猫に転生(う)まれて愛でられたいっ!~宮廷魔術師はメイドの下僕~ 

東 万里央(あずま まりお)

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本編

※飼い主はあなたです(4)

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 タンザナイト色の瞳が食い入るように私を見つめている。そして、「気持ちいい……そうか」と呟いた。

「アイラ」

 私を呼ぶ声が途端にハチミツみたいに甘く、マシュマロみたいに柔らかくなる。指の長い手が私の頬をそっと包み込んだ。

 切れ長の目に浮かぶ光に心臓が大きく鳴り響く。だって、男の人のそんな眼差しを目にするのは初めてだったからだ。世界でたった一つの大切な宝石を見つめるみたいな――それでいて切なくて胸が苦しくなるような――

「私は君が可愛くてたまらない。可愛すぎて、愛したいのに、意地悪もしたくなる」

「あ、アトス様?」

 目を瞬かせて恐ろしく整った顔を眺める。豹変どころではない態度の変化についていけない。でも、もっとついていけなかったのは、続いての本気の告白みたいな言葉だった。

「君を目の前にするととことん愚か者になってしまうんだ。だからと言って、そばにいなければどうしようもなく不安だ。君がいなかった二週間、毎日胸が潰れそうだった。夜も眠れず君のことを考えていた」

「……」


「とにかく、もう二度とそばを離れないでほしい。君が望むものはなんでも叶える。箱一杯の金貨でも、カレリア一の城でも、カレリアそのものでも構わない」

 いやいやいや、ちょっと待ってください!? カレリアそのものって何なのよ!? アトス様が構わなくても私が構うわ!! それに、地球という世界のニッポンという国には、「猫に小判」という諺がございまして……。

 ところが、場を誤魔化そうとした得意技のツッコミは、アトス様の次なる言葉に遮られた。

「アイラ、君は私が君を思うほど、私を思ってはくれてはいないのだろうな。だが、嫌われていないのならそれだけでもよかった」

 心臓の鼓動のボリュームが直後に五倍になる。

 君を思うほどって……ま、まさか、まさかね。だってアトス様だよ? 次期総帥間違いなしの魔術師なんだよ? 王女様とも結婚できる方が、その辺のメイドの私を好きなはずが……。

「アイラ、君が猫族だからではない。私は君という一人の女性が好きなんだ。人の君も猫の君も目が離せない」

 今度は、心臓が衝撃で止まるかと思った。

「えっ……えっ……」

 前世プラス今世=約五十年分の喪女人生が、走馬灯のように脳裏を駆け抜けていく。

 私はまだ夢の続きを見ているのだろうか。そうだ、これは夢に違いない。だったら、とことん浸ってもいいよね? それくらいならバチは当たらないよね?

 一方、アトス様はあれこれ考える私の唇に、また軽くキスをして額を撫でた。

「どうか私を少しでも慕ってくれるなら、ずっと隣にいると約束してくれないか」

「……」

 少しでもどころか大好きだ。でも、アトス様の言葉が圧倒的過ぎて、おのれの語彙のショボさに呆れて何も言えない。

「アイラ、返事は?」

 大変。返事をしないとお仕置きされちゃう!?

 私は焦った果てにそうだと頭の中で手を打った。私は猫族なのだから、猫族らしくいけばいい。

 手を伸ばしてアトス様の頬を包み返す。

「……アイラ?」

 私はアトス様の頬に自分の顔を擦り付けた。

「好き、です」

 この人は私の飼い主だ。私のものだ。だから、しっかり私のにおいを付けておかなくちゃ。続いて薄い唇をぺろりと舐めて鼻にちゅっとする。

「大好きです」
 
 こんなことを男の人にするのは初めてだ。恥ずかしいという気持ちも、勢いで告白するうちに消え失せる。一体どこにこんな大胆さが眠っていたのか、私はアトス様の首に手を回して胸に抱き締めた。

「お願い。もっとキスして。触って。気持ちいいから。アトス様しか気持ちよくないの」

「アイラ……」

 アトス様はゆっくりと体を起こし、私の手を取ってそっと口づけた。

「そんなことを言われてしまったら、もう自分を止められなくなってしまうが、いいのかい?」

 そのまま顔に、首筋に、胸元にキスの雨を降らせる。

「君はどこも甘いな。このまま食べてしまいたい」

 唇が膨らみの近くにまで来たところで、軽く肌を吸われて体がびくんとなった。

「やんっ……くすぐったいっ」

 その拍子に猫耳と尻尾がぴょんと飛び出てしまう。アトス様は私の声にも止まることなく、唇で私の体をなぞっていった。お腹から太もも、太ももからつま先に――

 やがて、右足を持ち上げられ甲にまで口づけられる。まるで騎士がお姫様にするみたいに。

「小さな足だな。肉球もいいけど、この足も可愛い」

 私は蚊の鳴くような声を出して首を振った。

「……っ。だめ、です。アトス様は、えらいひとなのに……。わたしの、めいどのあしなんてさわっちゃいけません……」

「君の前では君の下僕でしかない。それとも、君はこんな私は嫌いかい?」

「そんな、嫌い、なんて……」

「なら、黙って感じていなさい」

 アトス様は襟元に手をかけ上着を脱ぎ捨てた。
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