上 下
36 / 56
「昴貴の章」

010.新宿での再会

しおりを挟む
 教えられた連絡先にメールを送った後も、私はそれほど期待してはいなかった。深夜である。腑抜けた男の戯言を聞きにわざわざやって来るほど高校生は暇ではない。

――だからものの数分で"了解!"の返信があり、直後に居場所を尋ねる電話があった時には、呼び出したのが自分でありながら、今時の十代はどうなっているのだと呆然と呟いてしまったのだった。

 歩道橋に私の姿を見つけ、神君は笑顔で大きく手を振った。

「にーちゃん、久しぶり!新宿で良かったぜ!」

「……こんな時間にどこで何をしていたんだ?」

「おいおい、それにーちゃんが言うセリフじゃないだろ」

 こちらに駆け寄り膝に手を付き大きく息を吐く。

「芦田君は?」

「ねーちゃん送らせといた。あれで一応女だしな~」

 状況が分からず首を傾げる私に神君は自分の頭を叩いた。

「姉貴がイケメンに告白玉砕して、例によって付き合わされてました☆」

「付き合された?」

 よく見ると、顔が赤い。

――まさか。

「君はまだ高校生だろう!芦田君は何をしていたんだ!」

「りゅうせい?りゅうせいもねーちゃんには敵わねぇ……」

 神君は目を泳がせた。

「それより場所変えないか?ここじゃ暗くてにーちゃんの顔もよく見えない。俺、どんな奴とも顔を見て話したいんだ。じゃないと分かることも分からない」



 私は道の途中で買ったミネラルウォーターを神君に差し出した。

「ここで良かっただろうか?」

 ビル街の谷間にある公園の一角、その中央にある滝を象った噴水の淵に今私たちはいる。

「うん、ありがと」

 神君は笑顔を浮かべそれを受け取った。だが、まだ大分苦しいようだ。アルコールにそれほど強い体質ではないのだろう。口にしたのはビールをグラスに一杯だと聞いた。私はこのような状況を許した芦田流聖に怒りを感じる。

 一体あの男を何をしているんだ!?

「大丈夫かい?」

「うん。歩いて結構覚めたから、うー……」

「無理しなくてもいいんだよ」

「だいじょぶ」

 神君は笑顔を浮かべ首を振った。自分の隣の石段を叩く。

「それより、ここに座ってよ」

「?」

 言われるままに座る。

「ちょっと肩貸して」

 断る間も承諾する間もなくその数秒後、ことりと肩に羽より軽い重石が乗った。

「あっちぃー……」

「……」

 心臓が早鐘のように鳴る。

「う……ん……」

 その一つ一つの鼓動、一つ一つの吐息に鼓動が跳ね上がる。私は恐る恐る彼の顔を見た。微かに開かれた繊細な唇が熱い呼吸を繰り返している。

「……っ」

――これ以上傍に居ては、理性が保てない。

 私は彼の肩を揺すぶった。

「神君、今日は済まなかった」

「……ん」

「だが、君も具合が悪そうだ。今夜は帰らないか?」

「駄目だ」

 突然、神君が私の腕を掴んだ。

「今日じゃなきゃ、今じゃなきゃ、ダメだ。そうなんだろ?」

「神君……?」

「だって、"これから会えないか"ってにーちゃんは言って、俺は会えるから来た」

 神君は身体を起こした。

「それに」

 私の目を真正面から見る。

「今しかできない話があるから、俺を呼んだんじゃないのか?」

「……」

「にーちゃんの目、そう言っているぞ」

『俺のこの目は千里万里の彼方まで見通す。そこにいるお前の心などお前の目を見れば分かる。万物の生命の望みを知る――俺のこの目はそのためにあるのだ』

「にーちゃん、どうした?」

「あ、ああ、いや」

 私は目を擦った。一瞬、神君に夢のあの黄金の男が重なって見えた。あの男と神君とでは、体格も容姿もまるで異なると言うのに。

 私は目を覆った。なのに、夢の中で焦がれたあの人と、今求めて止まない彼は、まるで同じ目をしている――。

「にーちゃん?」

 私は顔を上げた。

「……神君は今十七歳だったかな」

「うん、そう。にーちゃんは?」

「来月二十八になると言うことになっている。もしかするとも三十を過ぎているかもしれないし、あるいは二十代前半と言うこともあり得るかもしれない」

「……?」

 私は顔を伏せ地面を見た。

「私は十年以上前の記憶が無いんだよ。篠原昴貴と名乗ってはいるが、本来ならどこの馬の骨か分からない。日本人ではないことは確かだろうな」

 堰を一度切ってしまえば、全てを話す躊躇いは失せる。私は拳を握りしめた。

「私は新宿の路地裏に倒れているところを発見されたのだが、その時私は日本語ではない言葉を話していたそうだ」



 外国人行方不明者にも私の名前は見当たらず、病院に身元不明者Kとして収容され数か月が過ぎた頃、病室に医師と共に篠原翁が現れた。

『これが例の若者かね?』

『ええ』

『ふぅむ、確かに見目はいい。非常にいい』

『知能テストも問題はありませんね。それどころか百四十近くあります。日本語もものの一ヶ月でマスターしてしまいました』

 医師はカルテを見ながら説明を続ける。

『所持品は服と先ほどお見せした剣のみです。襟元から騎馬民族出身だと考えられますが、繊維の原料が不明であり地域の特定は困難かと……。人種的にはご覧のようにモンゴロイドとコーカソイド、双方の遺伝子的特性が発見されました。おそらく中国の少数民族出身者ではないかとは思うのですが……』

『ですがとは何があった』

『一部解析できない遺伝情報があるのです。こんな生物は地球上にはありえないはず……。あっていいはずがないんだ』

『ふん、では、何かの間違いだろう』

 篠原翁はベッドに近付き長く伸びた私の髪を手に取った。

『篠原様?』

『これはいらんな。すぐに切れ』

『は?し、しかし……』

『寄付は要らんのか?おい、小僧』

 私は顔を上げた。

『言っていることが分かるか?』

『……?』

『今日からお前は私のものだ。お前には篠原の影となり、同時に明比古の身代わりになってもらうぞ』
しおりを挟む