猫に転生(う)まれて愛でられたいっ!~宮廷魔術師はメイドの下僕~ 

東 万里央(あずま まりお)

文字の大きさ
16 / 66
本編

肉球で押印!?(2)

しおりを挟む
「ニャーッッ!?」

 私は仰天してその場に垂直に飛び上がった。

「ニャッ!? ニャッ!? ニャッ!?」

 どうして猫になっているの!?

 ま、まさか過労とパワハラ、セクハラによるストレスで、ついに幻覚か白日夢を見るようになったのだろうか!? 早く正気に戻らなくちゃ!! でも一体どうやって現実にリターン!?

 私ははたとアトス様の背後にある窓に気づいた。

 書斎は四階で地上までには十分高さがある。夢のパターンとしてピンチや命の危機に陥ると、大体目が覚めるものだと聞いたことがあった。

 そうだ、今すぐ窓から飛び降りよう!! 身投げしよう!! 私は机にひょいと載り、続いてアトス様の肩に移ると、ダイブするつもりで窓めがけてジャンプした……!!

「あ、アイラ、待ちなさい!! そ、そこは……!!」

 ところが、慌てるあまりにすっかり忘れていたのだ。ここにも鉄格子がしっかりと嵌められていたということを。

 ゴッという鈍い音とともに視界にいくつものお星様が飛ぶ。

「あ、アイラ……!!」

 私はずるずると壁を滑り落ちると、仰向けになってその場に伸びたのだった……。



 うっ、うっ、うっ……痛い思いをしたのに、まだ人間に戻っていない。

 私はその後アトス様に別室に連れて行かれ、そこに用意されたベッドに突っ伏して泣いていた。泣くと言っても猫は涙が出ないらしく、ひたすらニャーニャーとやかましく嘆くだけだ。

 アトス様は落ち着くまで待つと言って、私の鼻に湿布を貼ったあとは外へ出ている。そろそろ鳴き疲れたところで扉が叩かれる音がした。

「アイラ、入りますよ」

 アトス様は足を部屋に踏み入れるなり、なぜか「うっ……」と苦し気な声を上げた。何事かと私が顔を上げると少し残念そうな表情になる。

「ごめん寝を再び目にする日が来ようとは……」

 ごめん寝? ごめん寝ってなんなのかしら。猫を飼ったことがないからわからない。

 意味が理解できずに首を傾げていると、アトス様は眼鏡を直しつつ微笑んだ。

「ああ、こちらの話です。気にしないでください」

 私がごめん寝をしていたベッドに腰掛け、腰を屈めて私の目を覗き込む。

「アイラ、今から君に聞きたいことがあります。いいですか。私の、人間の言葉はわかりますか?」

「……?」

 私は戸惑いながらもこくりと頷いた。

「前回の失敗の反省を踏まえて、君にははい、いいえの二択で質問に答えてもらいます。はいの場合には今のように頷くように。いいえの場合には首を振る形で。君を人間の姿に戻すためにも必要なことです」

 えっ!? やっと現実にリターンできるの!? 

 喜び勇んで何度も頭を上げ下げすると、アトス様は人差し指を立てた。

「まず、一つ目。君は自分が猫に変身できると知っていましたか?」

 知っていたらこんなに慌ててはいない。私は「いいえ」と首を振った。

 アトス様は小さく溜息を吐き今度は中指を立てる。

「……そうですか。では、二つ目。君は獣人、その中の猫族の話を聞いたことがありますか? ご両親から教えられたことは?」

 獣人? 猫族? 耳慣れない単語にもう一度首を振る。

「なるほど。獣化した自覚がなかったのか……」

 アトス様は納得したと呟き腕を組んだ。

「アイラ、説明しましょう。君もこれからの生活を考えれば知っておくべきです。獣人は大昔この大陸にいた、魔力の強い、辺境に暮らす少数民族だったと文献にはあります。もともとは人間とさほど変わらなかったそうです」

 獣人の住んでいた地域は、獰猛な獣の多く潜む森や、水のほとんどない砂漠や、ネズミばかりが蔓延る廃墟や、一年のほとんどが氷に閉ざされるような、厳しい環境の土地が多かった。

「結果、彼らは独自の進化を遂げました。みずからの魔力のほぼすべてを使って、現地で最も勢力を誇る動物に変身できるようになったのです。そして、狼族、蜥蜴族、猫族、熊族などが生まれた」

 獣人らは生き延びるために獣に混じって暮らし、獣の本能と習性を身に付けることになった。

「君がこの屋敷で変身してしまったのは、おそらく無意識のうちに、私の魔力を取り込んだからでしょう。私は王宮では魔力を放出しないよう制御していますが、肩がこるため屋敷では特別の配慮をしていません」
 
 そういえば書斎に入った途端に気持ち悪くなった。あれはアトス様の魔力を取り込んでいたからなのか。

 アトス様は「話を戻しましょう」とベッドに手を着いた。

「ところが、三百年ほど前に人間がこの獣人に目を付けます。当時は、大陸に国家が乱立した戦国時代でした。獣人は各国の戦力として取り込まれたのですよ。カレリアもその一国です」

 猫族はスパイに、狼族、蜥蜴族は暗殺者に、熊族は馬代わりの機動力として駆り出された。動物に変身できる能力を利用されたのだ。

「それだけで済めばよかったのですが、ある程度国家が統一され平和な時代が訪れると、今度は愛玩用、性奴隷として重宝されるようになった。特に、猫族の女性は高値で取引されました。……当時の人間は獣人を差別していたのでしょう。猫族ではない場合には、過酷な環境で働かされることが多かったそうです」

 へっ!? 高値で取引って血統書付きの犬猫じゃあるまいし!! それより前にさらっと性奴隷と言っていなかった!?

 アトス様は私の動揺をよそに淡々と語り続ける。

「猫族の女性は容姿がよいだけではなく、性戯に優れ、その体は人の女の柔らかさとメス猫のしなやかさを兼ね備えていたと言います。権力者や金持ちは猫族の女性をこぞって手に入れたがった」

 ところが、カレリアで即位した第三代国王、ニャー……ではなく、ニューリッキ一世が、獣人らの保護と人権獲得に乗り出した。

「ニューリッキ一世は三度のメシより猫が好きだったそうです。猫族の女性らの当時の現状に激怒し、虐待した人間をことごとく逮捕、処罰すると、獣人すべてに人間と同等の権利を与えると法律を改正しました」

 法律まで改正した猫好きパワー……!!

 私はどれだけ好きだったのよとごくりと息を呑んだ。

 アトス様は今度は長い脚を組んで言葉を続ける。

「そうした差別が解消されると、獣人も以降は街で暮らすようになり、結婚相手も人間という場合が増えました。必然的に、獣人らの血と魔力は薄まっていきます。純血の獣人はどんどん減っていった」

 なるほど、なるほどと私はうんうんと頷く。

「ですが、獣人らの子孫の中には、時折先祖返りを起こし、獣に変身できるものが生まれました」

 つまり私はその獣人の子孫の先祖返りというわけね!! だからこうして猫になっているわけね!!――って、早く現実にリターンしなくちゃヤバいわ。いくら幻覚でもリアルすぎるでしょ……。

「そうした場合に備え、獣人の子孫らは、子に獣人の歴史と心得を説いているはずなのですが……。特に、猫族の女性の場合には。あなたはご両親から何か聞いたことはないのですか?」

 私は首を上下に振って「はい」の合図をした。お父さんもお母さんも捨て子で、孤児院育ちだと聞いたことがある。そんな境遇なら知らなくても仕方ないだろう。

 すると、アトス様は眼鏡をきらりと光らせ、「……そうですか」と低く呟いた。

「教えられてもいなければ自覚もない。危険すぎますね……。いまだに猫族の女性を探し求める輩は絶えないというのに」

 アトス様はゆらりと立ち上がり私を見下ろす。私はその迫力に冷や汗を流して後ずさりをした。

 どうして背後に青紫色の炎を背負っているの!?

 アトス様は微笑みを浮かべながら三本目の指を立てる。

「アイラ、最後にもう一つ質問があります。職場でもめたと聞きましたが……まさか、あなたが退職する理由は私ですか?」
しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...