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「流聖の章」

025.それでも地球は回っている

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 雨が降ろうと男に迫られようとドラゴンと遭遇しようと、地球は勝手にジテンし朝が来て、結局人は飯を食って学校へ行って寝るしかないのだ――なんてことを実感するのは、高校生じゃまだ早い気がすると思うのは俺だけだろうか。そしてこの世界は、人界は、どんな異常事態にもあっさり対処できてしまうものなのだと言うことも今朝知ってしまった……。

『先日都内の上空に現れた亀裂のようなものですが、これは一体何でしょうね森田さん』

『これはおそらく界雷でして時々ある現象なんですよ。雷の一種であり、横に走ることで亀裂のように見えるわけですが――』

 朝のニュースを報道するテレビ画面には、昨日の夕方の西の空がばっちりと映っている。だけど、そこに二頭の竜の姿はどこにも無かった。

「ホンマにあいつらはカメラにも映らないのか」

 俺は箸を片手に呆然と呟いた。おまけにあの亀裂もわけのわからん解説をされている。

 流聖がこっちの人間は理解できない現象を理解できる屁理屈で無理にでも説明するという性質があるから、今回記憶操作をする必要は一切ないとは言っていたがこう言うことだったのか。

 う~む、人界の人間が竜王なんかがなくても立派にやっていける理由が分かってきたぞ。つまりはとくにでっかい存在に心を預けなくても、自分なりに工夫して状況を受け入れて、臨機応変に生きていくのが上手いんだろう。竜王よりもそっちのほうがすごいんじゃね?と思うのは俺だけだろうか。

 と、突然目の前に焼き魚と味噌汁をバンバン!と並べられる。

「大河!何ぼーっとしてんの!早く食べちゃいなさい!」

 そしてかーちゃんがグリグリと俺の頭を後ろから肘で小突いた。

「あんた今日ゴハンも味噌汁もまだ二杯目じゃない。具合でも悪いの?」

「いや全然」

 かーちゃんは更に山盛りにメシを持った茶碗をどかんと置いた。

「あっはっは!そうよね!バカは風邪引かないって言うものねえ。一瞬でも心配したあたしがバカだったわ!まあ、バカの子はバカってね!あら、そう言えば留美はもう起きたの?」

「いや、まだ――」

「やだーっ!遅れるぅっ!」

 階段からドカン・ドゴンと何かが派手に転げ落ちる音が響いた。

「きゃーっ!いったーい!」

 次にバン、とダイニングのドアが勢いよく開けられる。

「おっはよー!かーさん、トーストあるっ!?あった!って、大河っ!?」

「な、何だよ!?」

 姉貴は俺に駆け寄り両手で顔を挟んで悲鳴を上げた。

「あんたあんだけ気をつけなさいって言ってるのにまた顔怪我したわね!」

「俺んなモンどうでもいいし」

「あんたが良くてもあたしがヤなのっ!」

 俺の額にバチンとカットバンを張り付ける。

「いててっ!」

「ん、よしよしっ!これでOK♪んー、可愛い可愛い♪んーっちゅっ♪」

「わーっ!何すんだ!それと、可愛い言うな!」

「いいじゃない。可愛いものを可愛いって言って何が悪いのよぅ?」

 俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で回笑顔を見せる。

「きゃあああっ!講義間に合わなーい!大河、これもらうわよ!」

 姉貴は俺の納豆を奪うが早いか焼きあがったトーストにそれを素早くサンドしてカバンに放り込んだ。

「行ってきまーす!」

「あ、ちょっと流水!定期忘れてるわよ!」

「え、やだ、嘘っ!かーさん投げてよおっ!」

 ……ふははは、今朝も何でアメリカで昔竜巻に女の名前が付けられていたのかよく分かる嵐のひと時だったぜ。

 そりゃ姉貴は確かにあの通り気が強くて慌てっぽくて味覚音痴だ!でも、納豆トーストさえ食わなけりゃ、美人で気取りがなくていい女なのになあ? 前彼氏に振られたって泣いて、俺に晩酌させた(……)けど、姉貴を振る男はバカだと思う。
 
 本当に、いつもと全く変わらない朝だ。だけど、どうしてだろう。あれだけ毎日うざったくて、でも嫌いじゃなかった遣り取りが、今日は何だかすごく嬉しいのは。
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