西上総神通力研究所

智春

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新月に飛ぶ鳥

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「観念しなさい。抵抗しても、無駄です」

年の瀬も迫る、ある新月の夜。

人々の賑わう通りから離れた、廃業したスーパーマーケットの荒んだ店内。黒い和装の少年たちに囲まれて、くたびれた格好の中年男は項垂れた。
すでに逃走する気も失せ、後ろ手に回された腕が縄で拘束されていってもおとなしくしている。

自分の潜伏先に、夜に紛れる黒衣の彼らが、音もなく侵入してきたことに気づいた時から覚悟はしていた。彼らに発見されてしまっては、逃げおおせることは不可能だ。過去にその追跡を回避できた者などいない。
武器を持たず、その身から放たれる疾風の刃やつむじ風に太刀打ちできる者なのいるだろうか。

じっと押し黙ったままの男に、リーダー格の少年が話しかけた。

「貴方が『天宮』から持ち出した古文書はどこですか?」

「・・・」

「見たところ、手荷物はないようですが、どこかに隠匿しているのですか?それとも共犯者が他にいるのですか?」

「・・・」

黙秘する男に対し、背後で腕を拘束している少年が「千早隊長が質問しているだろ。さっさと答えろ」と言い、締め上げられた縄をグッと捻った。

「ぐっ!」

痛みに声を漏らした男は、よろよろと頭を上げ、疲れ切った目で千早と呼ばれた少年を見た。

「残念だったな、もう持ってないね。あんな埃臭い本でも欲しいっていう奇特な奴がいてよ、そいつに売りつけてやってたんだ。」

「売った?」

「あぁ、残らず売ってやったから、もう一冊もない。本の紛失がバレて逃げた時に売ったのが最後だ。何冊売ったかなんて覚えてないね。今は逃走資金を稼ぐこともできず、このざまだがな」

それだけ言うと男はまた黙ってしまった。

「あの古文書の意味は分かっていたのですか?その重要性や危険性を承知の上で、部外者に横流ししていたということなのですか?」

「正直に答えろ!」

千早の周りに控えている少年たちからも急き立てる声が飛ぶ。
汚れて塵のからんだ蓬髪を揺らし、男はこくりと頷いた。彼は自身が仕えていた家の書庫から、数十という貴重な古文書を盗み出し、それを他者に売り、金を稼いでいたという。書物を管理している祐筆という役職が不在のために起こった事件だった。

「貴方にはまだ訊くことがあります。私たちの詰め所まで連行します」

薄汚れたコートを羽織り、凍えながら逃亡し続け痩せこけてしまった男は、黙したまま少年たちに連れられ、廃屋の裏路地に停められていたワゴン車に乗せられた。

「感動しました、千早隊長!手配犯発見から拘束までの手際が見事でした。最小限の負傷で取り押さえ、周囲の一般の者たちに捕縛の一切を悟られることなく任務を完了するとは、さずが最年少で隊長を任せられるだけあります」

「まったくです。我らの誇りです。千早隊長の率いるはやぶさ隊に選ばれて光栄です」

少年たちが自分を慕い称える声を聞こえないふりをして、千早は流れる車窓の景色を眺めた。

私はただ、あの人のようになりたいだけなのです。幼少のころから憧れているあの人のような戦士に、精神も技術も、優しさも。

月のない夜の街は、いつもより夜が暗く感じる。そんな闇を見つめ、過去、自分たちの部隊に最強の戦士として謳われた男がいたことを懐かしく思った。彼はまだ、この月の照らさぬ夜のごとき闇の中で苦しんでいるのだろうか・・・

黒い装束を纏った集団は、夜に紛れ、罪を犯した男を街から消した。



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