猫に転生(う)まれて愛でられたいっ!~宮廷魔術師はメイドの下僕~ 

東 万里央(あずま まりお)

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本編

王女様の逆襲!…のはずが(4)

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 人質なんて物騒な言葉をリアルで聞いたのは、前世+十七年生きてきて初めてだわ。この金髪忍者は何を考えているのだろうか。

 しかし、我らがドS王女のマリカ様は、こんな時でもめげない、ビビらないお方であった。ジタバタ暴れつつ怒鳴りつける。

「この私を人質ですってえ!? 女一人も自力でモノにできない、ケダモノ以下の生ゴミのくせに生意気よ!!」

「王女様、あんた結構心にグサッと来ること言うな……」

 マリカ様が拐われそうになるを目の当たりにし、くすぐり地獄から復活したユーリが「コラ待て!」と叫ぶ。

「王女様をどこに連れて行く気だ!」

 おおっ! ユーリ、あんな目に遭わされても、マリカ様を心配するなんて男らしいわ!

「王女様はなあ……王女様は、煮ても焼いても食えない上に、貧乳どころか無乳のまな板なんだぞ!!」

 ああっ、でも、かなり余計な一言が多いっ!

「なんですって!? スレンダーと言いなさいよ、この足の裏が!」

「あー、もう生ゴミでもまな板でも足の裏でもいいからさ」

 カイは溜め息を吐きつつ、部屋を横切り窓に足を掛けた。ここから飛び降りた下は裏道で、アトス様たちがいる方向ではない。

 このままでは逃げられてしまうと、私は戸棚の裏から駆け出して、爪を立ててカイのお尻に飛び付いた。

「いってえ!! なんなんだ!?」

 カイは私を振り落とそうと身をよじる。

「ニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャッ!」
 
 ええい、マリカ様を離せっ!

 片手が塞がっているからか、カイはなかなか私を振り解けない。また、緊急時だからか私がアイラだとも気付いてないみたいだった。

 ここはスッポンを見習って絶対に放さない!

「この野郎っ!」

 カイがようやく私を力ずくで払いのけ、蹴り上げようとした次の瞬間のことだった。アトス様のくれたリボンが鈍く光り、部屋が強く眩い輝きで照らされたかと思うと、カイの頭上に青紫の雷が落ちたのだ!

「わわっ!! なんだあ!?」

 おおっ!! さすがは素早さに定評のある猫族。ちょっと肩が焼け焦げたものの、アフロになるのは免れたみたいだ。

 しかし、直後に第二弾、第三弾、第四弾の雷光がカイを襲う。当たるまで攻撃し続ける仕様のようだ。

 う~ん、モグラ叩きみたいだわ。

「っくしょう! こんなことやってるヒマはねえんだよ!」

 苛立ったカイがそう叫びながらも雷を避けていると、今度はどこからかミシミシと不吉な音が聞こえてきた。

「なんだ、この音は……」

 どうも足元からみたいだ。私が何事かと目を落として間もなく、なんと床全部が一気に抜ける。更に、バベルの塔が崩壊したみたいな、凄まじい轟音が響き渡った。

「わーっ!!」

「キャーッ!!」

「ニャーッ!!」

 床とカイとマリカ様と一緒に三、四メートルくらい落ちただろうか。私は猫なので宙でニ回転した後で、軽く降り立ち怪我もなかった。

 カイはマリカ様を担いでいたので、うまくバランスを取れなかったのか、マリカ様の下敷きになって伸びている。大変、ユーリは無事なのかと焦って姿を探していると、約三秒後、「うわぁぁああ!」という悲鳴とともに、カイとマリカ様の上に降ってきた。

 予想外の事態の連続にさすがに対応しきれなくなったのか、カイがマリカ様もろともユーリに押し潰される。「フグッ」と猫族らしからぬうめき声が聞こえた。

 下からカイ、マリカ様、ユーリの順で折り重なって、カイは二人分の体重で半分死んでいる。

 一方、マリカ様はやっぱりこんな時でも元気で、上に載ったユーリに文句を付けていた。

「ちょっと! 早くどきなさいよ! 重いじゃないの! このスットコドッコイの足の裏!」

「王女様ってやっぱりまな板だ。クッションがない……。うう、硬いよう……」

 とりあえず全員大した怪我はないみたいでほっとする。

 それにしても一体何が起きたのだろうか。

 辺りを見回してみて絶句した。なんと、一階と二階が瓦礫の山となっていて、三階がその上に乗っかった状態だったのだ。つまり、建物の二階分だけ綺麗に破壊されたということだ。なるほど、丸ごと壊してしまえば鍵も封印もあったものではない。

 カレリアでこんなことができるのはたった一人しかいない。

 ゴクリと息を呑む私の背後で、何かが炎のように揺らめく気配を感じる。そう、これは間違いなく殺気だ。

 恐る恐る振り返ると、そこには無表情のアトス様が、腕を組んで佇んでいた。

「……これはどういうことでしょうね。マリカ様とユーリはともかく、なぜ男がもう一人いる? しかもこのにおいは猫族だな」

 さすがカレリア一の魔術師にして猫好き。においで猫族の判別がつくってどんなレベル!?

 捜索隊の近衛兵は腰から剣を引き抜いている。

「副総帥、あの装束はリンナのものです」

「間諜か!?」

 アトス様の隣のソフィア様が、「ウウウ……」と牙をむいて威嚇している。その声にカイの指先がピクリと反応した。

「……んだよ。何が起こったんだ?」

 カイはソフィア様に気づいた途端、マリカ様とユーリを跳ね除け悲鳴を上げた。

「うわぁぁぁあああ!! い、い、い、犬っ!! なんでこんなところに犬が!!」

 カイは犬……狼が大の苦手らしくて、顔色は真っ青になってガクブルと震え、手の甲に鳥肌が立っている。あの俺様がこのザマとは、どれだけ犬嫌いなんだろうか……。

 ソフィア様は犬呼ばわりされたのが気に障ったようで、唸り声を上げながら、一歩、二歩とカイを追い詰めて行く。

「来るな!! 来るんじゃない!! 犬なんか、犬なんか大っ嫌いだぁぁぁあああ!!」

 カイは耳をつんざく悲鳴を上げたかと思うと、指を二本咥えて指笛を吹いた。ピィっと高い音が空にまで届く。すると、大きな鳥に似た影がどこからか急降下してきて、カイとアトス様たちとの間に滑り込んできた。

――まさか、ハングライダー!? この世界にあるとは思わなかった!

 木の骨組みにホタテ布を張って作られている。

 カイが再び瞬時にマリカ様を腰からさらうと、ハングライダーのやっぱり忍者なコスプレの乗り手が、マリカ様ごとカイをさっと両手で持ち上げた。

「まずい……!」

 そう叫んだのはアトス様だったのか、近衛兵だったのか。

 ハングライダーは三人を乗せて急上昇していく。私は逃してなるものかと思い切り地を蹴り、カイからぶら下がったマリカ様の足にしがみついた!

「アイラ……!」

 アトス様の声にちょっと待ってとはっとする。

 私一匹が追い掛けたところで何もならないのでは? むしろカイのお土産になるだけ……。

 しかし、気付いた時にはもう遅かった。ハングライダーはもう空を飛んでいて、いくら猫になっていても、無傷で着地するなんて無理だったからだ。今ここから落ちたらスプラッタどころではない。

 ちなみにマリカ様は相変わらず元気だった。「放しなさいよこのクズ! 生ゴミ! 不燃物! あんたに比べればゴキブリの方がマシだわ!」などと喚いている。

 あっ、あっ、あっ、マリカ様、あんまり暴れないでくださあい!

 それにしても、どうして私はいつも後先考えず行動するのだろうか……。そうか、脳みそも猫になっているからだ!――などと、一人ツッコミ一人ボケをしていると、ハングライダーの乗り手が「お、おい」と慌ててカイを呼んだ。

「なんか飛んで来たぞ。あれはなんだ?」

「んん?」

 カイが数メートル下を見下ろして絶句する。

「あれは……」

 私も驚きのあまりに目が真ん丸になった。なぜなら、アトス様がハングライダーもないのに、生身で空を飛んで来たからだ……!!
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