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第2部 1章 新しい生活の始まりです
3.
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「これ……」
戸惑う僕の横から、カシルの助け舟。
「カルシード公爵夫人、使い方の説明をしていただけますか? そして、これらは杖ではございません」
「うむ! 説明しよう! ま、見てわかる通り、扇子とムチ、だね」
やっぱり。扇子は長さが二十センチほど、ムチは持ち手含めて、一メートルあるかないか。
「でも、魔法陣を組み込んでいるから【杖】だ! まず扇子! 広げてみて~」
そっと手に取る。親骨の真ん中一列に大小交互、計十個。緑色をした魔晶石が埋め込まれていた。広げると中骨は三十間、上部三分の一ほどの扇面は、絹の布張りだ。色とりどりに野花が咲いている様子が描かれている。
「すごい……」
触ってほんの少し魔力を通してみてわかった。この中骨一間一間に、魔法陣がびっしりと組み込まれている。
「でしょでしょ! これはねぇ、トラ君しか使えないと思うよ。君の繊細な魔力操作はこの国随一だ、私が保証する」
え? 先生の顔を凝視してしまった。先生は変わらすニコニコだ。
「トラ君、広げたままで聞いてね。まずはここ」
そうして先生の扇子取扱説明が始まった。
僕の魔力、闇の紫を呈する事を隠す。それを第一に考えて使える魔法陣を選択したらしい。
防御のシールド代わり。蔓植物で壁を作る魔法陣。
攻撃の矢の代わり。尖った菱の実を打つ魔法陣。
目眩ましの煙幕の代わり。桜吹雪の魔法陣。
「扇子の中骨は細いから、組み込める魔法陣は小さい。つまり威力はソコまでない。けれどね、それが十集まれば結構な量になるだろう? さらに両端、この親骨のところは増幅の魔法陣を組み込んでる。ここを同時に使えば、発現量が十倍になる」
つまり、扇子の中にある魔法陣は全て繋がっているんだ。
「そんなこと、できるんですね! どういう陣を組み込んで独立した魔法陣を繋げているのか、すごく興味がありますっ」
「トラ君なら、すぐ分かっちゃうよぉ~! いっぱい勉強して私と最高にイケてる魔法陣作ろうよぉっ」
えへえへとニヤけた顔の先生。ほんとこんな変人なのに尊敬しか出てこない。
「この親骨に並んでいる魔晶石は、カモフラージュのためですか?」
「それもあるけど、中に入った魔力も杖に使えるよ。今は私の魔力が入ってる。魔晶石は魔力の色がわかっちゃうから、トラ君が入れると紫になっちゃう。だからもし使っちゃったら、私か、ルゥに声かけてくれればいい」
「ありがとうございます」
「じゃ、次! こっちはね~」
ムチの説明を始める先生。黒色のムチは径が二センチほど。
「これは、あのアラクネの糸を特殊形状に編んでいるんだ。伸縮するようにね。最大十メートル。中は空洞。つまり魔力を通して十メートル先まで届けることが出来るわけ。魔力光を通さないよう特殊な染料で黒く染めているから、中の魔力の色は見えない。ちなみに伸ばせば伸ばすほど細くなっちゃうから通せる魔力量も小さくなる。使い勝手を考えると五メートルくらいをめどにするのがいいと思う」
バレないように魔力を運び、その先で魔法を発現できるわけだ。便利だなぁ。
「ありがとうございます! すごい嬉しいですっ」
「伸縮自在だから、まんまるに膨らませることだって出来るよっ。愛しのトラ君に使ってもらうならって、頑張っちゃったよお!」
先生をよく見れば、モノクルに隠れて分かりづらかったが、目の下にクマがあった。
忙しい中、本当に頑張ってくれたんだ。
「使ってみても、よいですか?」
「もちろん! でもそうだね、ココは狭いから、広い実験室に案内するよ、そこでぜひっ」
うながされ、また部屋を出た。そうして玄関ホールまで戻る。明るい日差しの下、そこで先生は立ち止まった。
「じゃ、さっそくっ、ちょっと貸してっ」
僕の膝に載っていた扇子をさっと取る。それを頭上に上げて、先生は一瞬目をつぶった。そして開いた瞬間。
―ごぉん!
突風が吹き、そこに現れたのは、巨大な蔓植物。三本生えた。吹き抜けの遥か先、先端がドームまで届いている。燦燦と降り注いでいた太陽光が木漏れ日になった。
「さあ、行こうか」
先生がつる植物に扇子を触れさせた。すると。
―ざわわわわ
蔓の一端が動き、ぐるり僕を車イスごと持ち上げる。もちろんカシルも。そしてゆっくりと上へあがってゆくのだ。まるで、エレベーター。
「こういう使い方もあるんですねっ!」
興奮した僕の声に、進行先を見上げる先生の横顔がニヤリと笑った。
人の人の背丈ほどの柵で仕切られた二階三階を通り過ぎ、最上階へ。降り立てば、ドームは半径五メートルほどの半球で出来ていた。
「この蔓はね、三間に魔力通してできたんだ。つまり、一蔓一間、ってこと。上手く操れば便利に使える、蔓植物の使い方は無限にあると言っていい。こうして扇子を触れさせて魔力を通している間は、使役者の思い通りの形に変形するから」
僕の背中に在る【つる】は触れもしないのに、この違い。すごすぎる。
スッと扇子を離せば、その一秒後に巨大な植物は跡形もなく消えた。
葉とつるに隠れてた一角に、小さく四角い線が見える。扉だ。
「あそこから屋上へ出られるんだ」
カシルが僕の車イスを押し、そこから外へ。屋上には柵も何もない。けれど。先生がその端の、足元にひとつだけある真四角なレンガを一つ、ぐっと押し踏んだ。とたん、ブワッと障壁が立ちあがった。ガラスのドームを軽く超え、上空五十メートルほどはあろうか。
「ボタンはこれ。踏んでくれたら直ぐ起動するから。外には見えない仕様になっているよ。この床全面を起点に上空までシールドが出来てる。好きに暴れていい。これを壊せるのは、若い姿に戻ったルゥくらいだろうねぇ」
ニヤ、と笑った先生。カシルを見れば、フイとあらぬ方向を向いている。これは実際、やったことがあるんだな。
それから、僕は先生に使い方を順に教わった。
やり方はいたって簡単で、杖に魔力を通せば発動する。蔓は増幅の機構を使えば、一間で十本生えた。
まるで忍者みたいに撒き菱を飛ばす攻撃魔法は、一間で十粒。約五メートルほど飛ぶ。増幅すると五十メートル先まで飛んだ。数は増えなかった。
花吹雪は一間でバケツ一杯分くらいが五秒ほど降る。これは増幅すると五十秒。逃げるためには、十間を増幅、がデフォルトだろう。
黒いムチは確かに伸びる、ぐんぐん伸びる。そして膨らむ。思った通り、いろんな形に変わってゆくから、扇子でつくる蔓植物に似ている。
せっかくなので、この鞭をまっすぐに固くして、体を支える杖代わりに使い、常に携帯することにした。
そうして、ついに研究所生活が始まった。
戸惑う僕の横から、カシルの助け舟。
「カルシード公爵夫人、使い方の説明をしていただけますか? そして、これらは杖ではございません」
「うむ! 説明しよう! ま、見てわかる通り、扇子とムチ、だね」
やっぱり。扇子は長さが二十センチほど、ムチは持ち手含めて、一メートルあるかないか。
「でも、魔法陣を組み込んでいるから【杖】だ! まず扇子! 広げてみて~」
そっと手に取る。親骨の真ん中一列に大小交互、計十個。緑色をした魔晶石が埋め込まれていた。広げると中骨は三十間、上部三分の一ほどの扇面は、絹の布張りだ。色とりどりに野花が咲いている様子が描かれている。
「すごい……」
触ってほんの少し魔力を通してみてわかった。この中骨一間一間に、魔法陣がびっしりと組み込まれている。
「でしょでしょ! これはねぇ、トラ君しか使えないと思うよ。君の繊細な魔力操作はこの国随一だ、私が保証する」
え? 先生の顔を凝視してしまった。先生は変わらすニコニコだ。
「トラ君、広げたままで聞いてね。まずはここ」
そうして先生の扇子取扱説明が始まった。
僕の魔力、闇の紫を呈する事を隠す。それを第一に考えて使える魔法陣を選択したらしい。
防御のシールド代わり。蔓植物で壁を作る魔法陣。
攻撃の矢の代わり。尖った菱の実を打つ魔法陣。
目眩ましの煙幕の代わり。桜吹雪の魔法陣。
「扇子の中骨は細いから、組み込める魔法陣は小さい。つまり威力はソコまでない。けれどね、それが十集まれば結構な量になるだろう? さらに両端、この親骨のところは増幅の魔法陣を組み込んでる。ここを同時に使えば、発現量が十倍になる」
つまり、扇子の中にある魔法陣は全て繋がっているんだ。
「そんなこと、できるんですね! どういう陣を組み込んで独立した魔法陣を繋げているのか、すごく興味がありますっ」
「トラ君なら、すぐ分かっちゃうよぉ~! いっぱい勉強して私と最高にイケてる魔法陣作ろうよぉっ」
えへえへとニヤけた顔の先生。ほんとこんな変人なのに尊敬しか出てこない。
「この親骨に並んでいる魔晶石は、カモフラージュのためですか?」
「それもあるけど、中に入った魔力も杖に使えるよ。今は私の魔力が入ってる。魔晶石は魔力の色がわかっちゃうから、トラ君が入れると紫になっちゃう。だからもし使っちゃったら、私か、ルゥに声かけてくれればいい」
「ありがとうございます」
「じゃ、次! こっちはね~」
ムチの説明を始める先生。黒色のムチは径が二センチほど。
「これは、あのアラクネの糸を特殊形状に編んでいるんだ。伸縮するようにね。最大十メートル。中は空洞。つまり魔力を通して十メートル先まで届けることが出来るわけ。魔力光を通さないよう特殊な染料で黒く染めているから、中の魔力の色は見えない。ちなみに伸ばせば伸ばすほど細くなっちゃうから通せる魔力量も小さくなる。使い勝手を考えると五メートルくらいをめどにするのがいいと思う」
バレないように魔力を運び、その先で魔法を発現できるわけだ。便利だなぁ。
「ありがとうございます! すごい嬉しいですっ」
「伸縮自在だから、まんまるに膨らませることだって出来るよっ。愛しのトラ君に使ってもらうならって、頑張っちゃったよお!」
先生をよく見れば、モノクルに隠れて分かりづらかったが、目の下にクマがあった。
忙しい中、本当に頑張ってくれたんだ。
「使ってみても、よいですか?」
「もちろん! でもそうだね、ココは狭いから、広い実験室に案内するよ、そこでぜひっ」
うながされ、また部屋を出た。そうして玄関ホールまで戻る。明るい日差しの下、そこで先生は立ち止まった。
「じゃ、さっそくっ、ちょっと貸してっ」
僕の膝に載っていた扇子をさっと取る。それを頭上に上げて、先生は一瞬目をつぶった。そして開いた瞬間。
―ごぉん!
突風が吹き、そこに現れたのは、巨大な蔓植物。三本生えた。吹き抜けの遥か先、先端がドームまで届いている。燦燦と降り注いでいた太陽光が木漏れ日になった。
「さあ、行こうか」
先生がつる植物に扇子を触れさせた。すると。
―ざわわわわ
蔓の一端が動き、ぐるり僕を車イスごと持ち上げる。もちろんカシルも。そしてゆっくりと上へあがってゆくのだ。まるで、エレベーター。
「こういう使い方もあるんですねっ!」
興奮した僕の声に、進行先を見上げる先生の横顔がニヤリと笑った。
人の人の背丈ほどの柵で仕切られた二階三階を通り過ぎ、最上階へ。降り立てば、ドームは半径五メートルほどの半球で出来ていた。
「この蔓はね、三間に魔力通してできたんだ。つまり、一蔓一間、ってこと。上手く操れば便利に使える、蔓植物の使い方は無限にあると言っていい。こうして扇子を触れさせて魔力を通している間は、使役者の思い通りの形に変形するから」
僕の背中に在る【つる】は触れもしないのに、この違い。すごすぎる。
スッと扇子を離せば、その一秒後に巨大な植物は跡形もなく消えた。
葉とつるに隠れてた一角に、小さく四角い線が見える。扉だ。
「あそこから屋上へ出られるんだ」
カシルが僕の車イスを押し、そこから外へ。屋上には柵も何もない。けれど。先生がその端の、足元にひとつだけある真四角なレンガを一つ、ぐっと押し踏んだ。とたん、ブワッと障壁が立ちあがった。ガラスのドームを軽く超え、上空五十メートルほどはあろうか。
「ボタンはこれ。踏んでくれたら直ぐ起動するから。外には見えない仕様になっているよ。この床全面を起点に上空までシールドが出来てる。好きに暴れていい。これを壊せるのは、若い姿に戻ったルゥくらいだろうねぇ」
ニヤ、と笑った先生。カシルを見れば、フイとあらぬ方向を向いている。これは実際、やったことがあるんだな。
それから、僕は先生に使い方を順に教わった。
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花吹雪は一間でバケツ一杯分くらいが五秒ほど降る。これは増幅すると五十秒。逃げるためには、十間を増幅、がデフォルトだろう。
黒いムチは確かに伸びる、ぐんぐん伸びる。そして膨らむ。思った通り、いろんな形に変わってゆくから、扇子でつくる蔓植物に似ている。
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