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「流聖の章」

026.断じてイチャイチャではない!

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 その日も朝から雨がばんばん降っていた。俺はスニーカーの紐を固く結び直す。

「大河、傘は?」

「このまま走ってく。んじゃ、行ってきまーす!」

 昨日のごたごたで結局チャリを駅に取りに行けずに今日は走りでのシュッキンだ。早く学校にたどり着くよう軽く速度を上げながら空を見上げる。

 昨日も今日も同じ天気だけど、一つだけ変わったことがある。

(――陛下、今日もお供してよろしいですか?)

 これは雨雲の龍の声。

「いいけど、小雨にしてくれよな」

(陛下、せっかくのお肌が乾燥していますわ?わたくしがしっとりにして差し上げましてよ?)

「い、いや、俺はいい。かーちゃんにしてやって」

 これは大気の水分に宿る精霊の声だ。そう、俺は水に宿る竜その他もろもろの声が聞こえるカラダになってしまったのだ!

 今度は道の脇を流れる川から声が聞こえる。

(陛下、おはようございます。先日はお役にたてたでしょうか?)

「おわっ!お前こんなところにまで来てたのか!」

 昨日コッカイを張ってくれた水龍だった。

(ええ、我々人界の水龍族は一族の支配する水のある場所にならどこへでも行けます。ようやく我々の声を聴いて下さり嬉しい限りです。以前はいくら呼びかけてもそれはそれは気持ちよさそーに湯浴みをされるばかりでしたから)

 俺はその場に立ち止った。ユアミ?ユアミって風呂のことだよな?……おい待て。風呂だと!?

「ちょ、お前まさか」

 水龍はころころと(?)嬉しそうに笑った。

(はい、私はこの日の本の都の水を宿体とおります。近年は水道が隅々にまで張り巡らされたおかげでどこへでも行けるようになりました。交通網が整備されてるっていいですね~)

 そうか、水道水か。だったら、俺のことをよく知っていて当たり前――って待て。
 水道水ってことはトイレもか?

「……」

 こ、これ以上深く考えるのは辞めておこう。考えたが最後、風呂にもトイレにも行けなくなってしまう。

「あ、あんがと。無茶苦茶助かったよ。お前のおかげで何とかなったしな」

(それは嬉しい限りでございます。ところで陛下、姉君のしゃんぷーを使うのはそろそろお止めになっては?バレたらコトでございますよ。あれ一本四千円近くするんですから。それからトイレから出られる際には例え小でも忘れずに水を――)

「よっ、余計なお世話だーっ!」

 俺はその場からダッシュで駆け出した。

 そんな俺の横を今日もまた嫌味にも「奴」の乗ったお抱え運転手付きの外車がピタリと張り付いてくる。馬鹿野郎。危ねぇじゃねぇか。事故ったらお前の責任だぞ。分かってんのかよ。

 そう毒づきながらようやく坂道を乗り越え交差点に辿り着き一息ついていると、外車の窓がするすると窓が開けられ、黒髪眼鏡の「奴」が顔を出した。

「神、今日は歩きなんだね?」

「ああ、そうだよ!」

 一体誰のせいだと思っているんだぁぁぁ!いや、半分は俺のせいなんスけどね。苦っ!

「ふうん。じゃあ、仕方ない。俺の車に乗せてもいいよ?」

「……」

 その言葉に俺はピタリとその場に立ち止った。

 おい、昨日のあの過剰なまでの低姿勢はどこへ行った?

「この姿が結構気に入っているんだよね。学校も楽しいから、当分このままでいようかと思っているんだ」

 な、何だってぇ!?

「だったらこっちの方が自然だろ?俺たちは友達で、同級生なんだからさ」

「そ、そりゃそうだけど」

「だから遠慮なく乗りなよ」

「うっ……」

 理由付けが妙に強引だと思うのは俺だけか?

「信号が変わってしまう。ほら――」

 流聖はドアを開け俺を強引に車の中へ引きずり込んだ。

「うわっ!」

 同時に信号が変わり車が発車する。

「おい、何すんだって、う、うわっ!」

 流聖は俺の頭を膝の上に転がすと、眼鏡を外し、その額を俺の額に押し当てた。

「……傍にいるって言ったろ?」

 流聖は俺の目を見詰めた。

「ってそう言う意味じゃ!」

「俺はそう言う意味だったんだけどな?」

「いや、どう言う意味だ!?」

「俺と君に言葉なんかいらないはずだろ?」

「!?!?」

 おい、今目の前にいるのは一体どっちだ!?芦田か、それとも流聖か!?どっちでもいいけど何で顔を傾けて……。

「大河……」

――え?

 俺は一瞬何が起きたのか分からず目を見開いた。あの銀色の竜と同じ、ひんやりとした感触。喉元に送り込まれるそれとは反対の熱い吐息。すぐ近くにある閉じられた瞼。

「……」

 そして、理解した時にはもう流聖は唇を離していた。

「~~~~っ!」

「……もしかして"君"は初めてだった?先代は女性にもてまくっていたんだけどな」

 芦田は、いや、流聖は俺の頬に手を添えくすくすと笑った。

「ち、違うっ!」

「ふーん。本当かな?嘘は良くないとと思うよ」

「はっ、離せっ!」

「じゃあもう一度確かめさせてもらおうかな。まだ、学校まで着くにはしばらく時間があるからね。いいや、今日は車も遠回りにしてもらおうか」

「おい、待て、何するつもりだよっ!?」

「それは秘密」

「って、わーっ!」

 流聖の腕の中にがっちりとホールドされながら、まあ、仕方ないか、と俺は思った。

―― だってこいつが悲しんでいるより苦しんでいるより、こうやって心から笑っていてくれた方が絶対にいい。


「流聖の章」終
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