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和平会議
兆候
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最後にラファトが乗り込み、扉が閉められると、豪奢な馬車が帝都の広大な大通りを走り出す。
祝祭の後だからか、街にはまだ人通りが多い。
まるで婚礼のような美しい馬車とその伴の騎馬の列に、何かの新しい催しかと人々は騒然となった。
好奇の視線をレースと織物のカーテンで遮断して、イドリスは深い溜息をつく。
そして、こうして密室にラファトと改めて二人きりになると、何も話すことがないことに気付いた。
今までドラゴンの訓練をするか戦っているか以外は、顔を合わせれば盛ってばかりいたのだと認識し、己が恥ずかしい。
「ラファト……。ずっと気になっていたことがある」
これから始まる和平会議のことに気持ちを切り替えて、イドリスは自分から口を開いた。
「……何だ?」
豪華な馬車の背景がいかにも似合う、白磁の人形のような美貌の「夫」が、まだ傷の癒えない手を気遣うようにそっと握ってきた。
それを相手の膝に叩き戻して、改めて質問する。
「一体、父親の皇帝にはなんと言って、我が国に戦争を仕掛けたのだ。理由をでっちあげるのに苦労したとお前は言っていただろう」
ラファトは拗ねたようにぷいと前を向いた。
「――今更そんなことを知ってどうする」
「大事なことだ。これからの和平会議にも重大な影響があるではないか」
イドリスが言葉を重ねると、ラファトは前を向いたまま話し始めた。
「アルスバーンの妃――お前の継母が、自らの出身国である島国ゼシルと共謀し、我が帝国の同盟国であるはずのアルスバーンの実権を握った上、帝国の脅威となる軍事的な計画を進めている……例えば、ゼシルが実権を握る軍港の開設……このような理由だ」
イドリスは空いた口が塞がらなくなった。
ゼシルはアルスバーンから海を挟んですぐの距離にある、王妃の出身国の島国だ。
島国故に独立性を保っているような小さな国で、帝国を脅かすような存在とは到底思えない。
「そんなバカな……そんな話、一体誰が信じるのだ。アルスバーンは森の国で、港など鄙びた漁港しかないのに」
ラファトは切れ長の瞳でこちらをチラリと見、呆れたような口調で反論した。
「……王妃がアルスバーンの実権を握っていたのは事実だし、元々巷にそのような噂話はあったのだぞ。私はそれを膨らませて、利用しただけだ――まあ、肝心の証拠は偽造だがな。お前は王子のくせに、何も知らなかったのか?」
それを言われると辛い。
政治的な事からは遠ざけられており、また殆ど興味も無かったのは事実だからだ。
ラファトは長い指で空中に地図を描きながら説明を続けた。
「ゼシルは取るに足らん小国と思われているが、最近の動きは目に余る程だ。ドラゴンを握る帝国の支配下である陸を避け、小回りのきく船を量産し、その覇権を海の向こうの未開の土地にじわじわと広げている。我が国の商船なども、この所ゼシル公認の海軍兼海賊に何度も襲われている。……この上、目と鼻の先のアルスバーンに拠点などを作られれば、我が国の西の防衛線が破綻する――そうだろう?」
帝国目線のラファトの論法に、イドリスは半ば感心しながら頷くことしかできない。
「……アルスバーンを親帝国の国家に戻し、港湾建設を阻止する為には、王妃をはじめとする親ゼシル政権を排除し、旧来からの親帝国派の政権を樹立する必要がある。――そこで私は、ドラゴン部隊によりアルスバーンの王都を電撃的に制圧し、旧来派の第一王子を帝国の支援において擁立するべしと、父上に内々に進言したという訳だ――偽の港湾設計書と一緒にな。ところが王妃がお前を北方の砦から呼び戻し、前線の防衛隊長に任命してくれたものだから、『支援』するはずのお前に我々は散々してやられ、事態が膠着状態となってまあ酷く時間がかかってしまった訳だが」
イドリスは深く長い溜息をついた。
詳しい事情を一切知らされぬままに防衛戦を任されていたとは言え、今更にこの戦争の全容を知ったことが、情けなくて仕方がない。
「それにしても、王妃がいくら現ゼシル王の同腹の妹とは言え、その軍港の話は創作が行きすぎてはいないか」
イドリスが批判すると、ラファトは愉快そうに喉を鳴らして笑った。
「――それが、嘘から出た誠というやつでな。お前を帝都に送って一旦停戦となった後、駐留軍として竜騎兵を多数王都に送ったのだが――その時、王妃の私室も密かに調べさせてみたのだ。――書簡を全て洗ってみると、ゼシル王宮と王妃のやりとりの中に、本当に港湾の設計図が含まれていた。計画自体は戦争開始で凍結されていたが、今は何もない、鄙びた漁村のある場所を大規模に工事して、密かにゼシルの軍船の中継地点にするという――」
「……なん……だと……」
「他にも面白い記録は山ほど出てきたぞ。あの女は夫が病に倒れたのをいいことに、古くからの帝国親密派の貴族や大臣を次々と粛清し、自らの息のかかったゼシルの親密派に置き換えていた。イドリス、お前自身も以前に北の蛮族との防衛戦で、とんでもない戦地に明らかに少ない兵力で送られたことがあるだろう? ――まあ、そのお陰で鍛えられて、今のお前があるのだろうけれどな……」
藍緑色の瞳がこちらを見つめる視線に、柔らかな情感がこもる。
「――あの女には散々に苦労させられただろうに、お前はよくぞ今まで、生き残ってきたものだ」
胸が苦しくなり、イドリスは喉を詰まらせた。
またこの男は自分を籠絡しにきている。
ただの道具に過ぎない自分に、本当の好意などないくせに……。
「……。見つかった本物の港湾の設計図は、どうしたのだ……」
「まあ、今更必要もないものだから、帝都の私の部屋の隠し宝物庫にしまってある。傑作だから、帰ったら今度お前にも見せてやろう」
いかにも楽しそうに言って、ラファトはイドリスの肩を抱き寄せた。
イドリスの方は激しく落ち込んでいて、その手を払う気力も湧いてこない。
「……。俺は本当に長いこと、虚しい戦いをさせられていたのだな……」
「……私は虚しくはなかったぞ。……お前を救う為に戦っていたつもりだった。そしてこれからの筋書きはこうだ――アルスバーンの継承者は次期皇帝と恋に落ち、帝国の皇后を兼ねることとなった……」
茶番にしても笑えない結末を聞かされながら、逃げ場もない密室空間でより身体が密着する。
気付くとラファトの手がイドリスのジャケットの中に忍び込んでいた。
更に絹のシャツの裾が下から捲られ、散々弄ばれて腫れぼったくなった乳首をそっと撫でる。
「あ……」
ラファトの欲望を受け入れたまま、何度もそこを吸われた甘い記憶が甦り、身体にまた妖しい熱が点った。
イドリスは息を上げながら尋ねた。
「っはぁ……っ、これから妃は……。彼女と俺の弟は、どうなるのだ……。恐らくあの者たちも俺と同様、なぜこの戦争が起こったのかすら、まだよく分かっていないのでは……」
「そんな者たちのことは、もはやお前が気にすることではない。――お前は、あの女よりもよほど格上の、この大陸の全てを統べる皇帝の妃となるのだからな……」
不遜に言い放つと、ラファトはイドリスの唇を自らの唇で塞ぎ、もうそれ以上話していられなくした。
真昼の街中を揺られる馬車の中で、唇を貪り合いながら、イドリスの煌びやかなジャケットのホックが外されてゆく。
「あっ、駄目だ、こんな所で昼間からは……っ」
狭い馬車の壁に追い詰められて、イドリスは横を向いて唇を離したが、ラファトは音を立てて耳朶をしゃぶり、低く囁いてきた。
「イドリス、またズボンを脱がなくていいのか? 折角の服が染みになるぞ……」
ハッと自分の下半身を見下ろして、昂っていることに気づく。
あんなに散々まぐわったのに、この男に触れられるともう駄目だ――。
イドリスは言われた通りに狭い馬車の中でズボンとブーツを脱ぎ落とした。
下着も脱ごうとした所で、興奮したラファトに止められる。
「……下着はそのままでいい」
「なっ、何故……」
真っ赤になりながら戸惑っていると、ラファトは少ない布地を天幕のように張ってしまっているイドリスの股間の頂点をそっと、触れるか触れないかの強さで指でなぞった。
「あっ……はアァ……ッ!」
座席に座ったまま、馬車が揺れた訳でもないのにイドリスの腰がビクビクと浮く。
「ここが酷く敏感なままだ……。竜の器の印もずっと光っている……。イドリスもしやお前、本当に孕んだのかもしれんな……」
祝祭の後だからか、街にはまだ人通りが多い。
まるで婚礼のような美しい馬車とその伴の騎馬の列に、何かの新しい催しかと人々は騒然となった。
好奇の視線をレースと織物のカーテンで遮断して、イドリスは深い溜息をつく。
そして、こうして密室にラファトと改めて二人きりになると、何も話すことがないことに気付いた。
今までドラゴンの訓練をするか戦っているか以外は、顔を合わせれば盛ってばかりいたのだと認識し、己が恥ずかしい。
「ラファト……。ずっと気になっていたことがある」
これから始まる和平会議のことに気持ちを切り替えて、イドリスは自分から口を開いた。
「……何だ?」
豪華な馬車の背景がいかにも似合う、白磁の人形のような美貌の「夫」が、まだ傷の癒えない手を気遣うようにそっと握ってきた。
それを相手の膝に叩き戻して、改めて質問する。
「一体、父親の皇帝にはなんと言って、我が国に戦争を仕掛けたのだ。理由をでっちあげるのに苦労したとお前は言っていただろう」
ラファトは拗ねたようにぷいと前を向いた。
「――今更そんなことを知ってどうする」
「大事なことだ。これからの和平会議にも重大な影響があるではないか」
イドリスが言葉を重ねると、ラファトは前を向いたまま話し始めた。
「アルスバーンの妃――お前の継母が、自らの出身国である島国ゼシルと共謀し、我が帝国の同盟国であるはずのアルスバーンの実権を握った上、帝国の脅威となる軍事的な計画を進めている……例えば、ゼシルが実権を握る軍港の開設……このような理由だ」
イドリスは空いた口が塞がらなくなった。
ゼシルはアルスバーンから海を挟んですぐの距離にある、王妃の出身国の島国だ。
島国故に独立性を保っているような小さな国で、帝国を脅かすような存在とは到底思えない。
「そんなバカな……そんな話、一体誰が信じるのだ。アルスバーンは森の国で、港など鄙びた漁港しかないのに」
ラファトは切れ長の瞳でこちらをチラリと見、呆れたような口調で反論した。
「……王妃がアルスバーンの実権を握っていたのは事実だし、元々巷にそのような噂話はあったのだぞ。私はそれを膨らませて、利用しただけだ――まあ、肝心の証拠は偽造だがな。お前は王子のくせに、何も知らなかったのか?」
それを言われると辛い。
政治的な事からは遠ざけられており、また殆ど興味も無かったのは事実だからだ。
ラファトは長い指で空中に地図を描きながら説明を続けた。
「ゼシルは取るに足らん小国と思われているが、最近の動きは目に余る程だ。ドラゴンを握る帝国の支配下である陸を避け、小回りのきく船を量産し、その覇権を海の向こうの未開の土地にじわじわと広げている。我が国の商船なども、この所ゼシル公認の海軍兼海賊に何度も襲われている。……この上、目と鼻の先のアルスバーンに拠点などを作られれば、我が国の西の防衛線が破綻する――そうだろう?」
帝国目線のラファトの論法に、イドリスは半ば感心しながら頷くことしかできない。
「……アルスバーンを親帝国の国家に戻し、港湾建設を阻止する為には、王妃をはじめとする親ゼシル政権を排除し、旧来からの親帝国派の政権を樹立する必要がある。――そこで私は、ドラゴン部隊によりアルスバーンの王都を電撃的に制圧し、旧来派の第一王子を帝国の支援において擁立するべしと、父上に内々に進言したという訳だ――偽の港湾設計書と一緒にな。ところが王妃がお前を北方の砦から呼び戻し、前線の防衛隊長に任命してくれたものだから、『支援』するはずのお前に我々は散々してやられ、事態が膠着状態となってまあ酷く時間がかかってしまった訳だが」
イドリスは深く長い溜息をついた。
詳しい事情を一切知らされぬままに防衛戦を任されていたとは言え、今更にこの戦争の全容を知ったことが、情けなくて仕方がない。
「それにしても、王妃がいくら現ゼシル王の同腹の妹とは言え、その軍港の話は創作が行きすぎてはいないか」
イドリスが批判すると、ラファトは愉快そうに喉を鳴らして笑った。
「――それが、嘘から出た誠というやつでな。お前を帝都に送って一旦停戦となった後、駐留軍として竜騎兵を多数王都に送ったのだが――その時、王妃の私室も密かに調べさせてみたのだ。――書簡を全て洗ってみると、ゼシル王宮と王妃のやりとりの中に、本当に港湾の設計図が含まれていた。計画自体は戦争開始で凍結されていたが、今は何もない、鄙びた漁村のある場所を大規模に工事して、密かにゼシルの軍船の中継地点にするという――」
「……なん……だと……」
「他にも面白い記録は山ほど出てきたぞ。あの女は夫が病に倒れたのをいいことに、古くからの帝国親密派の貴族や大臣を次々と粛清し、自らの息のかかったゼシルの親密派に置き換えていた。イドリス、お前自身も以前に北の蛮族との防衛戦で、とんでもない戦地に明らかに少ない兵力で送られたことがあるだろう? ――まあ、そのお陰で鍛えられて、今のお前があるのだろうけれどな……」
藍緑色の瞳がこちらを見つめる視線に、柔らかな情感がこもる。
「――あの女には散々に苦労させられただろうに、お前はよくぞ今まで、生き残ってきたものだ」
胸が苦しくなり、イドリスは喉を詰まらせた。
またこの男は自分を籠絡しにきている。
ただの道具に過ぎない自分に、本当の好意などないくせに……。
「……。見つかった本物の港湾の設計図は、どうしたのだ……」
「まあ、今更必要もないものだから、帝都の私の部屋の隠し宝物庫にしまってある。傑作だから、帰ったら今度お前にも見せてやろう」
いかにも楽しそうに言って、ラファトはイドリスの肩を抱き寄せた。
イドリスの方は激しく落ち込んでいて、その手を払う気力も湧いてこない。
「……。俺は本当に長いこと、虚しい戦いをさせられていたのだな……」
「……私は虚しくはなかったぞ。……お前を救う為に戦っていたつもりだった。そしてこれからの筋書きはこうだ――アルスバーンの継承者は次期皇帝と恋に落ち、帝国の皇后を兼ねることとなった……」
茶番にしても笑えない結末を聞かされながら、逃げ場もない密室空間でより身体が密着する。
気付くとラファトの手がイドリスのジャケットの中に忍び込んでいた。
更に絹のシャツの裾が下から捲られ、散々弄ばれて腫れぼったくなった乳首をそっと撫でる。
「あ……」
ラファトの欲望を受け入れたまま、何度もそこを吸われた甘い記憶が甦り、身体にまた妖しい熱が点った。
イドリスは息を上げながら尋ねた。
「っはぁ……っ、これから妃は……。彼女と俺の弟は、どうなるのだ……。恐らくあの者たちも俺と同様、なぜこの戦争が起こったのかすら、まだよく分かっていないのでは……」
「そんな者たちのことは、もはやお前が気にすることではない。――お前は、あの女よりもよほど格上の、この大陸の全てを統べる皇帝の妃となるのだからな……」
不遜に言い放つと、ラファトはイドリスの唇を自らの唇で塞ぎ、もうそれ以上話していられなくした。
真昼の街中を揺られる馬車の中で、唇を貪り合いながら、イドリスの煌びやかなジャケットのホックが外されてゆく。
「あっ、駄目だ、こんな所で昼間からは……っ」
狭い馬車の壁に追い詰められて、イドリスは横を向いて唇を離したが、ラファトは音を立てて耳朶をしゃぶり、低く囁いてきた。
「イドリス、またズボンを脱がなくていいのか? 折角の服が染みになるぞ……」
ハッと自分の下半身を見下ろして、昂っていることに気づく。
あんなに散々まぐわったのに、この男に触れられるともう駄目だ――。
イドリスは言われた通りに狭い馬車の中でズボンとブーツを脱ぎ落とした。
下着も脱ごうとした所で、興奮したラファトに止められる。
「……下着はそのままでいい」
「なっ、何故……」
真っ赤になりながら戸惑っていると、ラファトは少ない布地を天幕のように張ってしまっているイドリスの股間の頂点をそっと、触れるか触れないかの強さで指でなぞった。
「あっ……はアァ……ッ!」
座席に座ったまま、馬車が揺れた訳でもないのにイドリスの腰がビクビクと浮く。
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