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「昴貴の章」

004.ストーカーです

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 その三週間後サウジアラビアから帰国した私は、自宅で寛ぎながら、神大河に関する調査報告書を読んでいた。

 神大河十七歳。八王子高校二年生。東京都郊外に在住。フリーカメラマンの父親と法律事務所事務員の母親、女子大生の姉。

 調査報告書にある彼の情報に特に目ぼしいものはなかった。

 成績は総合的には中の下。運動は得意らしいが、その時々にやりたい競技を楽しんでおり、特に記録を残す意志はないようである。つまりはどこにでもいる今時の高校生だと言うことだ。

――問題は別の点にある。

 一週間の神大河の行動を撮影した写真を見る。

「……」

 あれも、これも、それも、彼一人の写真が殆どない。

……あの男はストーカーか?

 現在高校は夏季休暇に入っているようだが、サッカー部の練習のための通学から帰宅、挙句は週末まで片時も離れぬとばかりに傍にいる。

 あの時は二人はクラスメートだとお互いを紹介していたが、とてもそれだけとは思えない。

 一体どのような関係なんだ?

 私は書類から顔を上げた。いいや、必ずどこかに隙があるはずだ。あるいは、隙が無ければ隙を作るまでだ。


 その日の東京は中東から帰国したばかりの私が思わず唸るほどの猛暑だった。エアコンの出力を最大にし、車を八王子高校校庭の脇に寄せる。

「じーん、ボールそっち行ったぞー」

「うぉっしゃー!」

「今度こそ入れてくれよ―!」

「まかしとけって!」

 調査報告書通りにサッカー部が練習試合をしている。

 この暑さの中でも彼は人一倍よく笑い、グラウンドを元気に駆け回っていた。そして休憩となるたびに見学に来ている友人に話しかけているのだが、その中にやはりあの男がいた。時折親しげに会話を交わし、実に楽しそうにじゃれ合っている。

 一体何を話しているのだろうか?それ以前に高校生相手に何を嫉妬しているのだろう? 第一、これではこちらがストーカーではないか。

 私はサングラスを外した。フロントガラス越しに空を見ると、その青はこちらの心情とは裏腹に腹が立つほどに澄み渡っている。

 私は無意識のうちに毒付いた。

「全く、たまには雨の1つでも降ったらどうなんだ?」

 苛立たしい思いを持て余しながら再びサングラスをかける。

 今日はひとまず帰ることにしよう。一度冷静になる必要がある。

「おい、何だあれ?」

 エンジンがかかるのと同時に、メンバーの一人が声を上げた。

 何事かと目を向けるとサッカー部全員が空を見上げている。私は彼らの視線を追い、そして黒い雨雲が空を覆っていることに驚いた。

「今日雨だって聞いてたか?」

「いや、全然?つーか、何で学校の上だけ……うわっ!」

 激しい夕立が校庭に降り注ぐ。メンバーたちは一斉に屋根のある場所へと飛び込んだ。

「今日はやめ!試合中止!」

「えーっ!?」

「だって無理だろ!これじゃグラウンド使えねーよ!神!何やってんだ!」

(神?)

 グラウンドを見ると、彼は一人青ざめた表情でその中央に立ち尽くていた。

「え、何で?俺何にも願ってないし、言ってもいないぞ」

「おい、神!早く中入れよ!」

「い、いや、ちょっと待っ……」

「キャプテン命令!今日はこれで終わり!さっさと帰れ!」

「流聖っ!」

 試合の終了と解散の合図が終わるが早いか、彼はあの男に向かいまっすぐに駆けていった。胸倉を掴み耳打ちをする。さすがに話はここまでは聞こえないが、相当興奮していることは確かだった。

 奴が落ち着けと言わんばかりに彼の肩に手を置く。そして空を見上げ大きく頷くと、踵を返し校舎内へと姿を消した。

 どうしたと言うのだろうか?

 残された彼はしばらくの間空を睨んでいたが、再び雨の降りしきるグラウンドに出ると、瞼を閉じ右手を空に翳し何かを呟いた。

「?」

 私は思わずその手の先にある空を見上げ、そして目を疑った。つい先ほどまであった黒雲が、見る間に中央から姿を消していく。再び青い空が広がるのを見て、馬鹿なと思わず首を振った。

 このようなことがあるはずがない。

 私は動揺するままに車を発車した。
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