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竜の器
竜の器
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どうやら、ラファトと同じ歳には見られていないらしい。
「おじさん、しゃがむのでなく、ここに座って」
奥に導かれ、イドリスは猫脚の豪華な肘掛け椅子に座らされた。
マヤルが手際よく泥だらけの軍靴を足から取り去る。
そのあとはされるがまま、身体を拭かれ、髪をくしけずられて、髭を剃られた。
さらに絹のシャツを着せられ、優雅な貴族用の膝丈のズボンを穿かされたが、まるでしっくりこない。
だが、マヤルは自分の作品に満足げだ。
「おじさん、お兄さんだったんだ。しかも、綺麗な服を着たら、ちゃんと王子様に見えるよ!」
「……ああ、マヤルのお陰だな」
褒めると、少年はますます嬉しそうだ。
彼は急に背筋を正し、天幕の外を指差した。
「では、イドリス王子様。飲み物と食べ物を持って来させますね。お腹が空いておられるでしょうから」
急に言葉遣いを改められて、とうとうイドリスは声を出して笑ってしまった。
「ああ、飢え死にしそうなくらいだ。よろしく、マヤル」
マヤルが足早に出ていく。
人目が無くなった途端、イドリスはぐったりとソファにもたれ、天を仰いで目を閉じた。
部下達は無事に王都まで逃げられただろうか。
果たして、自分の選択は正しかったのか……。
そもそも何故、この戦争は始まったのだろう。
一体、ラファト皇子は何を考えているのか。
……闇雲に戦っていたばかりで、肝心なことが何も分からない事が、心底情け無い。
自省している内に、マヤルがスープの入った小さな器と、パンの入った編み籠を手に戻って来た。
「どうぞ、王子様」
そう言って籠と器を差し出した彼の顔が、先ほどとは別人のように強張っている。
これを受け取った時に、何か言われたとしか思えない。
(毒、か……)
イドリスは密かに察したが、笑顔で籠を受け取り、自分の膝の上に置いた。
「有難く頂く」
マヤルの視線が、不安そうに揺れている。
きっと自分がこれを口にしなければ、彼は殺されはしないまでも、厳しく叱責されるのだろう。
どうせ、砦で捨てるはずであった命だ。
この無邪気な少年の見守るそばで、一人の人間として死ねるのなら、それはそれで良い――そんな風に思えた。
温かなパンを一口喰み、スープを胃に流し込む。
帝国の繊細なレシピで作られたであろうそれは深く空腹に沁みて、イドリスはここ最近滅多に縁の無かった、穏やかな幸福感に包まれた。
空になった器をマヤルに返すと、急速に瞼が重くなって、抗い難い夢の世界にまどろんでゆく。
――神の血を引くアルスバーンの王族は、死ねば森の神の元へ帰ると言う。
自分のようなものも、森の神は受け入れてくれるのだろうか……。
「……」
イドリスの手からがくりと力が抜け、そこからパンの塊がこぼれ落ちた。
――ふと気付くと。
意識が朦朧としたまま、イドリスは暗い闇の世界に横たわっていた。
どこからか、微かに声が聞こえてくる。
「……本当によろしいのですか? この方は……」
「……私がよいと言っているのだ……お前は黙って……」
「……妊孕力が……屈辱で自死なさる可能性も……」
「……この男はそんな男ではない……言われた通りのことをしろ……」
一体、なんの話をしているのだろう。
瞼を開けようとするが、身体に力が入らず、出来ない。
会話する二人の声のうち、一つは聞き覚えがあった。
若々しい、だが低く威圧感のある声。
居丈高に、何かを命令しているような……。
一体、何を……?
ああ、でも……もう、眠い。
もう、疲れてしまった……。
本当はとても休みたかったのだ。心も身体も、ボロボロに疲れていたから。
意識を手放しかけた時、下腹にチクリとした痛みが走った。
「……ウッ……!」
初めて、呻き声のようなものが出た。
何か、硬く薄い刃物のようなものが、臍の下あたりに当てられ、グイグイと押されている。
「ン、う……ッ」
その何かは、何度も何度も下腹めがけて食い込み、ついに皮膚を突き破ってナカに侵入し始めた。
「ンぐ……ッ!」
はらわたを焼く熱と痛みで息が止まる。
思わず手を伸ばして「それ」を引き抜こうとしたが、誰かの手に手首を掴まれて出来なかった。
一体、誰が。
朦朧とする意識の中で、その手がイドリスの手を包み込むようにして握ってくる。
指と指を絡めて、まるで恋人のように。
「もう少し耐えるがいい。……『竜の器』が定着すれば、楽になる……」
声のあやすような響きと、繋いだ手の温かさに不思議と安心する。
イドリスは力を抜き、抵抗をやめた。
……竜の、うつわ……。
全く聞きなれない言葉だけが、意識の奥深くに落ちてくる。
何だろう、それは……。
そのうちに下腹の痛みは徐々に引き始め、イドリスは再び、深い眠りに落ちた。
「おじさん、しゃがむのでなく、ここに座って」
奥に導かれ、イドリスは猫脚の豪華な肘掛け椅子に座らされた。
マヤルが手際よく泥だらけの軍靴を足から取り去る。
そのあとはされるがまま、身体を拭かれ、髪をくしけずられて、髭を剃られた。
さらに絹のシャツを着せられ、優雅な貴族用の膝丈のズボンを穿かされたが、まるでしっくりこない。
だが、マヤルは自分の作品に満足げだ。
「おじさん、お兄さんだったんだ。しかも、綺麗な服を着たら、ちゃんと王子様に見えるよ!」
「……ああ、マヤルのお陰だな」
褒めると、少年はますます嬉しそうだ。
彼は急に背筋を正し、天幕の外を指差した。
「では、イドリス王子様。飲み物と食べ物を持って来させますね。お腹が空いておられるでしょうから」
急に言葉遣いを改められて、とうとうイドリスは声を出して笑ってしまった。
「ああ、飢え死にしそうなくらいだ。よろしく、マヤル」
マヤルが足早に出ていく。
人目が無くなった途端、イドリスはぐったりとソファにもたれ、天を仰いで目を閉じた。
部下達は無事に王都まで逃げられただろうか。
果たして、自分の選択は正しかったのか……。
そもそも何故、この戦争は始まったのだろう。
一体、ラファト皇子は何を考えているのか。
……闇雲に戦っていたばかりで、肝心なことが何も分からない事が、心底情け無い。
自省している内に、マヤルがスープの入った小さな器と、パンの入った編み籠を手に戻って来た。
「どうぞ、王子様」
そう言って籠と器を差し出した彼の顔が、先ほどとは別人のように強張っている。
これを受け取った時に、何か言われたとしか思えない。
(毒、か……)
イドリスは密かに察したが、笑顔で籠を受け取り、自分の膝の上に置いた。
「有難く頂く」
マヤルの視線が、不安そうに揺れている。
きっと自分がこれを口にしなければ、彼は殺されはしないまでも、厳しく叱責されるのだろう。
どうせ、砦で捨てるはずであった命だ。
この無邪気な少年の見守るそばで、一人の人間として死ねるのなら、それはそれで良い――そんな風に思えた。
温かなパンを一口喰み、スープを胃に流し込む。
帝国の繊細なレシピで作られたであろうそれは深く空腹に沁みて、イドリスはここ最近滅多に縁の無かった、穏やかな幸福感に包まれた。
空になった器をマヤルに返すと、急速に瞼が重くなって、抗い難い夢の世界にまどろんでゆく。
――神の血を引くアルスバーンの王族は、死ねば森の神の元へ帰ると言う。
自分のようなものも、森の神は受け入れてくれるのだろうか……。
「……」
イドリスの手からがくりと力が抜け、そこからパンの塊がこぼれ落ちた。
――ふと気付くと。
意識が朦朧としたまま、イドリスは暗い闇の世界に横たわっていた。
どこからか、微かに声が聞こえてくる。
「……本当によろしいのですか? この方は……」
「……私がよいと言っているのだ……お前は黙って……」
「……妊孕力が……屈辱で自死なさる可能性も……」
「……この男はそんな男ではない……言われた通りのことをしろ……」
一体、なんの話をしているのだろう。
瞼を開けようとするが、身体に力が入らず、出来ない。
会話する二人の声のうち、一つは聞き覚えがあった。
若々しい、だが低く威圧感のある声。
居丈高に、何かを命令しているような……。
一体、何を……?
ああ、でも……もう、眠い。
もう、疲れてしまった……。
本当はとても休みたかったのだ。心も身体も、ボロボロに疲れていたから。
意識を手放しかけた時、下腹にチクリとした痛みが走った。
「……ウッ……!」
初めて、呻き声のようなものが出た。
何か、硬く薄い刃物のようなものが、臍の下あたりに当てられ、グイグイと押されている。
「ン、う……ッ」
その何かは、何度も何度も下腹めがけて食い込み、ついに皮膚を突き破ってナカに侵入し始めた。
「ンぐ……ッ!」
はらわたを焼く熱と痛みで息が止まる。
思わず手を伸ばして「それ」を引き抜こうとしたが、誰かの手に手首を掴まれて出来なかった。
一体、誰が。
朦朧とする意識の中で、その手がイドリスの手を包み込むようにして握ってくる。
指と指を絡めて、まるで恋人のように。
「もう少し耐えるがいい。……『竜の器』が定着すれば、楽になる……」
声のあやすような響きと、繋いだ手の温かさに不思議と安心する。
イドリスは力を抜き、抵抗をやめた。
……竜の、うつわ……。
全く聞きなれない言葉だけが、意識の奥深くに落ちてくる。
何だろう、それは……。
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