え、記憶の彼方へと追いやられて行く。

 近く遠い、懐かしいあの日々へと――。



 あれはいつのことだっただろう。

 そうだ、あいつの、流聖の出身が公になった、しばらく後のことだ。部下に後を託し、夜、密かに宮殿を去ろうとしたところを、俺が見咎め引き止めたのだった。

 暗い玉座の間の中で、王と側近として向かい合う。この時、俺は跪く流聖を見詰めながら、こうして二人きりで何かを話すのは久しぶりだな、と考えていた。

『では、お前は、あの一族の生き残りだったのか』

 俺の言葉に流聖は一層深く頭を下げた。肩から長い銀の髪が零れ落ちる。瞳も髪と同じ銀色であり、その色とは言えない色は、隠し切ることのできない被差別階級の証だった。

『私はご覧のように竜としての力も色も無く、今や獣の姿を持つだけの、無力な人間に過ぎません。陛下に士官出来る身分などではなかったのです』

 床に着いたその右拳は確かに震えている。悔しいのだろう、と俺は感じた

『どうぞ解任を。このままでは陛下の立場を悪くするばかりです』

『……』

『陛下?』

『では、お前はあの時の子供だったのだな』

 俺は玉座から立ち上がり、流聖の前に跪いた。その髪を一筋掬う。

『すまなかったな』

 流聖は俺の言葉に驚き、髪の色と同じ銀色の双眸を俺に向けた。鏡のように澄んだ目の中に、「俺」が映っていた。

 肩に手を置く。

『あんな阿呆どもの言うことなど気にするな。第一よく考えてみろ。お前がいなくなり困るのはあいつらだぞ?』

『ですが!』

『前々から思ってきたんだがな、お前に足りないのは、お前自身を誇りに思うことだ。血や色など気にするな。お前はお前の意志で、そこまで強くなったのだろう?』

 流聖は俺の言葉に目を見開いた。

『俺はもう何年竜界を見て来たか分からんが、お前ほど努力を惜しまぬ竜はいなかったぞ?もちろん人間にもいなかった。生命としての本性など、どの種族も大して変わらんと言うことだ。どう生まれついたかどうかだけで全てが決められるこの世界の掟の方が奇妙なのさ。流聖―― お前には、俺などよりよほどこの世に存在する価値がある。俺の言葉が信じられぬと言うのなら、俺自身を信じろ』

 俺は立ち上がり、手に馴染んだ愛刀を抜いた。

『俺は力はそれに相応しい者に与えられるべきだと思っていた』

『一体、何を』

 剣を流聖の肩に当てる。

『これより継承の儀を執り行う』

 剣が竜王の魂の欠片を宿し、金と青の波動を纏い輝き始める。

 継承の儀――竜王が共に並び立つ者として認め、その魂の欠片を削り取り与える儀式。それは竜王の強大な力の一部と寿命だけではなく、輪廻を越えても途切れぬ魂の絆を竜王を結ぶことでもある。

 竜界の生命にとっては名誉であり僥倖であり奇跡のたまもの――この竜界の唯一の神であり支配者でもある、竜王と魂の双子となる儀式と言って良かった。

 俺はこの竜界に生れ落ち数億年、他の誰にもこれをやろうと思ったことはなかった。

『陛下!?』

 流聖が儀式が何であるのかに気づき目を見開き俺の名を呼ぶ。

 その間にも光は次第に膨張し、玉座の間を超え、やがて宮殿全体を包み込んで行った。

『お前には、その資格がある。受け取れ、流聖』

 心臓を、血液を、手を、剣を通し強大な力が流し込まれて行く。

『……っ!』

『お前の名は流れを聖める者だ―― その名の通り左に時の流れ、右に水の流れを総べる長たる称号をやろう。そしてその魂魄に新たなる竜族としての証を刻み込もう』

 俺は黄金色の光の中で、これから流聖の一部となる欠片に命じた。

 この者を永遠に守護し、その魂が二度と孤独と悲しみに苛まれることがないように、と。
 
 二つの魂が流聖の中で完全に融合するのを見届け、俺は剣を引き腰に収める。

『しばらくは慣れぬこともあろうが、お前のことだ。すぐに使いこなせるようになるだろう』

 流聖は茫然と自分の左手を見た。そこからは青と銀の光の粒が次々と溢れ出し、零れ落ちている。

 流聖は声を震わせて俺を見上げた。

『何故、何故私ごときにこのような……』

『俺がそうしたいと思った。それだけでは不十分か?』

 俺は踵を返し、再びどかりと玉座に腰を降ろした。

『まぁ、これでお前が俺の元を去る理由は無くなったと言うわけだ?』

 にんまりと笑う。

『実はなぁ、最近西の端にいい遊郭が出来てな。そこにカワイ子ちゃんが勢ぞろいで是非遊びに行きたいのだ。と言うわけで、その間の代理を頼むぞ』

『……』

 流聖のあっけにとられた表情を見ているうちに、笑いが込み上げて来た。

『目の色は俺と同じ色になったが、それくらいは文句を言うなよ。前の銀と銀も良かったが、その銀と青の組み合わせも悪くないぞ?』
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