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夢渡る者・二
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正午を少し回った八神の家。
白を基調としたシンプルな応接間で、調査対象者の息子・八神隼人と向かい合い、シミひとつない真っ白なソファーに居心地悪そうにクロは座った。
重苦しい沈黙と空気に耐えかねた彼は、いつものように煙草をくわえ「すみません、一本だけ」と頭を下げた。その行動を神経質そうに一瞥し「どうぞ」ど灰皿を差し出した後、紅茶に口をつけた。
昏睡状態の対象者・八神真一郎の状態を先ほど一通り確認し、隼人との面談前に一息ついたところだった。
自分なりに精一杯マナーにそった着こなしをして出直してきたクロに対して、依然不信感を抱いている様子だったが、シロからの身元保証に加え、「調査させてくれるまで何度でも来るからな」という脅しのような言葉に押し切られ、息子はしぶしぶ応対することにしたのだった。
どうせ誰が来ても何も変わることはない、面倒ばかりかける父親だ。
「なぁ、アンタは父親の能力がどんなもんなのか知ってるのか?」
一服し終えたクロは、そそくさと吸い殻をもみ消して、茜の命令でキッチリとセットしてきた髪をガシガシと乱しながら隼人に訊いた。
「私が直接体験したわけではないので、詳細は分かりません。というよりも、父の奇妙な能力についてまったく興味を持っていません」
クロと視線を合わせようとせずティーカップを見ながら答えた。
これ以上関わり合いたくないという圧力を発している。
そんな彼の態度に「俺、変なこと訊いた?」と隣に座っている茜に耳打ちすると、彼女は黙って頷いた。隼人は、父親をただ面倒な存在としか思っていないようだった。
八神真一郎53歳・昏睡する前の職業は教師。
彼の能力は、自身の睡眠時に他者の夢の中に入り、その者が悩まされている悪夢から救い出すというものだ。シロの資料には〈獏〉と記入されていた。
幼い頃に大病を患い、奇跡的に回復した後に突如開花した能力だという。そして、妻の死を機に深い眠りから覚めなくなってしまったそうだ。
噂を聞きつけて研究所が調査員を派遣した時にはすでに昏睡状態になった後だった。そのため、能力の調査は何一つ進んでいない。
「もう8年になるかしらね・・・お一人で、よく頑張ってきましたね」
茜の言葉に隼人は静かに頷いた。
「はい。所長や茜さん、調査員の方々のおかげです。来春で大学も卒業します。長い間、本当にお世話になりっぱなしで・・・その恩も返すことができず、申し訳ありません」
「あら、気になさらないで。シロの奇妙な趣味に付き合わせているんだもの、お父様のお世話やアナタの支援くらい、お安い御用よ」
二人の会話で、能力者に対するシロの執着と熱意を改めて実感したクロは、自分の腕をじっと見つめた。
まだ中学生の息子をたった一人残し、ある日突然夢の世界から戻らなくなった父。
数日後、父が目覚めたら必ず研究対象として特殊能力の調査をさせてくれないかと現れた謎の男の部下。その調査に協力してくれれば、成人するまでの期間、生活費や学費、父の生命維持のための費用やケアの手配を引き受けると申し出た。
まだ子供だった隼人は、その提案を承諾するしか生き抜く手段はなかった。
「じゃ、対象者の確認も済んだし、息子さんもこれ以上話すこともねぇようだから、お暇しようか。茜」
すっかり冷めてしまった紅茶をじっと見つめている隼人を心配そうに見上げている茜に「長居は無用だろ?」と言いながら抱えて、ネクタイをほどいて引っかけている肩に乗せた。
「じゃ、お大事に」
「お邪魔しました」
名残惜しそうに振り返る茜の頭をそっと撫で退室するクロの背に、隼人は無言で一礼した。
「オヤジって、他にも何人か支援してるのか?」
八神邸の門扉を押し上げたクロは、すぐさま煙草を口にくわえた。
「そうね。いると思うわよ。アタシが雇われる前からお世話している人もいるらしいし・・・」
「そうか。ちょっと変わった道楽者かと思ってたけど、意外と慈善家なんだな、オヤジって。生活の困った能力者の家族の支援もするなんてさ。見直したよ」
「・・・そんなことないわ」
「え?」
聞き逃してしまいそうな小さな声で茜は「所有物よ、みんな。あの男の」と吐き捨て、しなやかにクロの肩から飛び降り歩道を走り出した。
「おい!なんだよそれ?今の、どういう意味だよ!」
「内緒!」
尻尾をピンと伸ばして「競争よ!」と走っていく白貂を追いかけ、クロは火を点けたばかりの煙草を深く吸いこんだ。
その時。
ズキ!!
「うぅ・・・」
あの頭痛だ。
水上を助けようと走り出す瞬間に襲ってきた、電気ショックのような衝撃と激しい頭痛・・・
その苦痛の中、クロはまたビジョンが脳裏に広がった。
夜の暗闇。
鬱蒼と茂った森の奥、炎に包まれた大きく古い屋敷に、それを取り囲む黒衣の集団。自分もその中にいて、燃え盛る家屋の中を警戒して伺っている。その視線の先には、人影が・・・
女子供も含めた大勢が逃げることなくとどまっている。
あの人たちは、なぜ逃げない?俺たちは、なぜ助けない?
闇夜を煌々と輝かせる火の渦の中、ひと際風格のある男の姿が浮かび上がった。
あの男、あの男、俺は、知っている?・・・誰だ、誰なんだ?
クロの足は釘で打ち付けたかのように一歩も前に進めない、息をするのも苦しく声が出ない。
誰なんだよ?この状況は、何なんだんよ?教えてくれよ!
この胸の苦しさは、炎による熱気のせいか、それとも・・・
やめろ、やめてくれ!
「俺は・・・」何かをつかみ取れそうだと思った瞬間、クロの意識は途切れた。
しおりを挟む 白を基調としたシンプルな応接間で、調査対象者の息子・八神隼人と向かい合い、シミひとつない真っ白なソファーに居心地悪そうにクロは座った。
重苦しい沈黙と空気に耐えかねた彼は、いつものように煙草をくわえ「すみません、一本だけ」と頭を下げた。その行動を神経質そうに一瞥し「どうぞ」ど灰皿を差し出した後、紅茶に口をつけた。
昏睡状態の対象者・八神真一郎の状態を先ほど一通り確認し、隼人との面談前に一息ついたところだった。
自分なりに精一杯マナーにそった着こなしをして出直してきたクロに対して、依然不信感を抱いている様子だったが、シロからの身元保証に加え、「調査させてくれるまで何度でも来るからな」という脅しのような言葉に押し切られ、息子はしぶしぶ応対することにしたのだった。
どうせ誰が来ても何も変わることはない、面倒ばかりかける父親だ。
「なぁ、アンタは父親の能力がどんなもんなのか知ってるのか?」
一服し終えたクロは、そそくさと吸い殻をもみ消して、茜の命令でキッチリとセットしてきた髪をガシガシと乱しながら隼人に訊いた。
「私が直接体験したわけではないので、詳細は分かりません。というよりも、父の奇妙な能力についてまったく興味を持っていません」
クロと視線を合わせようとせずティーカップを見ながら答えた。
これ以上関わり合いたくないという圧力を発している。
そんな彼の態度に「俺、変なこと訊いた?」と隣に座っている茜に耳打ちすると、彼女は黙って頷いた。隼人は、父親をただ面倒な存在としか思っていないようだった。
八神真一郎53歳・昏睡する前の職業は教師。
彼の能力は、自身の睡眠時に他者の夢の中に入り、その者が悩まされている悪夢から救い出すというものだ。シロの資料には〈獏〉と記入されていた。
幼い頃に大病を患い、奇跡的に回復した後に突如開花した能力だという。そして、妻の死を機に深い眠りから覚めなくなってしまったそうだ。
噂を聞きつけて研究所が調査員を派遣した時にはすでに昏睡状態になった後だった。そのため、能力の調査は何一つ進んでいない。
「もう8年になるかしらね・・・お一人で、よく頑張ってきましたね」
茜の言葉に隼人は静かに頷いた。
「はい。所長や茜さん、調査員の方々のおかげです。来春で大学も卒業します。長い間、本当にお世話になりっぱなしで・・・その恩も返すことができず、申し訳ありません」
「あら、気になさらないで。シロの奇妙な趣味に付き合わせているんだもの、お父様のお世話やアナタの支援くらい、お安い御用よ」
二人の会話で、能力者に対するシロの執着と熱意を改めて実感したクロは、自分の腕をじっと見つめた。
まだ中学生の息子をたった一人残し、ある日突然夢の世界から戻らなくなった父。
数日後、父が目覚めたら必ず研究対象として特殊能力の調査をさせてくれないかと現れた謎の男の部下。その調査に協力してくれれば、成人するまでの期間、生活費や学費、父の生命維持のための費用やケアの手配を引き受けると申し出た。
まだ子供だった隼人は、その提案を承諾するしか生き抜く手段はなかった。
「じゃ、対象者の確認も済んだし、息子さんもこれ以上話すこともねぇようだから、お暇しようか。茜」
すっかり冷めてしまった紅茶をじっと見つめている隼人を心配そうに見上げている茜に「長居は無用だろ?」と言いながら抱えて、ネクタイをほどいて引っかけている肩に乗せた。
「じゃ、お大事に」
「お邪魔しました」
名残惜しそうに振り返る茜の頭をそっと撫で退室するクロの背に、隼人は無言で一礼した。
「オヤジって、他にも何人か支援してるのか?」
八神邸の門扉を押し上げたクロは、すぐさま煙草を口にくわえた。
「そうね。いると思うわよ。アタシが雇われる前からお世話している人もいるらしいし・・・」
「そうか。ちょっと変わった道楽者かと思ってたけど、意外と慈善家なんだな、オヤジって。生活の困った能力者の家族の支援もするなんてさ。見直したよ」
「・・・そんなことないわ」
「え?」
聞き逃してしまいそうな小さな声で茜は「所有物よ、みんな。あの男の」と吐き捨て、しなやかにクロの肩から飛び降り歩道を走り出した。
「おい!なんだよそれ?今の、どういう意味だよ!」
「内緒!」
尻尾をピンと伸ばして「競争よ!」と走っていく白貂を追いかけ、クロは火を点けたばかりの煙草を深く吸いこんだ。
その時。
ズキ!!
「うぅ・・・」
あの頭痛だ。
水上を助けようと走り出す瞬間に襲ってきた、電気ショックのような衝撃と激しい頭痛・・・
その苦痛の中、クロはまたビジョンが脳裏に広がった。
夜の暗闇。
鬱蒼と茂った森の奥、炎に包まれた大きく古い屋敷に、それを取り囲む黒衣の集団。自分もその中にいて、燃え盛る家屋の中を警戒して伺っている。その視線の先には、人影が・・・
女子供も含めた大勢が逃げることなくとどまっている。
あの人たちは、なぜ逃げない?俺たちは、なぜ助けない?
闇夜を煌々と輝かせる火の渦の中、ひと際風格のある男の姿が浮かび上がった。
あの男、あの男、俺は、知っている?・・・誰だ、誰なんだ?
クロの足は釘で打ち付けたかのように一歩も前に進めない、息をするのも苦しく声が出ない。
誰なんだよ?この状況は、何なんだんよ?教えてくれよ!
この胸の苦しさは、炎による熱気のせいか、それとも・・・
やめろ、やめてくれ!
「俺は・・・」何かをつかみ取れそうだと思った瞬間、クロの意識は途切れた。
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