23 / 66
本編
飼い主はあなたです(2)
しおりを挟む
すると、私は平日の日中だけではなく、土日祝日の夕方以降すら働いていたので、「猫族とは、人とはなんぞや」と哲学的な深い悩みに捕らわれたらしい。
いや、それって私の根深い社畜としての魂が、猫族のDNAによる本能に勝利したってだけなんですが……。というか、私の社畜魂ってどれだけ徹底してんねん!
大阪弁でみずから突っ込む私にその人は語り続ける。
「知っていましたか。君は、王宮の召使や、貴族や、私の部下の魔術師の男どもに人気だったんですよ。とことん働き者で可愛らしく、どの男にも媚びず見向きもしない、身持ちのかたい女性だと口説かれていた」
いや、嘘でしょとアハハと笑ったものの、そういえばと王宮勤めの日々を思い出した。
ある時厨房でキャベツをひたすらみじん切りにしている最中に、俺がやってあげるからと声を掛けてきた料理人がいた。コイツ、私の夜勤手当を奪うつもりなのかと腹が立ち、「結構です! 自分でやります!」と断った。
また、ある時はどこぞの伯爵家の嫡男のボンボンに、「君の目の色にそっくりだから……」と、エメラルド入りのネックレスを渡されたことがあった。しかし、買収やコンプライアンス違反でクビになってはたまらない。転職する場合にも紹介状を出してもらえなくなる。結局、「こんなことをしてはいけません」と即座に突っ返した。犯罪や厄介ごとに関わらないに越したことはないし、おのれの保身が第一だからだ。
二ヶ月前には隣国から好待遇で引き抜かれた、有能だけどナルシストな長髪魔術師に、「俺は君が知りたい。君は俺が知りたくない?」――と薔薇を片手に囁かれた。私はそいつが誰なのかはとっくに知っていたけど、そいつが私を知らないなら仕方がないと、「はあ、アイラ・アーリラです。これでよろしいでしょうか?」と自己紹介をして、男子トイレの掃除の続きを始めたのである。後ろでなんかメソメソ泣いていたけど、とにかく時間がないので放っておいた。こう言ってはなんだけど邪魔で鬱陶しかった。
「……焦りました。猫族だとは知らなくとも、すでに皆が君の魅力を知っている。このままでは奪われてしまうと恐ろしくなった」
早く話を決めなければと記入済みの婚姻届け、プロポーズ用のチキンジャーキーの準備を進める中で、唯一私へのアプローチを諦めない輩がいた。最後のリンナ出身のナルシスト長髪魔術師である。
「奴は、君に振られても諦めない唯一の男でした。女性に断られたのが初めてだと、君にますます熱を上げていた」
ところが、そいつにはとんでもない欠点があった。メイドから貴族の女に至るまで、二股どころか十股をかけていたのだ。
声に心なしか殺る気が混じった。
「私が奴に問い質してみると、奴は君を妻にするつもりだと抗弁しました。ですが、愛人を手放すつもりもないと……僕の使命はあらゆる女性を幸せにすることだと……魔術師であればそれが許されるはずだと。冗談ではないし、神の定めた掟に逆らう愚行です。人間は猫族に生涯の貞操と忠誠を誓い、全身全霊をもって仕える以外に、そう、下僕になる以外に道はないのです。それこそが人間の正しい在り方なのです」
へえ、人間が猫の下僕になるって神の定めた掟だったんだ……って、ちょっと認知の歪みがなくないですか?
この人ちょっとヤバいと引き攣った笑いを浮かべながら、私はそうか、人並みにモテていたんだ。喪女じゃなかったんだとびっくりした。
でも、それだけのことでしかない。嫌なわけではないけど嬉しくもない。だって、大勢の誰かに好かれるよりも、たった一人の大好きな人に可愛がられたいもの。そう、飼い主はアトス様だけでいいの。
ゴロゴロと喉を鳴らして改めて膝の上で丸まる。
「アトス様、だぁいです」
夢の中だからか素直に気持ちを打ち明けられた。
私はアトス様が好きになっていたんだな。いつからだったのかはもう思い出せない。ご飯をもらって、遊んでくれて、優しく撫でてもらううちに……って、これって飼い猫の発想そのものじゃありませんか!? でも、仕方がなくないですか!? だって、アトス様のマッサージって天下一品なんだもの!
人間としてそろそろマズいと焦る私に、聞き慣れた声が「それは誠ですね?」と尋ねた。
「本当ですよぅ。好きですぅ……」
眠くて、なのに気持ちがよくて、でもちょっと寒い気がする。
「う、う~ん」
私はごろりと寝転がってはっと目を覚ました。
「……!?」
裸なんだから寒いはずだ……! というか、いつ人間に戻ったの!? そ、それにこの膝には見覚えが……。
「おや、アイラ、起きましたか?」
長い睫毛に縁取られ少し影の差した、タンザナイト色の切れ長の目が私を見下ろす。
「あ、アトス様……!?」
これって夢じゃなかったの!?
いや、それって私の根深い社畜としての魂が、猫族のDNAによる本能に勝利したってだけなんですが……。というか、私の社畜魂ってどれだけ徹底してんねん!
大阪弁でみずから突っ込む私にその人は語り続ける。
「知っていましたか。君は、王宮の召使や、貴族や、私の部下の魔術師の男どもに人気だったんですよ。とことん働き者で可愛らしく、どの男にも媚びず見向きもしない、身持ちのかたい女性だと口説かれていた」
いや、嘘でしょとアハハと笑ったものの、そういえばと王宮勤めの日々を思い出した。
ある時厨房でキャベツをひたすらみじん切りにしている最中に、俺がやってあげるからと声を掛けてきた料理人がいた。コイツ、私の夜勤手当を奪うつもりなのかと腹が立ち、「結構です! 自分でやります!」と断った。
また、ある時はどこぞの伯爵家の嫡男のボンボンに、「君の目の色にそっくりだから……」と、エメラルド入りのネックレスを渡されたことがあった。しかし、買収やコンプライアンス違反でクビになってはたまらない。転職する場合にも紹介状を出してもらえなくなる。結局、「こんなことをしてはいけません」と即座に突っ返した。犯罪や厄介ごとに関わらないに越したことはないし、おのれの保身が第一だからだ。
二ヶ月前には隣国から好待遇で引き抜かれた、有能だけどナルシストな長髪魔術師に、「俺は君が知りたい。君は俺が知りたくない?」――と薔薇を片手に囁かれた。私はそいつが誰なのかはとっくに知っていたけど、そいつが私を知らないなら仕方がないと、「はあ、アイラ・アーリラです。これでよろしいでしょうか?」と自己紹介をして、男子トイレの掃除の続きを始めたのである。後ろでなんかメソメソ泣いていたけど、とにかく時間がないので放っておいた。こう言ってはなんだけど邪魔で鬱陶しかった。
「……焦りました。猫族だとは知らなくとも、すでに皆が君の魅力を知っている。このままでは奪われてしまうと恐ろしくなった」
早く話を決めなければと記入済みの婚姻届け、プロポーズ用のチキンジャーキーの準備を進める中で、唯一私へのアプローチを諦めない輩がいた。最後のリンナ出身のナルシスト長髪魔術師である。
「奴は、君に振られても諦めない唯一の男でした。女性に断られたのが初めてだと、君にますます熱を上げていた」
ところが、そいつにはとんでもない欠点があった。メイドから貴族の女に至るまで、二股どころか十股をかけていたのだ。
声に心なしか殺る気が混じった。
「私が奴に問い質してみると、奴は君を妻にするつもりだと抗弁しました。ですが、愛人を手放すつもりもないと……僕の使命はあらゆる女性を幸せにすることだと……魔術師であればそれが許されるはずだと。冗談ではないし、神の定めた掟に逆らう愚行です。人間は猫族に生涯の貞操と忠誠を誓い、全身全霊をもって仕える以外に、そう、下僕になる以外に道はないのです。それこそが人間の正しい在り方なのです」
へえ、人間が猫の下僕になるって神の定めた掟だったんだ……って、ちょっと認知の歪みがなくないですか?
この人ちょっとヤバいと引き攣った笑いを浮かべながら、私はそうか、人並みにモテていたんだ。喪女じゃなかったんだとびっくりした。
でも、それだけのことでしかない。嫌なわけではないけど嬉しくもない。だって、大勢の誰かに好かれるよりも、たった一人の大好きな人に可愛がられたいもの。そう、飼い主はアトス様だけでいいの。
ゴロゴロと喉を鳴らして改めて膝の上で丸まる。
「アトス様、だぁいです」
夢の中だからか素直に気持ちを打ち明けられた。
私はアトス様が好きになっていたんだな。いつからだったのかはもう思い出せない。ご飯をもらって、遊んでくれて、優しく撫でてもらううちに……って、これって飼い猫の発想そのものじゃありませんか!? でも、仕方がなくないですか!? だって、アトス様のマッサージって天下一品なんだもの!
人間としてそろそろマズいと焦る私に、聞き慣れた声が「それは誠ですね?」と尋ねた。
「本当ですよぅ。好きですぅ……」
眠くて、なのに気持ちがよくて、でもちょっと寒い気がする。
「う、う~ん」
私はごろりと寝転がってはっと目を覚ました。
「……!?」
裸なんだから寒いはずだ……! というか、いつ人間に戻ったの!? そ、それにこの膝には見覚えが……。
「おや、アイラ、起きましたか?」
長い睫毛に縁取られ少し影の差した、タンザナイト色の切れ長の目が私を見下ろす。
「あ、アトス様……!?」
これって夢じゃなかったの!?
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる