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「昴貴の章」

002.自慢の逸品()

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……頭が痛いが私はどこにいるのだろう?

 辺りは一面の闇であり、一筋の光も見えない。だが、誰かの声がする。私はその声に向かい歩き始めた。

「ううっ、このまま目を覚まさなかったら俺も共犯者だな。お前と仲良く一緒にムショ行きだ」

「一緒ならいいだろ?」

「良かないわ!やっぱり救急車呼んだ方がいいかな」

 喉に強烈な渇きを覚える。その渇きは飢えにも似ており、水だけでは到底潤せそうにはない。

(ホシイ)

(ホシイ)

(ホシイ)

 渇望が私の心身を支配する。

 だが、私は一体何を欲しているのだ?それが分からない。分からないまま歩き続ける。

「どこにも怪我はないし、血液の流れが滞っている個所もない。そのうち目を覚ますだろうから、このまま帰らない?」

「流聖、お前は鬼か!あ、そうだ。さっき買ったポカリ、」

「!?」

 突然額に冷たいものを押し当てられる。同時に、私は闇の中から強い力で引き揚げられた。

「……?」

 私はゆっくりと目を開けた。そして一人の少女がこちらを不安げに見守っていることに驚く。

 一体何があったんだ?私は何故横になっているのだろう?

 F社との会議が終わり、ビルを出たところまでは覚えているのだが。

「ここは?」

「お、起きたぞ!」

 彼女は私の額から手を下ろした。どうやらスポーツドリンクで頭を冷やしていてくれたらしい。ショートカットのなかなか可愛い少女だ。

「あー!良かった!いや、一瞬死んだかと思ったぜ」

 声が少々低いがそれも悪くない。

「気分悪いだろ。これ飲めよ」

 スポーツドリンクを差し出す。女性にしては言葉遣いが悪いとは思いつつも、私はありがたくそれを受け取った。

「にーちゃん、大丈夫か?」

 彼女はにっこりと笑った。

 その屈託のない表情に見とれてしまう。日焼けした気取りのない笑顔がいい。今時こう言う子はあまりいない。社では化粧の匂いのする女ばかりだ。

……それにしても隣にいるこの男は恋人だろうか?彼女の傍にごく自然に寄り添っている。

 私は胸を抑えた。

 何だ?この苛立ちは。

 起き上がり景色を見渡す。行き交う人々の様子から察するに、どうやら駅前の広場の片隅ようだ。私はそのベンチに寝かされていた。

 座り直し体勢を整え、スポーツドリンクの蓋を開ける。

「頭が痛むのだが何があったのだろうか?駅へ向かった所までは覚えているんだが」

 そこから先の記憶が完全に抜け落ちている。

「……」

「……」

 彼女と男は顔を見合わせた。男が実に社交的な笑顔を見せる。

「実は、道路上で熱中症で倒れたんですよ。救急車を呼ぼうと思っていたところだったんです」

「そ、そう!突然道で倒れた時はびっくりしたよ!」

 男は携帯電話を差し出した。

「?これは?」

「先ほどこちらの携帯に貴方の勤務先から連絡があり、安否について尋ねていましたので、状況を詳しく伝えておきました」

「そうか。ありがとう。迷惑をかけたね」

 私は携帯電話を受け取った。

「滅相もない」

 男は制服から察するに高校生なのだろうが、妙に大人びた雰囲気を湛えていた。対応も大人と変わりがない。……おまけにこの私と比較してもかなりいい男である。

―― 気に入らない。

「そうか。それは済まなかった。何か礼をしなければならないね」

 私は今度は男の隣に立つ彼女を見上げた。心臓が大きく弾む。

(ホシイ)

 何故だろう。目を離すことができない。いいや、ひと時も離したくない。

 その髪も、その瞳も、その唇も、その仕草も、これほど私を引き付けた存在が今までにあっただろうか?

(ホシイ)

 抑えることのできない欲望と衝動が胸の奥底から込み上げて来る。

(ホシイ)

 彼女が、どうしても欲しい。だが、彼女を手に入れるためには、この男を排除する必要がある。

 私は探りを入れた。

「君たちはデートの途中だったのかい?なら、改めて詫びを入れる必要があるのだが」

「……」

「……」

 二人は再び顔を見合わせた。

「はっはっはっは!」

 少女が空を仰ぎ大きく笑い始める。

「き、君?」

「にーちゃん、アタマ打って中身までおかしくなったか?」

 彼女は笑いながらその華奢な首を指差した。

……。

 女性であればあってはならないものをそこに見つける。

(喉仏?)

 私は思わず彼女の、いや、彼の顔を見上げた。

 と言うことは。

 少年は怨念のこもった瞳で私を睨み付けた。

「はっはっはっは、完璧に間違えた奴は久しぶりだぜ。小学校以来か?この制服で何をどうやればそう見えるんだ。おいぃい!?」

 少年はベルトに手を掛けた。

「じ、神!?」

「こうなったら脱いで見せてやる!よーくその目に焼き付けておけ! 立派なモンだぞ!? 結構自信があるんだからな!!」

「神、神、やめろ! 落ち着くんだ! 公然わいせつ罪で逮捕される!!」
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