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帝冠より大切なもの
素晴らしき仲間
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サキルも嬉しそうに喉を鳴らし、イドリスの身体に頭を押し付ける。
「ちょっ、お忍びなのにそんな目立つドラゴンで行くんですか!?」
マヤルは呆れたが、イドリスは当たり前のように頷いた。
「天高く飛んでしまえばそこまでは目立たない。何より、早く行って帰って来れることに越したことはないからな」
「イドリス様が気にしないなら、いいですけど……じゃあ、早速頭絡と鞍を付けましょう! 僕一人じゃ背が低くて大変なので、手伝ってください!」
「分かった」
二人で協力し合いながら頭絡と手綱、鞍を手早くサキルにつけて行く。
最後にイドリスがあぶみを掴んでサキルの背に乗ると、マヤルは地上から大きく手を振った。
「僕、竜舎を開けにいきます! ご武運を!!」
マヤルの姿が勝手口の中に消えてゆく。
しばらく待っていると、吹き付ける風の圧が強くなり、外界と竜舎を隔てる壁が消えたことをイドリスは察した。
「行こう、サキル!」
サキルの腹を強く蹴ると、美しい羽根が広がり、力強く羽ばたく。
一人と一頭はあっという間に舞い上がり、星の海の中に出航した。
まず目指すのは、街や城のなく、人目につかずに帝都を出られる方角――北である。
下を見ると、ドラゴン達が草地の上で丸くなり、ぐっすりと眠っている。
その穏やかで平和な光景に微笑みながら、イドリスは改めて心に誓った。
――ラファトを、必ずここに連れてくる――と。
逃亡は存外にうまくいった。
イドリスは北から都を出ると西に方向転換し、二日でアルスバーンの北寄りの国境を越えることが出来た。
ドラゴンとの二人旅は、馬車の旅とは比べ物にならないほどに爽快で楽しく、ラファトの生死を案ずるイドリスの心を慰めていた。
唯一困ったのはサキルの糧食だ。
矢で仕留められる野生動物だけでは持たず、どうしても調達が必要だった。
だが、それについてはすぐに、マヤルの持たせてくれた白テンの豪華なコートが解決してくれた。
アルスバーンの国境近くの街でコートを売り払うと、高級ではない普通の毛皮のコートと雪山用のブーツ、ナイフ、そして大金と交換することができた。
このお陰で、行く先々で人目につかない場所にサキルを隠し、自分は市場に寄って、牛や馬、羊などの塊肉を買っては、持って帰って食べさせることができた。
着道楽のラファトは怒るかも知れないが、コートで自分の命が買えるとすれば安いものだろう。
野営の為の分厚い毛布も買って万全の準備を整え、イドリスは北へと向かった。
地図で見知った自分の国をドラゴンの上から眺めるのは、まるで鳥になったようで、存外に面白いものだ。
そしてどこまでも広がる深い森を見下ろしながら、改めて自分の国を愛おしいと思った。
生まれた時から当たり前にあった景色だから、深い森や溢れる泉を貴重なものとは思ったことがなかったが、砂まみれの帝国を一巡りしたからこそ、その価値が身に染みる。
人は生まれ故郷を出なければ、その真の価値を学ぶことはないのだと、イドリスは知った。
森の中に湧き出る泉でサキルの喉を潤し、なおもイドリスは北上し続けた。
飛び続けて一晩を過ぎると、行手に以前イドリスが守っていた北の砦が見え始めた。
今は帝国兵が守っているそこを大回りに迂回し、さらに北へ進むと、目の前にまるで壁のようにそびえる白い山脈が見えてくる。
山から吹き下ろす北風で気温が急激に下がり、雪の白さが地に目立ち始めた。
――国境を越えたのだ。
イドリスは山裾の森の上空を幾度も幾度も行き来して、ラファトの姿を探した。
だが、泥に汚れた白い服に白っぽい髪となると、空から探すのは困難を極める。
陽が沈むまで、名前を呼びながら低空飛行でずっと旋回し続けたが、とうとうラファトの姿を見つけることは出来なかった。
そもそも相手は自分の名すら忘れているのだ。
呼びかけに答えてくれることもないと思うと、尚更絶望感が増す。
陽が落ちて夜になり、仕方なく雪の少ないふもとの森の中に舞い降りた後、イドリスは深い溜息をつきながらサキルに話しかけた。
「サキル……お前、犬のように主人の匂いを覚えていたりしないのか?」
するとまるで嘲笑っているかのように、ギャッギャッとサキルが鳴く。
嗅覚を期待するのはお門違いだということだろうか。
仕方なく、イドリスは森の中に今夜の寝床を作ることにした。
解け残っている雪を掻き、焚き木を集め、サキルに火をつけて貰おうとして、はたと気付く。
「困った。ドラゴンに炎を吐かせるやり方を俺は習ってないぞ……」
ため息をついて焚き木を地面に投げ出すと、サキルがそこに控えめに炎を吐き、あっという間に火柱が立った。
どうやら言葉と状況だけで察してくれたようだ。
「本当にお前は帝国一……いや、世界一のドラゴンだな」
一緒に温かな火にあたりながら、イドリスは無骨な茶色い毛皮のコートを羽織ったまま、サキルの身体によりかかった。
鱗に包まれた大きな身体から常に重い呼吸音が聞こえてきて、それがなんとも言えなく安心する。
帝国で自分は誰も頼るものなく、一人きりなのだと嘆いていたが、決してそんなことはなかった。
マヤルと、このサキルとの出会いは、「友」とは言えなくても、生涯に稀な素晴らしい仲間との出会いと言えるような気がする。
そして、そのことに気付けて良かったと、イドリスは心から感謝した。
「おやすみ、サキル……」
もしもサキルがいなければ、危険な野生動物や賊を警戒して一晩中起きていなければならない所だが、まさかドラゴンと一緒に居る男を襲う馬鹿はいるまい。
イドリスはこの上なく安心した気分で、目を閉じた。
何日も飛び続けて疲労が溜まっているせいか、イドリスはすぐに夢の世界に引き込まれてゆく。
その夢の中には、サキルに乗ったラファトの姿が現れた。
楽しそうに高い空中で宙返りして、「羨ましいだろう」と、地上にいるイドリスを煽ってくる。
「お前、サキルは俺にくれると言ったではないか。約束と違うぞ!」
夢の中で叫んで、そのままハッと目が覚めた。
イドリスは、いつのまにか地面の上に横倒しになって眠っており、サキルがどこにもいなくなっていた。
「サキル……!?」
ラファトも見つからない中、この上サキルにまで居なくなられては困り果ててしまう。
驚いて立ち上がり、イドリスは指笛を吹きつつ、辺りを探し始めた。
遠くの方で、ガサガサバサバサと、羽音と木々の枝が擦れるような音が聞こえてくる。
良かった、まだ遠くには行っていない――。
夜闇の中、近くにあった木の枝の先に焚き火から拾った火を付けて、急いでイドリスは捜索に向かった。
音のする方に近づくにつれ、何やら複数の男性の緊迫した話し声が聞こえ始めてくる。
その言語は北方民族の言葉で、酷く聞き取りづらい。
「襲われているのか……!?」
イドリスが急行するとまさに、熊の毛皮を身に付けた大柄の男たちが弓矢や斧を片手に次々とサキルに襲いかかっている場面に出くわした。
サキルの鱗が硬いせいか、弱点の眼球を集中的に狙われている。
「何をする! やめろ!」
イドリスは松明を捨て、剣を抜いて彼らの中に切り込んだ。
蛮族どもが驚き、次々と矢を放とうとしてくる。
だが既にかなり距離が近かったので、イドリスの剣技の素早さの方が優った。
致命傷は与えないまでも、次々と男どもの四肢に剣で傷を負わせ、襲ってきた者たちを無力化してゆく。
だが相手も一つの村の集団かと思われるほどに多いので埒が開かず、イドリスはサキルに叫んだ。
「サキル! ほどほどに炎を吐いていいぞ!」
許しを得たサキルが金切り声をあげ、男たちが怯む。
その瞬間、サキルは彼らの中央にあった針葉樹に炎を吐き、バッと炎上させた。
流石の男達も火を吐く生き物には恐れをなしたのか、命からがら次々と逃げてゆく。
その中でも逃げ足の遅い初老の男二人の襟首を、イドリスは右手と左手それぞれでぐいとふん捕まえた。
「お前達には聞きたいことがある。ドラゴンの炎で尻を炙られたくなけば、答えてくれ」
北の砦時代に習得した言語で話しかけると、彼らはヒッと悲鳴を上げながらも大人しくなった。
イドリスは彼らをそのままサキルの顔の前に連れてゆき、背中をサキルに向けさせ、顔は自分に向けて座らせた。
怯えながら顔を上げた男たちに、腕を組んだイドリスが迫る。
「……何故、俺のドラゴンを襲った?」
すると、男たちはしどろもどろになりながら白状し始めた。
「はあ、そりゃあ、そっちのドラゴンの方が俺たちの村に近づいてきたんだあ。で、村の男総出で退治にでたってわけよ。まあそれに、ドラゴンの革はとんでもなく高く売れるっつうしな。おれたち、別に悪いことはなんもしとらんわ」
「……このドラゴンは野良ではない。鞍が付いていただろう。村を襲ったりもせん」
「そうかも知れんけど、おれたち、本物のドラゴンなんか、ほとんどみたことねえんだもんよ。なあ」
うんうん、ともう一人の男も頷く。
どうやら、サキルは許しもなく勝手に危険な人里に近づいていったようだ。
しかし、何故――?
何となく考えついたのは、ラファトを探しに行ったのではないかということだ。
まさか、本当に犬のようにラファトの匂いを辿って……?
イドリスは男たちに詫びた。
「俺がドラゴンから目を離したのは悪かった、謝る。――ついでにもう一つ、聞きたいことがある」
「へえ、なんのことやら」
「今から十日ほど前に、ある男がこのあたりで行方知れずになった。背格好は俺と同じくらいで、髪の色は、朝日に輝く雪のような白金。瞳の色は氷河のような、緑とも青とも言えない薄い色をしている、女のような顔の男だ。――お前達、見覚えはないか」
すると二人の男達は真っ赤に雪焼けした皺くちゃの顔を見合わせた。
「そりゃこの前、阿呆のラサが拾ってきた、山の神さんじゃあねえか?」
「違いねえや」
見覚えがありそうな二人の言動に、イドリスは驚き、膝を折って彼らに顔を近づけた。
「知っているのか!?」
「いや、わからんけんどもよ。でも確かそんなあたりの日に、あんまり綺麗な顔で、ながえ髪をしてたもんだから、行き倒れの女と間違えて、うちのわけぇ奴が、森で白い男を拾ってきちまったんだあ」
イドリスはハッとした。
山の民は皆、身長だけでなく横幅があり、体格がかなり良い。
そんな中に混じれば、確かにラファトは女に見える。
しかもあの髪色に顔立ちだ。
女も美人で金髪ならば、賊に攫われても滅多なことでは殺されない。
毎日一緒にいすぎたせいで、ラファトの容姿のずば抜けた美しさのことをすっかり忘れていた。
「その男に会いたい。今すぐ会わせてくれ」
「ちょっ、お忍びなのにそんな目立つドラゴンで行くんですか!?」
マヤルは呆れたが、イドリスは当たり前のように頷いた。
「天高く飛んでしまえばそこまでは目立たない。何より、早く行って帰って来れることに越したことはないからな」
「イドリス様が気にしないなら、いいですけど……じゃあ、早速頭絡と鞍を付けましょう! 僕一人じゃ背が低くて大変なので、手伝ってください!」
「分かった」
二人で協力し合いながら頭絡と手綱、鞍を手早くサキルにつけて行く。
最後にイドリスがあぶみを掴んでサキルの背に乗ると、マヤルは地上から大きく手を振った。
「僕、竜舎を開けにいきます! ご武運を!!」
マヤルの姿が勝手口の中に消えてゆく。
しばらく待っていると、吹き付ける風の圧が強くなり、外界と竜舎を隔てる壁が消えたことをイドリスは察した。
「行こう、サキル!」
サキルの腹を強く蹴ると、美しい羽根が広がり、力強く羽ばたく。
一人と一頭はあっという間に舞い上がり、星の海の中に出航した。
まず目指すのは、街や城のなく、人目につかずに帝都を出られる方角――北である。
下を見ると、ドラゴン達が草地の上で丸くなり、ぐっすりと眠っている。
その穏やかで平和な光景に微笑みながら、イドリスは改めて心に誓った。
――ラファトを、必ずここに連れてくる――と。
逃亡は存外にうまくいった。
イドリスは北から都を出ると西に方向転換し、二日でアルスバーンの北寄りの国境を越えることが出来た。
ドラゴンとの二人旅は、馬車の旅とは比べ物にならないほどに爽快で楽しく、ラファトの生死を案ずるイドリスの心を慰めていた。
唯一困ったのはサキルの糧食だ。
矢で仕留められる野生動物だけでは持たず、どうしても調達が必要だった。
だが、それについてはすぐに、マヤルの持たせてくれた白テンの豪華なコートが解決してくれた。
アルスバーンの国境近くの街でコートを売り払うと、高級ではない普通の毛皮のコートと雪山用のブーツ、ナイフ、そして大金と交換することができた。
このお陰で、行く先々で人目につかない場所にサキルを隠し、自分は市場に寄って、牛や馬、羊などの塊肉を買っては、持って帰って食べさせることができた。
着道楽のラファトは怒るかも知れないが、コートで自分の命が買えるとすれば安いものだろう。
野営の為の分厚い毛布も買って万全の準備を整え、イドリスは北へと向かった。
地図で見知った自分の国をドラゴンの上から眺めるのは、まるで鳥になったようで、存外に面白いものだ。
そしてどこまでも広がる深い森を見下ろしながら、改めて自分の国を愛おしいと思った。
生まれた時から当たり前にあった景色だから、深い森や溢れる泉を貴重なものとは思ったことがなかったが、砂まみれの帝国を一巡りしたからこそ、その価値が身に染みる。
人は生まれ故郷を出なければ、その真の価値を学ぶことはないのだと、イドリスは知った。
森の中に湧き出る泉でサキルの喉を潤し、なおもイドリスは北上し続けた。
飛び続けて一晩を過ぎると、行手に以前イドリスが守っていた北の砦が見え始めた。
今は帝国兵が守っているそこを大回りに迂回し、さらに北へ進むと、目の前にまるで壁のようにそびえる白い山脈が見えてくる。
山から吹き下ろす北風で気温が急激に下がり、雪の白さが地に目立ち始めた。
――国境を越えたのだ。
イドリスは山裾の森の上空を幾度も幾度も行き来して、ラファトの姿を探した。
だが、泥に汚れた白い服に白っぽい髪となると、空から探すのは困難を極める。
陽が沈むまで、名前を呼びながら低空飛行でずっと旋回し続けたが、とうとうラファトの姿を見つけることは出来なかった。
そもそも相手は自分の名すら忘れているのだ。
呼びかけに答えてくれることもないと思うと、尚更絶望感が増す。
陽が落ちて夜になり、仕方なく雪の少ないふもとの森の中に舞い降りた後、イドリスは深い溜息をつきながらサキルに話しかけた。
「サキル……お前、犬のように主人の匂いを覚えていたりしないのか?」
するとまるで嘲笑っているかのように、ギャッギャッとサキルが鳴く。
嗅覚を期待するのはお門違いだということだろうか。
仕方なく、イドリスは森の中に今夜の寝床を作ることにした。
解け残っている雪を掻き、焚き木を集め、サキルに火をつけて貰おうとして、はたと気付く。
「困った。ドラゴンに炎を吐かせるやり方を俺は習ってないぞ……」
ため息をついて焚き木を地面に投げ出すと、サキルがそこに控えめに炎を吐き、あっという間に火柱が立った。
どうやら言葉と状況だけで察してくれたようだ。
「本当にお前は帝国一……いや、世界一のドラゴンだな」
一緒に温かな火にあたりながら、イドリスは無骨な茶色い毛皮のコートを羽織ったまま、サキルの身体によりかかった。
鱗に包まれた大きな身体から常に重い呼吸音が聞こえてきて、それがなんとも言えなく安心する。
帝国で自分は誰も頼るものなく、一人きりなのだと嘆いていたが、決してそんなことはなかった。
マヤルと、このサキルとの出会いは、「友」とは言えなくても、生涯に稀な素晴らしい仲間との出会いと言えるような気がする。
そして、そのことに気付けて良かったと、イドリスは心から感謝した。
「おやすみ、サキル……」
もしもサキルがいなければ、危険な野生動物や賊を警戒して一晩中起きていなければならない所だが、まさかドラゴンと一緒に居る男を襲う馬鹿はいるまい。
イドリスはこの上なく安心した気分で、目を閉じた。
何日も飛び続けて疲労が溜まっているせいか、イドリスはすぐに夢の世界に引き込まれてゆく。
その夢の中には、サキルに乗ったラファトの姿が現れた。
楽しそうに高い空中で宙返りして、「羨ましいだろう」と、地上にいるイドリスを煽ってくる。
「お前、サキルは俺にくれると言ったではないか。約束と違うぞ!」
夢の中で叫んで、そのままハッと目が覚めた。
イドリスは、いつのまにか地面の上に横倒しになって眠っており、サキルがどこにもいなくなっていた。
「サキル……!?」
ラファトも見つからない中、この上サキルにまで居なくなられては困り果ててしまう。
驚いて立ち上がり、イドリスは指笛を吹きつつ、辺りを探し始めた。
遠くの方で、ガサガサバサバサと、羽音と木々の枝が擦れるような音が聞こえてくる。
良かった、まだ遠くには行っていない――。
夜闇の中、近くにあった木の枝の先に焚き火から拾った火を付けて、急いでイドリスは捜索に向かった。
音のする方に近づくにつれ、何やら複数の男性の緊迫した話し声が聞こえ始めてくる。
その言語は北方民族の言葉で、酷く聞き取りづらい。
「襲われているのか……!?」
イドリスが急行するとまさに、熊の毛皮を身に付けた大柄の男たちが弓矢や斧を片手に次々とサキルに襲いかかっている場面に出くわした。
サキルの鱗が硬いせいか、弱点の眼球を集中的に狙われている。
「何をする! やめろ!」
イドリスは松明を捨て、剣を抜いて彼らの中に切り込んだ。
蛮族どもが驚き、次々と矢を放とうとしてくる。
だが既にかなり距離が近かったので、イドリスの剣技の素早さの方が優った。
致命傷は与えないまでも、次々と男どもの四肢に剣で傷を負わせ、襲ってきた者たちを無力化してゆく。
だが相手も一つの村の集団かと思われるほどに多いので埒が開かず、イドリスはサキルに叫んだ。
「サキル! ほどほどに炎を吐いていいぞ!」
許しを得たサキルが金切り声をあげ、男たちが怯む。
その瞬間、サキルは彼らの中央にあった針葉樹に炎を吐き、バッと炎上させた。
流石の男達も火を吐く生き物には恐れをなしたのか、命からがら次々と逃げてゆく。
その中でも逃げ足の遅い初老の男二人の襟首を、イドリスは右手と左手それぞれでぐいとふん捕まえた。
「お前達には聞きたいことがある。ドラゴンの炎で尻を炙られたくなけば、答えてくれ」
北の砦時代に習得した言語で話しかけると、彼らはヒッと悲鳴を上げながらも大人しくなった。
イドリスは彼らをそのままサキルの顔の前に連れてゆき、背中をサキルに向けさせ、顔は自分に向けて座らせた。
怯えながら顔を上げた男たちに、腕を組んだイドリスが迫る。
「……何故、俺のドラゴンを襲った?」
すると、男たちはしどろもどろになりながら白状し始めた。
「はあ、そりゃあ、そっちのドラゴンの方が俺たちの村に近づいてきたんだあ。で、村の男総出で退治にでたってわけよ。まあそれに、ドラゴンの革はとんでもなく高く売れるっつうしな。おれたち、別に悪いことはなんもしとらんわ」
「……このドラゴンは野良ではない。鞍が付いていただろう。村を襲ったりもせん」
「そうかも知れんけど、おれたち、本物のドラゴンなんか、ほとんどみたことねえんだもんよ。なあ」
うんうん、ともう一人の男も頷く。
どうやら、サキルは許しもなく勝手に危険な人里に近づいていったようだ。
しかし、何故――?
何となく考えついたのは、ラファトを探しに行ったのではないかということだ。
まさか、本当に犬のようにラファトの匂いを辿って……?
イドリスは男たちに詫びた。
「俺がドラゴンから目を離したのは悪かった、謝る。――ついでにもう一つ、聞きたいことがある」
「へえ、なんのことやら」
「今から十日ほど前に、ある男がこのあたりで行方知れずになった。背格好は俺と同じくらいで、髪の色は、朝日に輝く雪のような白金。瞳の色は氷河のような、緑とも青とも言えない薄い色をしている、女のような顔の男だ。――お前達、見覚えはないか」
すると二人の男達は真っ赤に雪焼けした皺くちゃの顔を見合わせた。
「そりゃこの前、阿呆のラサが拾ってきた、山の神さんじゃあねえか?」
「違いねえや」
見覚えがありそうな二人の言動に、イドリスは驚き、膝を折って彼らに顔を近づけた。
「知っているのか!?」
「いや、わからんけんどもよ。でも確かそんなあたりの日に、あんまり綺麗な顔で、ながえ髪をしてたもんだから、行き倒れの女と間違えて、うちのわけぇ奴が、森で白い男を拾ってきちまったんだあ」
イドリスはハッとした。
山の民は皆、身長だけでなく横幅があり、体格がかなり良い。
そんな中に混じれば、確かにラファトは女に見える。
しかもあの髪色に顔立ちだ。
女も美人で金髪ならば、賊に攫われても滅多なことでは殺されない。
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