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雨呼び男・四
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遮光カーテンで閉め切られた薄暗い研究室で、湯飲みに入った熱いブラックコーヒーを啜っていたシロは、クロたちの調査報告を読んでいる。
ここで彼の「承認」がもらえなければ、調査が不十分として再潜入しなくてはならない。またニコチンから縁遠い生活に戻るのは御免だ・・・クロは、黙読するシロの視線を追いながらじっと待った。
「はい。・・・まぁ、いいでしょう」
報告書の紙面をポンと軽く叩き、狐面のような糸目をさらに細めて微笑んだ。クロと茜は、安堵から脱力した。
水上悠はあの日以来、雷雲を湧かせることも、水竜を出現させることもなかった。きっと生命の危機に直面することがなければ、能力は休眠したままなのかもしれない。
ごくたまに、情緒が不安定になった時だけ、一時的に雨を降らせることもあったが、本人が制御している様子はみられなかった。
「変な夢も見なくなったって言ってたし、このまま平穏に暮らすんじゃねぇかな、あいつ」
能力に目覚め雷雲と水竜を呼んだあの日以降、不思議な夢はぱったり見なくなったそうだ。
「きっと覚醒を告げる予兆だったのでしょう。伝承では、能力者の前世でもある先代の能力者が、大いなる力を秘めた子孫を夢の中で導き、目覚めを促しているのだそうですよ。実際にその通りだったと、今回裏付けされましたね」
シロは古い書物を指でたどりながら続けた。
「ただ、代が進むにつれ導き方が不安定になり、覚醒しても能力の制御もおぼつかない能力者しか生まれなくなってきた・・・」
細い目を閉じ、コーヒーに口をつけた後、「この家系も、滅びゆく血筋なのでしょうね」と呟いた。そしてそっと書物を書棚に置いた。
かつて水上一族は『水神』と崇められ、天候を意のままに操ることのできる強大な神通力で、時の権力者に大事に保護され、同時に監視されていた。その伝承は口伝がほとんどで、書物としてはわずかにしか記録されていない。
一族の起源についても謎のままだ。
かつてそれほど強力な能力者の血筋だったにもかかわらず、末裔にあたる悠には雨男程度の力すら制御できない有様。一族も、自分たちに引き継がれた能力の存在すら忘れてしまっている。
このまま能力は弱まり、生まれ変わりの間隔も長くなり、いずれは・・・
淘汰されてゆく大いなる神通力・・・
「ところでオヤジさ・・・」
「所長と呼びなさい!」
眉を吊り上げシロが渾身の眼力で睨んだ。
「俺の呼び名、やっぱり別のに変えてくれねぇ?『クロ』ってさ、ふざけてんの?拾った犬じゃねぇんだから」
シロの凄みのある視線に動じることなく、クロは不満げに口を尖らせた。
「色白で白髪の僕が『シロ』、色黒で黒髪の君が『クロ』、何が不満なんですか?」
赤目の白貂が『茜』。
・・・この致命的なネーミングセンスの悪さ。クロは自分の要求が、残念な雇い主に聞き入れてもらえないだろうと悟りうなだれた。
「そんなに不満なら、早く本名を思い出せばいいでしょう?」
シロはいたずらっ子のようにニヤリと笑った。
「俺、いつまでこのオヤジにこき使われ続けるんだろ?」
研究所の所長・鹿野シロの目的はまったく分からない。
彼は体質的に屋外で活動するだけの体力がないほど虚弱で、クロのような現場調査専門の助手に、案内役の茜を同行させて研究を続けているようだった。クロ自身、他に行く当てもないこともあり、不満があったとしても協力するしかなかった。
「ねぇ、クロ。あの子、良かったわね」
クロの肩に飛び乗ってきた茜は、嬉しそうにしなやかな尻尾を揺らした。
「そうだな」
悠は、転落事故以来、いじめ集団から絡まれることはなくなったらしい。
中学校を去る前にクロが釘を刺しただけでなく、あの凄まじい光景を目の当たりにしたということ、さらに何か吹っ切れたようにさっぱりした性格になった悠自身の変化も大きいだろう。
それよりも気にかかることがクロにはあった。
あの時、頭痛の最中に一瞬見えた映像は何だったのか。自信の記憶か、それとも何かの暗示なのか・・・
「君が何者であるか、この調査に関わっていたらいずれ分かるかもしれませんよ」と言ったシロの言葉も、あながち的外れではないかもしれない。
我慢していた煙草を思う存分吸い続けられる自由を噛みしめながら、クロはふぅっと紫煙を燻らし、カーテンからわずかに漏れる暖かな日差しをぼんやり眺めた。
特殊能力者の調査が1件、終了した。
しおりを挟む ここで彼の「承認」がもらえなければ、調査が不十分として再潜入しなくてはならない。またニコチンから縁遠い生活に戻るのは御免だ・・・クロは、黙読するシロの視線を追いながらじっと待った。
「はい。・・・まぁ、いいでしょう」
報告書の紙面をポンと軽く叩き、狐面のような糸目をさらに細めて微笑んだ。クロと茜は、安堵から脱力した。
水上悠はあの日以来、雷雲を湧かせることも、水竜を出現させることもなかった。きっと生命の危機に直面することがなければ、能力は休眠したままなのかもしれない。
ごくたまに、情緒が不安定になった時だけ、一時的に雨を降らせることもあったが、本人が制御している様子はみられなかった。
「変な夢も見なくなったって言ってたし、このまま平穏に暮らすんじゃねぇかな、あいつ」
能力に目覚め雷雲と水竜を呼んだあの日以降、不思議な夢はぱったり見なくなったそうだ。
「きっと覚醒を告げる予兆だったのでしょう。伝承では、能力者の前世でもある先代の能力者が、大いなる力を秘めた子孫を夢の中で導き、目覚めを促しているのだそうですよ。実際にその通りだったと、今回裏付けされましたね」
シロは古い書物を指でたどりながら続けた。
「ただ、代が進むにつれ導き方が不安定になり、覚醒しても能力の制御もおぼつかない能力者しか生まれなくなってきた・・・」
細い目を閉じ、コーヒーに口をつけた後、「この家系も、滅びゆく血筋なのでしょうね」と呟いた。そしてそっと書物を書棚に置いた。
かつて水上一族は『水神』と崇められ、天候を意のままに操ることのできる強大な神通力で、時の権力者に大事に保護され、同時に監視されていた。その伝承は口伝がほとんどで、書物としてはわずかにしか記録されていない。
一族の起源についても謎のままだ。
かつてそれほど強力な能力者の血筋だったにもかかわらず、末裔にあたる悠には雨男程度の力すら制御できない有様。一族も、自分たちに引き継がれた能力の存在すら忘れてしまっている。
このまま能力は弱まり、生まれ変わりの間隔も長くなり、いずれは・・・
淘汰されてゆく大いなる神通力・・・
「ところでオヤジさ・・・」
「所長と呼びなさい!」
眉を吊り上げシロが渾身の眼力で睨んだ。
「俺の呼び名、やっぱり別のに変えてくれねぇ?『クロ』ってさ、ふざけてんの?拾った犬じゃねぇんだから」
シロの凄みのある視線に動じることなく、クロは不満げに口を尖らせた。
「色白で白髪の僕が『シロ』、色黒で黒髪の君が『クロ』、何が不満なんですか?」
赤目の白貂が『茜』。
・・・この致命的なネーミングセンスの悪さ。クロは自分の要求が、残念な雇い主に聞き入れてもらえないだろうと悟りうなだれた。
「そんなに不満なら、早く本名を思い出せばいいでしょう?」
シロはいたずらっ子のようにニヤリと笑った。
「俺、いつまでこのオヤジにこき使われ続けるんだろ?」
研究所の所長・鹿野シロの目的はまったく分からない。
彼は体質的に屋外で活動するだけの体力がないほど虚弱で、クロのような現場調査専門の助手に、案内役の茜を同行させて研究を続けているようだった。クロ自身、他に行く当てもないこともあり、不満があったとしても協力するしかなかった。
「ねぇ、クロ。あの子、良かったわね」
クロの肩に飛び乗ってきた茜は、嬉しそうにしなやかな尻尾を揺らした。
「そうだな」
悠は、転落事故以来、いじめ集団から絡まれることはなくなったらしい。
中学校を去る前にクロが釘を刺しただけでなく、あの凄まじい光景を目の当たりにしたということ、さらに何か吹っ切れたようにさっぱりした性格になった悠自身の変化も大きいだろう。
それよりも気にかかることがクロにはあった。
あの時、頭痛の最中に一瞬見えた映像は何だったのか。自信の記憶か、それとも何かの暗示なのか・・・
「君が何者であるか、この調査に関わっていたらいずれ分かるかもしれませんよ」と言ったシロの言葉も、あながち的外れではないかもしれない。
我慢していた煙草を思う存分吸い続けられる自由を噛みしめながら、クロはふぅっと紫煙を燻らし、カーテンからわずかに漏れる暖かな日差しをぼんやり眺めた。
特殊能力者の調査が1件、終了した。
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