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不死の獣・四
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「本当に、何も覚えていないのでしょうかね、艶姫本人は」
シロはいつものようにブラックコーヒーを入れた湯飲みを啜りながら、調査報告書の感想を呟いた。「そうだと思う」と答えたクロに返事もせず、しばらく黙読を続けた。
「まぁ、〈猫又〉の現在の宿主は判明しているし、彼女も比較的に協力的なので、今後の調査で何か発見があるかもしれません。おいおい何か思い出すかもしれませんから、定期的な調査を粘り強くしていきましょう」
調査保留を言い渡したシロは、まだ納得していない様子だった。
対象者・新藤七緒に憑いている〈猫又〉の転生術の詳細は、何度面会を繰り返し話を聞いても内容はあいまいなもので、はっきりとした結論に達することはなかった。
彼女自身、器の寿命が尽きる気配を察しても何もせず、死が訪れる日をただ静かに待っているのだそうだ。しかし、毎回気づくと別人の身体の中に意識が移っていることを知る。本人の意思に反して、もう数百年もそれを繰り返しているのだそうだ。
術の効力が切れていないせいなのか、半端な術者が施行したための異常な効果のせいなのか・・・
どちらにしても艶姫自身にはどうすることもできないようだった。
・・・未来永劫、ワシには安らかなる死は与えられぬのかもしれぬ。
僧侶と共に処刑されたにもかかわらず、禁術の効力で彼女だけ新たな身体に転生を遂げていた。愛しい主人のもとへ逝くことも叶わず、たった一人、無限に転生し続けることが自分に科せられた罰なのだろうと、最後に会った時に寂しそうに笑った。
「想定していた以上に使えない案件ですね。・・・やはり別のプランを考えた方が良さそうです」
〈猫又〉の報告書を放りだし、別の書物を引っ張り出してシロは何かを調べ始めた。調査の報告を終えたクロは退室した。
・・・小僧、あの貂を大事にしろ。アレはワシと逆さの身体じゃ。アレは、哀れな女子じゃ。
「どういう意味なんだよ。姫さんよぉ」
去り際、艶姫に囁かれた言葉がクロの胸をずっと騒がせている。
茜は入れ替わりの激しい助手たちをサポートするために、シロが動物実験で人語を話せるように作り出したと紹介されていたのだが、本当にそうなのだろうか。それだけのために小動物に実験するより、誰か雇っておけば済むだろう。
なぜ、動物を使おうと思ったのか・・・
「クロ?」
薄暗い研究所の中庭に面した窓の遮光カーテンを少し開けて、煙草をふかしながら乱雑に刈り込まれた庭木を眺めた。クロの後を追ってシロのいる部屋を出てきた茜は、彼の肩に飛び乗って、心配そうに顔をのぞきこんだ。
「対象者に言われた、六花とかいうものが気になるの?」
そっと首を振ったクロは、相棒の小さな頭を撫でた。
六花衆という一団とよく似た能力を操るクロに、艶姫は最初、並々ならぬ憎悪をぶつけてきた。
六花衆は、愛しい人の仇・・・
自分はそんな集団は知らないし、関わり合いはないと否定しても、激昂した彼女の耳には届かなかった。吊り上げられた目で獲物を首を狩ろうとにじり寄る。
そんな怒れる彼女を宥めてくれたのは茜だった。
クロが研究所に現れた日のこと、その後の様子、自分の知る限りでの人となりなど、姫が怒りを鎮めてくれるまで根気よく語ってくれたのだった。
「クロが何者であっても、クロには変わりないわ。だから、何があっても動じちゃダメよ」
静かだが、内に情熱を秘めたような声だった。
「わかってる」
彼自身、失ったままの記憶や風を操れる能力など、どうでもいいと思っている。
口が悪くて、すぐへそを曲げてしまう厄介な相棒だけど、窮地に陥った自分を見捨てることなく最後まで守ってくれる頼もしい彼女に出会えたことだけでも、ありがたい。
この研究所に転がり込んで唯一、感謝できることだった。
「なぁ、茜。天気もいいし、調査も一段落したことだから、あの植え込みあたりで昼寝でもするか?」
「植え込みって、アレ?先週クロが不細工に剪定した、あの柚子の木のこと?ヤダ、あの木って棘があるじゃない」
相変わらず不平不満ばかりで素直じゃない茜に「うるせぇババァだな」と悪態で返し、優しくその背を撫でて玄関へ歩いて行った。麗らかな陽が差す、明るい場所へ向かって。
特殊能力者の調査は、結論に達しないため継続調査となった。
シロはいつものようにブラックコーヒーを入れた湯飲みを啜りながら、調査報告書の感想を呟いた。「そうだと思う」と答えたクロに返事もせず、しばらく黙読を続けた。
「まぁ、〈猫又〉の現在の宿主は判明しているし、彼女も比較的に協力的なので、今後の調査で何か発見があるかもしれません。おいおい何か思い出すかもしれませんから、定期的な調査を粘り強くしていきましょう」
調査保留を言い渡したシロは、まだ納得していない様子だった。
対象者・新藤七緒に憑いている〈猫又〉の転生術の詳細は、何度面会を繰り返し話を聞いても内容はあいまいなもので、はっきりとした結論に達することはなかった。
彼女自身、器の寿命が尽きる気配を察しても何もせず、死が訪れる日をただ静かに待っているのだそうだ。しかし、毎回気づくと別人の身体の中に意識が移っていることを知る。本人の意思に反して、もう数百年もそれを繰り返しているのだそうだ。
術の効力が切れていないせいなのか、半端な術者が施行したための異常な効果のせいなのか・・・
どちらにしても艶姫自身にはどうすることもできないようだった。
・・・未来永劫、ワシには安らかなる死は与えられぬのかもしれぬ。
僧侶と共に処刑されたにもかかわらず、禁術の効力で彼女だけ新たな身体に転生を遂げていた。愛しい主人のもとへ逝くことも叶わず、たった一人、無限に転生し続けることが自分に科せられた罰なのだろうと、最後に会った時に寂しそうに笑った。
「想定していた以上に使えない案件ですね。・・・やはり別のプランを考えた方が良さそうです」
〈猫又〉の報告書を放りだし、別の書物を引っ張り出してシロは何かを調べ始めた。調査の報告を終えたクロは退室した。
・・・小僧、あの貂を大事にしろ。アレはワシと逆さの身体じゃ。アレは、哀れな女子じゃ。
「どういう意味なんだよ。姫さんよぉ」
去り際、艶姫に囁かれた言葉がクロの胸をずっと騒がせている。
茜は入れ替わりの激しい助手たちをサポートするために、シロが動物実験で人語を話せるように作り出したと紹介されていたのだが、本当にそうなのだろうか。それだけのために小動物に実験するより、誰か雇っておけば済むだろう。
なぜ、動物を使おうと思ったのか・・・
「クロ?」
薄暗い研究所の中庭に面した窓の遮光カーテンを少し開けて、煙草をふかしながら乱雑に刈り込まれた庭木を眺めた。クロの後を追ってシロのいる部屋を出てきた茜は、彼の肩に飛び乗って、心配そうに顔をのぞきこんだ。
「対象者に言われた、六花とかいうものが気になるの?」
そっと首を振ったクロは、相棒の小さな頭を撫でた。
六花衆という一団とよく似た能力を操るクロに、艶姫は最初、並々ならぬ憎悪をぶつけてきた。
六花衆は、愛しい人の仇・・・
自分はそんな集団は知らないし、関わり合いはないと否定しても、激昂した彼女の耳には届かなかった。吊り上げられた目で獲物を首を狩ろうとにじり寄る。
そんな怒れる彼女を宥めてくれたのは茜だった。
クロが研究所に現れた日のこと、その後の様子、自分の知る限りでの人となりなど、姫が怒りを鎮めてくれるまで根気よく語ってくれたのだった。
「クロが何者であっても、クロには変わりないわ。だから、何があっても動じちゃダメよ」
静かだが、内に情熱を秘めたような声だった。
「わかってる」
彼自身、失ったままの記憶や風を操れる能力など、どうでもいいと思っている。
口が悪くて、すぐへそを曲げてしまう厄介な相棒だけど、窮地に陥った自分を見捨てることなく最後まで守ってくれる頼もしい彼女に出会えたことだけでも、ありがたい。
この研究所に転がり込んで唯一、感謝できることだった。
「なぁ、茜。天気もいいし、調査も一段落したことだから、あの植え込みあたりで昼寝でもするか?」
「植え込みって、アレ?先週クロが不細工に剪定した、あの柚子の木のこと?ヤダ、あの木って棘があるじゃない」
相変わらず不平不満ばかりで素直じゃない茜に「うるせぇババァだな」と悪態で返し、優しくその背を撫でて玄関へ歩いて行った。麗らかな陽が差す、明るい場所へ向かって。
特殊能力者の調査は、結論に達しないため継続調査となった。
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