猫に転生(う)まれて愛でられたいっ!~宮廷魔術師はメイドの下僕~ 

東 万里央(あずま まりお)

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本編

そんニャこんニャで大団円(4)

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 国境へと続く森に差し掛かった頃のことだろうか。私は不吉な予感を覚えてヴァルトに注意するよう告げた。

 アイラちゃんならわかるかもしれないけれども、猫族には野生のカンってものがあるの。人間はよく予知能力と呼んでいるわね。

 でも、ヴァルトは「私がいるから大丈夫」と笑うばかりだった。

 ヴァルトはその頃世界一の魔術師で、軍隊の一個師団に匹敵する魔力があったわ。でも、私はどういうわけか不安を拭い切れなかった。

 予感が的中したことを悟ったのは、森の道も半ばにまで来た頃。なんと、周りの木が一斉に爆発して火を噴いたの。空気は乾燥していないし雷もなかったから、人為的なものだとしか思えなかった。火の勢いは予想以上で、私たちは逃げるまもなく、あっという間に火に巻かれてしまったわ。

 もちろんヴァルトはすぐに魔術で火を消し止めようとした。雨雲を呼んで大雨を降らせたのよ。でも、私は滝のような雨を見てパニックになった。

 私が一族と暮らしていた森も、大雨が原因の洪水に飲まれている。だから、自分でもこの時まで知らなかったけど、トラウマになっていたみたいなの。

 私は猫に変身してその場から一目散に逃げ出した。「ミルヤ!」とヴァルトが私を呼び止める声も恐怖には敵わなかった。 

 それからどれだけ走り続けたのかは覚えていない。前も後ろもロクに見ずに走っていたから、倒れた木に勢いをつけたまま躓いて、そのままそばに流れていた川に落ちたの。

 泳ぎなんて知らなかったから、私はあっという間に濁流に呑まれて意識を失った。そして、目覚めた時には人間に戻っていただけではなく、それまでの記憶を失っていたの。

 私が流れ着いたところは、カレリアとリンナの国境沿いにある、名もない小さな村だった。「ここはどこ? 私は誰?」が第一声だったから、拾ってくれた親切なお爺さん、お婆さんはさぞかし驚いたことでしょうね。でも、二人は優しく私を受け入れてくれた。お嬢さんが早くに亡くなっていたそうだから、私を生まれ変わったその子のように思ったのかもしれない。「行くところがないなら、うちにずっとおればええ」と慰めてくれた。

 こうして私はお爺さん、お婆さんのもとで暮らすことになった。ところで、猫族は基本的に気まぐれで、そこまで過去には執着がないの。だから、お爺さんとお婆さんとの平和な暮らしの中で、「何か忘れている気がするけど、まあこんでもいいか……」、ってな感じで、なんの憂いもなく呑気に暮らしていた。

 でも、二ヶ月目に仰天の事実が判明したの。なんと、私のお腹に赤ちゃんがいたのよ。それを知ったお爺さんとお婆さんは、「私が男に弄ばれ、身籠り、人生を悲観して川に身を投げた」と思ったみたい。「そっ、そんな男のことは忘れて、ここで産みなさい! あんたの子は私らの孫だ! 面倒みたるわ!」と慰めてくれた。

 私は何がなんだかわからなかったけれども、お腹の赤ちゃんにもう愛情が芽生えていたし、「まあ、よくわからんけどなんとかなるでしょ」って心境だった。うん、まあ、猫族って種族全体の性質として、どこまでも楽観的なのよ。……アイラちゃんはどうもそうじゃないみたいだけど。

 赤ちゃんが生まれたのはそれから六ヶ月後。元気で可愛い、タンザナイト色の髪と瞳の男の子だった。ところが、産んだ直後に私の体に異変が起こった。体が勝手に猫になってしまったの。

 お爺さんとお婆さんは私が猫になったのを目の当たりにして、「どひゃあ!」と驚きのあまりにひっくり返っていたわ。どうも獣人の存在を知らなかったみたいね。私も自分が猫になったことにびっくりしていた。

 でも、お爺さんとお婆さんは年の功なのかカメの甲なのか、「まあ、こういうこともあるだろう」、とすぐに気を取り直していたわ。私もその様子を見て「まあ、いいか」という気分になって、その後も特に変わらず一緒に暮らした。と言うか、二人とも猫好きだったので、その後私は恩返しにモフられ役になるんだけど……。

 赤ちゃんはカレリア一高い山の名前を取って、「アトス」とお爺さんが名付けてくれた。「男として生まれたからには、出世して頂点を極めよ!」、みたいな意味らしい。

 ちなみに、アトスも小さい頃には黒猫に変身できた。ツヤッツヤの毛並みの真っ黒な長毛種、タンザナイト色の瞳の子猫を想像してみて。ぶっちゃけなくても鼻血が出そうでしょ? お爺さんとお婆さんと私はハァハァしながら、子猫なアトスをよくモフり倒していたわ……。

 私たちはそれから三年間平和に暮らした。でも、アトスがやっと三歳になるという頃に、お爺さんとお婆さんは立て続けに亡くなってしまったの。二人は「人生の最後に願ってもない幸福を味わえた」とお礼を言ってくれた。それだけではなく、私たちに家と畑を遺してくれたの。

 その後の二人きりの暮らしは寂しかったけれども、お爺さんとお婆さんにおいのある家で安心して生活できた。でも、私は人間よりも猫の姿でいる時の方が多くなっていった。猫に変身するのはそうでもないのだけど、逆に人間に戻ると魔力を大量に消費して、ぐったりと疲れてしまうからなの。

 これは、濃くなり過ぎたペルシャン族の血のせいで、私の体が弱かったことが原因だと思うわ。体力を魔力で補ってなんとか生きていたのに、子どもを産んでそのバランスすら崩れたのでしょう。アトスが十歳を過ぎる頃には猫でいることがほとんどだった。

 でも、猫の前足では畑を耕せないし、アトスの世話をできない。その上もう一つ問題が発生していた。アトスは私とは逆に猫に変身できなくなって、代わりに日に日に魔力が強くなってきたの。魔術を知らない私から見ても、並みの魔力量ではなかった。

 どう育てたものかと悩んでいたある日、村に今までにない激しい雨が降ってきた。小さな川ができるほどの雨だった。そして、その流れを見た瞬間、記憶の洪水が私の頭を襲ってきたの。森でのこと、陛下のこと、ヴァルトのこと、私自身のこと――

「母さん、どうしたの? 雨なんて見て。濡れるから早く中に入りなよ」

 アトスが呆然とする猫の私を抱き上げて撫でてくれた。

「お腹空いたの? 待っていてね。僕、最近いいものを開発したんだ。ペースト状にした鳥のササミを貝のエキスで味付けして、小さな袋の中に入れたおやつ。ひねり出して食べるんだよ。母さんは絶対に好きだと思う」

「……」

 この頃私はスッゴイ危機感を覚えていた。アトスは自分が変身できなくなったのを大層悲しみ、代わりに私を猫っ可愛がりするようになっていたの。母の私をよ。猫向きの新製品を開発するくらいによ。

 マズい、このままではヘンなマザコンになるか、ヘンな女の子の趣味と性癖になってしまう……。私はアトスから離れなければと決心した。まあ、この時にはもう遅かったわけなんだけど……ハハハ。それに、今カレリアが、陛下が、ヴァルトがどうなっているのか、確かめに行かなければと思った。

 アトスを託せると思える相手は一人しかいなかった。私たちの事情を知っていて誰にも口外せず、アトスに魔術について指導できる人……。私はその日のうちに魔術師団総帥のクラウス様に手紙を書いた。
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