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「流聖の章」

022.爬虫類アレルギー

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 暴風と天候が完全に落ち着くのを待って、流聖はゆっくりと地上に降り立った。念入りに安全を確認し俺を地面に下す。

 辺りは風で滅茶苦茶になってはいるが、男女の違いもお構いなく、服を奪い合うご一行様を見る限り、人間はみんな無事みたいだった。

「っとと」

 俺は足元を整え流聖を見上げた。

「流聖、傷大丈夫か?」

 流聖はゆっくりと顔を俺に向けた。その青い瞳が曇る。

(大河様、お顔が)

「?」

 俺は額をごしごしとこすった。シャツの袖に微かな泥が付く。

「うん?ああ、さっきコケた時のか。こんなの怪我じゃねーよ。お前こそ平気か?」

 赤い竜に噛み付かれた背中から血が滲んでいてすごく痛そうだ。おまけにあんなに輝いていた銀色の鱗のあちこちが焦げ付いている。

「これ、火傷だよな。治るのか?悪い。俺治し方とかまでは分からなくて」

(……)

「流聖?」

 流聖はグルルと小さく鳴いて俺の顔についた泥を舐め取った。

「うわっ」

 ひんやりとしたその大きな舌の感触が気持ちがいい。

「おい、もうやめろって。くすぐったいよ」

 それにしてもこんなでっかい動物を間近で見るのは初めてだ。俺は恐る恐る手を伸ばし、銀色の口元を撫でた。

 すると流聖はうっとりと目を閉じ胸に鼻を擦り付けて来る。

「よーしよし、って犬じゃないよなって……ん?」

 俺は違和感を覚え肩をぼりぼりと掻いた。

(何か背中かゆいぞ?)

 しかも、並みの痒さじゃない。

 俺はその時まで異常事態の連続に感覚がマヒしすっかり忘れていたのである。

(腹も痒い、腕も痒い、足も……痒い!?)

 そう、俺はガキの頃から爬虫類にアレルギーがあり大の苦手だったということに!

(大河様?)

「あーっ!そう言えばそうだった!」

 そして、それを思い出した途端、俺の全身にぼぼぼぼぼぼっと―― 蕁麻疹が出た。


 
「……爬虫類アレルギー?」

「わ、わ、わ、わ、悪かった!」

 沈没寸前の太陽に背を向け、腕を組み哀愁を漂わせる流聖に向かい、俺はひたすらコメツキバッタのごとく謝った。流聖は現在あのどでかい竜から、銀髪の竜人姿に戻っている。

 しかしこの安心感はナンナンデスカ。この銀髪姿にまで低姿勢に出られるより、低姿勢でいる方が気が楽って、俺はまさかどMだったのか?

「お前だけにじゃないんだ!ヘビもトカゲも全部苦手なんだけど、見てくれが嫌いってわけじゃない。とにかくかゆくなるだけだ!そうやって人型に戻ってくれるんならOK!」

「……」

「流聖?」

 よく見ると、流聖の背中は小刻みに震えていた。

「あなたと言う方の根本は、今も昔もお変わりがない」

 堪え切れないと言った風に楽しそうに笑い始める。

「昔、大河様の前世である 沙迦羅(さがら)様にお会いした時には、これほどの王に敵うはずがあるまいと絶望したのに、 沙迦羅様と言う一人の個性を知った後には、これほど憎めず愛すべき王は、決して他にいまいと思ったものです。大河様、あなたも全くその通りだ」

 流聖は振り返り、俺に手を差し伸べた。

「どうぞ、お手を」

「あん? 手? なんで?」

 言われるままに右手を差し出す。

「ここでは人目に付き話もできないからです」

 流聖は俺の手を取り唇を押し当てた。一瞬、触れ合った部分が熱くなる。

「これで問題はありません」

 流聖は再び竜へと姿を変えた。驚く俺にお構いなくひょいと首筋を口に咥え、軽々と背中に乗せてしまう。

「わわっ!」

 銀色の鬣にぽすりと放り込まれた俺は、その感触が思っていたより柔らかいことに驚いた。

(鬣の中にいてください)

「ちょ、ちょっと待て。俺アレルギー!」

(先ほど陛下の御身に術を施しました。一時ならば影響はございません)

「でも、これじゃ街の人にお前が見付かって大騒ぎになる!」

 流聖はゆっくりと首を振った。

(ご安心を。我らのこの姿はこちらの人間の目には見えません。先ほどの戦いもちょっとした天変地異、くらいに思われているでしょうね)

「……ホンマに?」

(ホンマにです)

 タン、と軽い音を立て空へと飛び立つ。

「うわっ……」

 ぐんぐんとビルが、街が、すごい勢いで遠くなって行く。少し手を伸ばせば、赤紫に染まった雲にも手が届きそうだ。

 ある程度の高さに来たところで、流聖は身体の向きを水平に変えた。今度は灯り始めた地上のネオンの明かりがきらきらと輝いて見える。

「すげえ……」

 この世界は何てきれいなんだろう。

「お前、いつもこんな景色を見ていたのか?」

(ええ。我らが竜界の空も美しいですが、こちらの地上の星々も捨てがたいですね)

 俺は鬣の中に顔を埋め目を閉じた。

「うん、俺も今同じことを思った」

 こうしてこいつと一緒に風に身を任せているとどこまでも行けそうだ。

――それも悪くないかもしれない。

「これからどこに行くつもりなんだ?」

 銀色の鬣をわしゃわしゃと掻きまわしながら尋ねる。

(陛下の望む場所であればどこへでも参ります)

「そうだな……。だったら」

 俺は顔を上げた。

「じゃあ、あそこが……学校の屋上がいい」
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