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雨呼び男・三
しおりを挟む夕暮れの屋上に、小柄な男と白貂の長い影がのびる。
「水上家は〈雨男〉が生まれる血筋なんだろ?じゃ、調査対象は覚醒してねぇあいつじゃなくて、父親でもいいんじゃねぇか?それなら、あんなビビり野郎に何日もくっついて観察しなくても、手っ取り早く終わるんじゃねぇの?」
コンクリートの硬い地面に寝転がったクロは、読んでいたレポート用紙を腹に置き、茜の方へ顔だけ向けた。
彼女は一日中閉じ込められていたスポーツバッグから解放されて、気持ちよさそうにそよ風に吹かれている。白い毛並みをオレンジ色の陽に染めて。
「父親は婿よ。元々、水上家は女系の血統なの。でも女性には能力はなく、数世代に一人生まれる直系男子にのみ、その能力は引き継がれるらしいのよ。シロもまだ実物の〈雨男〉を発見したことないから、可能性の高いあの子が覚醒するまで何日でも待てって言ってるの」
雇い主のご威光なら仕方ない。でも、この偽中学生生活にも飽き始めていた。さすがに行内では禁煙を通しているが、いつニコチン中毒が爆発するか・・・
「あいつをソッコー覚醒させる方法ってねぇかな?」
「何が覚醒の引き金になるのか分からないのよ?手荒なことして対象者に警戒されたら面倒よ」
「だよな~」
イラつき、黒髪を掻きながら寝返りを打ったクロの耳に、かすかな悲鳴と屋上へ向かってくる数人の足音が聞こえた。
「茜、こっちへ!」
素早く茜を抱え、屋上への扉から死角になる建物の陰に身をひそめた。その直後、階段を駆け上がってきた集団が飛び出してきた。若くて残酷な声色で罵る集団に、小突き回されてよろめいている華奢な少年は、悠だ。
必死に身をかわし、集団から逃れようとしているが、1対5では逃げ切れるはずもない。
「ちょっと、クロ!見てないで助けなさいよ!」
茜が声を殺してクロの耳元でせっつく。
「あぁ、分ってるよ。大事な調査対象者様だもんな」
ニコチン不足で苛立ちもピークに達しようとしていたクロは、集団へ足を向けた、その時。
ズキ!!
目の前に火花が散った。
瞬間、頭の天辺から体中に電流が走るような衝撃と苦痛に襲われた。息が詰まる・・・
「う・・・ぐぁっ・・・」
「クロ?クロ!?」
歯を食いしばり、目を閉じたその闇の中、何かの情景が見えた。
幼い子供を抱きかかえた、黒衣を着た自分の姿。子供はぎゅっとクロの袖を掴み、彼自身も幼子の背を力強く抱いている・・・
「なんだ?・・・今のは、俺?」
「大丈夫?真っ青よ、具合悪いの?クロ!」
「だ、大丈夫だ。それより、あいつを何とかしなきゃ」
まだ目が回る。
頭痛も治まってはいないが、悠の身の安全を確保することが先決だ。平常心を取り戻すため、潜入中は控えていた煙草を取り出し、もどかしい手つきで火を点け、一息吸った。
「おい!お前、調子乗ってんじゃねぇよ!あの変な転校生とつるんでるからって、いきがるなよな」
「子供のころから気持ち悪い空気のヤツは、やっぱりお友達も妙なヤツと気が合うのかもな?類は友を呼ぶっていうやつだ」
「お前ら目障りなんだよ!」
集団に取り囲まれて拳や足で小突かれる悠は、うずくまって小さくなっている。
自分たちの憂さ晴らしのターゲットだった気弱な同級生に、突然周囲を圧倒する雰囲気を持った転校生の友人ができて、手出しができなくなった。その鬱憤をクロがいない隙を狙って拉致してきた悠にぶつけているようた。
「いっそ、このままここから落としちまう?」
集団とは恐ろしいもの。
一人がそう口にすると、次々と「そうしよう!」と賛同する声があがる。そして丸まった悠を神輿のように担ぎ、フェンスの際まで連れてきた。
「やめて!た、助けて!」
「おい、何か聞こえるか?」
「いや、聞こえないね」
誰もやめる素振りは見せない。本当にこのまま放り投げられてしまうのか?
いやだ!そんなの理不尽だ!死にたくない、死にたくない!
死になくない!!
「!?」
ついさっきまで美しい夕焼け空だったのに、足元が暗い。空を見上げると、この屋上の真上だけ、墨を流したような雷雲が湧きたっている。
「おい、茜。これってまさか・・・」
空の急変に足を止めたクロに、悠の悲鳴が届く。彼は今まさに宙に投げ出される寸前だ。
「水上!」
フェンスにかじりつき、小柄な体を必死に伸ばしたその手に、わずかに悠の手は届かなかった。スローモーションのように落ちてく悠が見える。彼を放り投げた集団も、一気に熱が冷め我に返り、呆けた顔で落下する同級生を眺めた。地面まで、もうすぐ・・・
自分が付いていながら、子供ひとり守ることができなかった。助けることができなかった。また助けられなかったと悔やんだ。
・・・また?またって、前に誰を?
「クロ!見て!」
いつの間にか肩に乗っていた茜が歓声をあげる。慌てて悠の落下地点を覗いたクロは息を飲んだ。
雷鳴が轟き、大粒の雨が降り出した地上に竜がいた。大量の水が生命を得たようにうねり、その太い体の中に優しく労わるように悠を抱いていた。ずっと待っていた主人の帰還を喜ぶ水竜は、彼が目覚めぬうちにただの水に戻り、雷が鳴りやむ頃、大地へ還っていった。
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