西上総神通力研究所

智春

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色無き女・三

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「奥様」

午後の日差しはすっかり傾き、細く開けられた襖からは夕暮れの陽が差している。どれくらい眠っていたのだろうか・・・
美智子は掛布団の中綿が散乱する室内を見渡し、深い溜息をついた。

侍女は、主人の返事を従順に待っている。

「片付けはまだ良い。下がっていなさい」

「かしこまりました」

侍女を次の間に控えさせ、枕元に置かれた綿をかぶった手紙の封を開けた。内容は、今日ここで起きたことの顛末を詳細に報告するようにというシロからの要請が簡潔に書かれていた。

「まったく、この私を当て馬にしおって」

非難めいた言葉とは裏腹に、その口元は微笑んでいた。
シロはとんでもない者を拾ったようだ。偶然なのだろうが、知っていて保護したのなら怖ろしい直感力だと感心した。

雪村美智子は、生まれつき色素を持っていない〈白子しらこ〉、つまりアルビノだ。

彼女の家系には時折、色の無い子供が生まれる。しかし、ほとんどの〈白子〉は虚弱で短命だった。
ただ、まれに特異な能力を発現し、生き延びる者もいた。その者は、他者の生気を吸い取り、自身の滋養として吸収し、重篤な虚弱体質を一時的に回復させることができるのだった。

彼女は数年おきにシロから健康な若者を与えられ、生きながらえている。使者として訪問した若者たちは、二度と雪村の門を潜ることはない。
今日はクロがその人身御供だったが、完全に命を奪い取ってしまうことは控えるようにと釘を刺されてた。

今回は、別の指令も受けていたからだ。

〈白子〉の能力で取り込む際に、クロに秘められた記憶や能力もろとも引き出すことが可能なら試してほしい、というものだった。その企ては難なく達成できる。
・・・と思われた。

クロは初め、美智子にされるがままに精気を吸われていた。

だが突然、猛烈な勢いで彼女の侵蝕を拒絶し、反撃に転じたのだった。
自らの腕で生み出した疾風で、美智子の寝所をズバズバと切り裂いたのだった。斧で叩きつけたような跡が、床の間や梁に生々しく残っている。
彼のぎりぎりの良心で、美智子自身の身体には傷一つついていなかったが、その周囲は嵐が蹂躙した後のようだった。

凶暴な竜巻は、奥座敷を破壊して唐突に消失した。

気を失ったクロは、その場に倒れた。小さな白貂が必死に威嚇して守っているが、美智子の敵ではない。
この男の精気を取り込めたら、あと何年生きながらえることだろう。誰の支えもなく、自らの足で立ち上がり、陽光の下を浴びることができるだろうか・・・

幸い、生命力あふれる若い獲物は沈黙している。絶好のチャンスだ。
しかし、中途半端に発動した能力の反動なのか、クロの発した嵐への怯えのせいか、自分が思っている以上に消耗してしまっていることに気づいた彼女には、それ以上手出しすることを諦めた。
なんと不甲斐ない身体なのか。

口惜しさに震える胸をさすりながら、侍女を呼び客間で休ませた後に帰したのだった。

「あれは〈鎌鼬〉に違いない。と言うことは、あの野良犬もしや・・・」

手紙をばっさりと口を開いて綿を吐く掛布団に放り、生贄の生気をわずかであるが吸収し、いくらか顔色の良くなった美智子は、夜の帳の降りてきた庭を襖越しに眺めた。

もし、あの集団に属した者だとして、なぜ一般人に紛れて暮らしているのか。噂では、大罪を犯して破門になった者がいるというが、鍛錬し習得した技をそのままに俗世に追放するとは思えない・・・

所長は、何に手を出そうとしているのか分かっているのだろうか。
スッと胃の腑が冷えた。

「こんな山奥に隔離しておいて、都合がいい時だけ利用しおって・・・史郎坊め」

パタンと襖を閉め、無謀な計画を実行しようとしている遠縁の者の身を案じる気持ち半分、妬む気持ち半分の女主人は、湯の支度をするように侍女を呼びつけた。

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